第45話 オーク肉

 私達は、持ってきたお弁当を食べながら休憩に入った。



 「そういえば、昨日、あっちの山脈の方から凄い音が鳴り響いたの聞いた?」



 やば、こっちの方まで聞こえてたのか。



 「もうね、一時は天変地異の前触れじゃないかって大騒ぎだったのよ。」



 もちろん、その間も襲ってくる首刈り兎を魔導倉庫へ収納しながらだ。

 どんな状況でも周囲の安全に気を付けるのは、当然なのだ。

 ケイティーも、魔力切れだけど、倉庫の開閉のタイミングはエアーで取っている。



 「あー、良かった。私、ソピアちゃんに本気で嫌われちゃったのかと思ったよー。」


 「だって、折角貰った鍵を取り上げられちゃったら悲しいでしょう?」


 「そうだね。一度こんな便利を知っちゃうと、もう戻れないかも。本当に取り上げられたりしちゃうのかな……」


 「多分ね、ヴィヴィさんって結構厳しいよ。だって、ああ見えて暗……」


 「あーら、ソピアちゃん、こんな所でピクニック?」



 うわー、マジか。

 常に見張られてるのかな、私。



 「今ね、ケイティーと特訓してて、今休憩中なの。」


 「そう、頑張ってねー。」



 ヴィヴィさんは、バスケットを抱えて去って行った。



 「ねえねえ、ソピア、あの人、こんな所に何しに来たのかな?」


 「う、うん、お花摘みかな?」


 「違うわよー!」



 遠くの方から叫んでる。

 地獄耳か、あの人。


 さて、第二ラウンドだ!

 ケイティーも魔力は回復したね。


 剣道は所詮スポーツだとしても、善戦はしたい。

 摺足で、スススッと右側へ回り、ケイティーの左胴へ一撃!

 絶対に当たったと思ったのに、ケイティーは素早く体を捻り、私の木刀を跳ね上げた。

 そして、返す剣で私の喉元へ切っ先を突き出す。

 うわっ、今のは完全にやられた。

 しかし、ケイティーの無防備な背後から、首刈り兎が飛び出して来る。

 私がそれを倉庫へ収めようと鍵に手を伸ばすが、ケイティーはそれよりも素早く剣を左手に持ち替えて鍵を握り、倉庫を開いて兎を収納した。



 「すごい! すごいよ、ケイティー!」


 「どうやら、卒業試験の時の勘が戻ってきた様だわ。」


 「いや、絶対にそれ以上でしょう。」



 そのまま、暫らくカンカンやって、再びケイティーの魔力が尽きた頃、二回目の休憩に入った。



 「所で、兎は何匹捕まえたの?」


 「うーん、私今、倉庫の開閉は連続10回しか出来ないから、丁度20匹かなー。」


 「じゃあ、私もそれ位かな。数えてなかったや。でも、目標の40匹は達成したみたいだから、もう帰ろうか。」


 「えー、ちょっと楽しくなって来た所だったのにな。」


 「特訓には休息も大事なんだよ。一回筋肉を酷使したら、2日位は休めないと。あと、肉を食べる事。」


 「じゃあさ、王都へ帰ってクエストクリア報酬貰ったら、一緒に肉を食べに行こう! いい店知ってるんだ。」


 「じゅるっ。よし! 直ぐに帰ろう!」



 帰る途中でも飛びかかってくる首刈り兎を収納しながら。



 「その剣って、卒業記念で貰ったやつだよね。プロになったのなら、もっと良い剣に替えた方が良いんじゃないの? お金はあるよね?」


 「んー、私もそうは思っているんだけど、これには何度も命を救われたし、結構愛着があるんだよね。」



 愛おしそうに自分の剣を撫でている。

 まあ、私がその分フォローすればいいかな。






 門衛にハンター証を見せ、王都へ入る。



 「こっちの門からハンターズギルドまでは遠いんだよねー。お腹空いたー。」


 「もう、この辺のレストランで食べちゃう?」


 「いやいや、貴族区のレストラン怖いから。金額もだけど、マナー的な意味で。」


 「あはは、金ならあるよねー。」


 「ねー。」


 「もう、お腹空いたから飛んでいくか。」



 私は、ケイティーを魔力でひょいと持ち上げると、淀みの無い動きで地面を蹴って離陸した。

 初フライトのケイティーは、隣でキャーキャー言っている。

 街中なので、スピードは出さない様に、かなりゆっくりと飛ぶ。観光フライトだ。



 「アテンションプリーズ。左下を御覧ください。只今、王宮を上空から眺めておりまーす。」


 「あはは、なにそれー。」



 数分でハンターズギルドの建物に到着。ゆっくり降りる。



 「足元をお気を付け下さーい。」


 「ほんともう、ソピアちゃんって、本当に凄い魔導師なのねー。」


 「さ、換金、換金!」



 首刈り兎は、数えたら全部で45匹居た。

 大金貨1枚と、大銀貨3枚になった。



 「私のお薦めの食堂なら、この端数の大銀貨3枚でかなり豪勢な食事が出来るよー。」


 「楽しみー。オークの肉以外なら何でも良いよ。」


 「えっ……。あ、うん。」



 今の間は何だろう?

 まあ、レストランなら、色々な肉が有るだろう。



カランコロンカラーン。



 ドアベルの音を軽やかに鳴らして、ケイティーが店内に入る。



 「おばちゃーん、肉食いに来たよー!」


 「あーら、ケイティーちゃん、いらっしゃい。そちらはお友達? 空いている好きな席へどうぞ。」


 「そうだよ、大親友の大魔導師ソピアだよ。」


 「こんにちは、肉を食いに来ました。」


 「まあすごい、大魔導師だなんて。」


 「いえ、魔導師見習いです。」


 「ちょっと、謙遜し過ぎは嫌味よ。」


 「謙遜では無い。本当に見習い。」



 いつの間にか、ケイティーの私を呼ぶ名前から、ちゃんが消えてた。

 他愛も無い雑談をしていたら、料理が運ばれてきた。

 分厚い、ステーキだ。

 明らかに牛でも豚でも羊でも無い……



 「この肉って、もしかしてー……」


 「ごめんなさい! オークです!」


 「あらあ、オーク肉駄目だったー? 困ったわねー、うち、オーク肉専門なのよー。」



 うはー。ヤバイなこれ。

 ここで食えませんって言って、お金払って帰っちゃおうか、困ったなー。

 これは普通の豚だと、自己暗示掛けて、食ってしまおうか。

 いや、嫌だと思っている肉って、本当に喉を通らないんだよね。

 なんか、変な汗かいて来たー。

 宗教上の理由でオークは食べられませんって謝ろうかな。

 せっかく連れてきてくれたケイティーと、親切そうな店のおばさんには申し訳ないとは思うんだけど、ケイティーには最初にオーク肉は食べられないって言ってあったんだから、いいよね?

 そんな自問自答をしていたら、なかなか料理に手を付けない私を見てケイティーが



 「ごめんねー、オーク肉以外って言っていたのは分かってたんだけど、食わず嫌いなのかなと思って。だって、こんなに美味しいし、私、大好物なんだよ。騙されたと思って食べてみない?」


 「あ、うん……」



 食わず嫌いと言われてしまえばその通りなんだけど、頑張って食べてみようとしても、どうしても手が動かない。


 だって、人形で、二足歩行で、簡単だけど服も着て、手に武器を持って戦う程度には知能が高い生物だよ?

 この世界では魔物って事で、人間とはかなり遠い生物と見ているのかも知れないのだけど、私は亜人の亜種的な感覚で彼等を捉えているのかも知れない。

 この世界の皆が美味しい美味しいと食べているのは知っているんだけど、地球の人間の感覚からすると、どうしても、本能的な拒否感とか嫌悪感みたいな物に襲われてしまう。

 良く、戦場物とか漂流物の話で、究極の飢餓に負けて、人肉を食ってしまったとかいう話があるけれど、それっぽい恐怖感があるんだよ。他に食べ物が無い環境ならまだしも、他に食べ物が沢山ある世界で、あえてこれを食べられるのかというと、私にはどうしても無理っぽい。



 「ごめん、どうしても無理っぽいや。」


 「そうなのー? こんなに美味しいのにな。でも、ソピア、以前に食べてたじゃない。」


 「えっ?」



 なにそれ? 全然記憶に無い。



 「ほら、初めて一緒にクエストやった時だよ。硝石を採掘にいく途中のお昼に、ロックドラゴンのお肉と交換したじゃない。」


 「!」


 「あれ、オーク肉の乾燥肉だよ?」



 私は、食堂を飛び出して、通りの対面の側溝で吐いた。

 もう何日も経って、胃の中になんて入っている訳無いのに吐いた。

 既にオーク肉を消化して、自分の血肉に成ってしまっているのかと思うと、たまらない吐き気に襲われる。

 心配したケイティーが追いかけて来たけど、まともに話せない。

 涙と鼻水で、ぐしょぐしょになった顔を向けて、ポケットから大銀貨を取り出すと、ケイティーに手渡し、そのまま飛んで帰って来てしまった。


 下からケイティーの叫ぶ声が聞こえたけど、私には取り合う余裕なんて無く、そのまま空の彼方へ消えていった。



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