第46話 謝罪

 あれから数日、私はベッドで寝込んでいた。

 心配したお師匠が、時々様子を見に来てくれるけど、全く起き上がれる気がしない。

 ただの精神的なものに過ぎないというのは分かっている。

 この世界の人間から見たら、ただの我儘でしか無いというのも理解している。

 でも、どうしようもない。

 現に体が動かないのだから。


 ソピアとしての12年間の間に、一回も口にしていないのかというと、それは分からない。

 私の親は普通に食べていたのだろうし、子供の頃に食べていた料理にだって入っていたのかも知れない。

 リーンお祖母ちゃんに育ててもらっていた頃だって、食べさせられていたのかもしれない。

 私が拒否感を覚える様になったのは、京介の魂と融合した後の話で、つい最近の話でしか無いのだ。

 多分、ソピアと京介の魂に刻み着いた倫理観的な部分に大きな乖離が有って、一つとなった魂がその整合性を取れずに、悲鳴を上げているのだ。


 ヴィヴィさんも朝晩とお師匠と入れ替わりに様子を見に来てくれる。

 申し訳なくて、再び涙が出てくる。






 それからまた、何日か経って、私の部屋のドアをノックする音がする。

 何時までもノックしている。勝手に入ってくればいいのに。

 ドアががちゃっと開いた。

 お師匠が開けて、誰かを招き入れたみたい。



 「ソピア!」



 誰だろう、聞き覚えのある声が聞こえる。



 「ソピア! ソピア! ……こんなに窶れてしまって、ご免なさい、ご免なさい!」



 何か泣いてるみたい。どうしたんだろう?



 「ソピア、お願い、目を覚まして! ううう……」



 必死に私を呼んでいる。誰だっけ、ああ……、そうだ、……ケイティー。



 「ケイティー……、何で泣いてるの?」


 「ソピア!」



 私の意識が急に呼び戻された。

 目が開いた。

 お師匠が居る。ヴィヴィさんも居る。そして、ケイティーも居る。



 「ケイティー、何でここに居るの?」


 「ソピアー! うああぁぁぁぁぁ!」


 「ケイティー、鼻水、すごいよ。」






 私が目を覚ましたのは、10日ぶりだという。

 衰弱が酷いので、固形物の入っていないスープだけ出された。

 ヴィヴィさんが作ったとの事だけど、顔を見たら、『刺激物は入れていません。それ位の常識はあります!』だって。

 一口飲んでみると、ロックドラゴンの肉と野菜で出汁を取った、薄い塩味のスープだった。

 なんだかとっても力の湧いてくる味がした。



 「ごめんなさい、まさかこんな事になっちゃうなんて……」


 「ううん、あなたのせいじゃないから。私の精神的問題。それにしても、よくここまで来れたね。」



 ケイティーは、私の尋常じゃない反応を見て、ただ事じゃないと思い、家に行ってみようとしたらしい。

 だけど、私の住んでいる所を知らない事に気付き、考えた結果、何時も飛んでいく方向からマヴァーラの町にだろうと検討を付けたのだという。

 直ぐに取るものも取り敢えず王都を出発し、マヴァーラに着いてから、どうやって場所を探そうかと考え、思い付いたのがサントラム学園の紋章が付いた魔導鍵の事だった。


 そこで、学園に行って受付に聞いてみたのだけど、分からない。

 卒業生名簿にも名前が無い。まだ設立されていない学校の紋章入り鍵を持っているという事は、きっと関係者の身内なのではないかと推測し、学園長にアポなし突撃を敢行したところ、幸いにも学園長はケイティーの事を覚えていてくれたらしく、事情を説明したら、在校生や卒業生の中に心当たりは無いが、確か総長の連れていた子供がそんな名前だったと思い出してくれた。

 では、総長の住んでいる所は何処だと詰め寄ったのだが、学園長も知らないと言われてしまった。


 そんなはずは無い、隠さないでと泣き落としを試みると、困った学園長が、総長は偶に学園の様子を見に来るだけで、その住所は誰も知らないのだと言う。

 がっかりして帰ろうとするケイティーに、困った学園長は、ただ、南側の山の何処かに家が有って、普段はそこで隠遁生活をしているらしいという事を教えてもらった。

 そこへ行くのなら、何日も森の中で宿泊できる十分な準備をして行け、食料が半分に成ったら必ず引き返して来い、と念を押され、認識阻害の結界が張れれているらしいので、見つからなくてもがっかりするな、だが、一人前の冒険者として、やり遂げる事を期待する、との言葉を貰い、町で数ヶ月は暮らせそうな食料を買い込んで、出発。


 森へ入って案の定、何日も彷徨った挙げ句、ソピアならどうするかを常に考えならが進み、少ない魔力で周囲をサーチしながら進むと、何と無く微かに違和感を覚える範囲が有ることに気がつく。

 周囲を見回して目印となる岩や特徴的な形の木から、違和感のする方向を地図上に印をし、また歩く。

 周辺をグルグル回って、複数の箇所から違和感の有る方向をプロットして行き、その全ての印が交わる中心を探り、そこへ向かって一直線に歩いて行くと、今まで何も見えなかった場所に、突如として一軒の木造の家屋が出現した。

 これに違いないと確信し、ドアをノックしたという。


 実は、お師匠は、結界内に侵入してきた人間には直ぐに気が付いていたらしい。

 丁度その時居た、ヴィヴィさんが、ケイティーだと気が付き、家の目前までやって来た時に結界を解いたとの事だった。


 私が、王宮のヴィヴィさんに聞けばすぐに教えてもらえたのに、と言うと、ああー、そうだったー! と頭を抱えていた。

 ケイティーって、行動力は凄いけど、何処か抜けているよね。



 「見習い魔導師って、まさか大賢者様の弟子だとは思っても見なかったよー。」


 「ごめんね、たかがオーク肉程度の事で心配かけちゃって。」


 「そうね、食べられないと言っている人に、好き嫌いは良くないと無理やり食べさせるのは、下手したら殺してしまう危険性もある、とっても危ない行為なのよ。」


 「まさか精神的なものでこんな状態に成ってしまうなんて、自分でも驚いたよ。」



 この世界でも、一応アレルギーみたいな概念はあるみたい。

 私も、本当のアレルギーではなくて、精神的アレルギーで死にかけるとは思わなかったわけだけど。

 心と身体は密接に関わっているというのは、よくわかった。


 それから数日、ケイティーは私の部屋に泊まり込んで、面倒を見てくれている。

 私も食欲が戻って、いつも以上の食欲で、ケイティーの出してくれた食料の在庫を食い尽くしていった。






 「ふう、全快!」



 出された大量の食料をぺろりと平らげ、ポンポンに膨らんだお腹を撫でながらそう言うと、皆呆れていた。



 「食欲が戻ったのは良いけれど、ちょっと食べ過ぎよ。私、3ヶ月は暮らせそうな程の食料を買って来たのに、それをたった3日で食べ尽くしてしまうなんて。」


 「食い過ぎも身体に悪いんじゃぞ。」


 「成長期とはいえ、横にも成長するわよ。」


 「大丈夫だよ。魔力はエネルギーを物凄く消費するんだから。」



 体調も戻ったので、そろそろ鈍った身体を動かさないと、本当にヤバそう。



 「お師匠、ヴィヴィさん、ケイティー、今日は特訓に付き合って。」


 「良いけど、大丈夫? まだ無理しない方が良いんじゃない?」


 「大丈夫大丈夫、寧ろ動かない方がヤバイよ。」



 私達は、表へ出て、まずは軽く剣術の訓練。

 お師匠とヴィヴィさんに見て貰って、私とケイティーで木刀を使って打ち合う。



 「ケイティーにはわしが魔力障壁を掛けておくから、本気で打ち合って良いぞ。」


 「だって、じゃあ、いくよ!」



 私は、剣道の摺足でススッと間合いを詰めると、面に打ち込んだ。

 ケイティーは一度見て知っているので、剣を横に構えてそれを受け止める。



 「ほう、変わった構えと歩法じゃな。」



 暫らくカンカン打ち合っていたが、ケイティーの本物の相手を殺すための剣術と私のスポーツである剣道では、所詮、初見殺しなだけで、徐々に見切られ始めた。

 というか、小手とか胴とか決まると、打ち込んだ直後に気を抜いちゃうんだよね。多分、フェンシングとかでもそうなんだけど、剣を相手に当ててポイントを取るという動きが染み付いてしまっていて、相手が痛みを堪えて反撃してくる事は想定していないんだ。


 日本の柔道なんかでも、オリンピックではルールがちょっと変更になっていたのを知らずに、投げられた後に返すというのを想定して居なかったが為に反撃を食らって負けちゃった事があったよね。


 一撃を入れた後も、追撃追撃と重ねて行って、相手が行動不能に成るまで気を緩めちゃだめだよね。残心とか言うんだっけ。

 ポイントを取ったって敵は死なないんだから。

 特に、相手が魔物なんかだったりしたら、致命的だ。確実に止めを刺すまでは、相手から目を放しちゃ駄目だ。



 「はあはあ、ケイティー、この前も思ったんだけど、あなた、無意識に魔力サーチしているでしょう。」


 「えっ? そうなのかな、何と無く勘で分かったつもりだったんだけど。」


 「背後とか、横からの攻撃を目で見ないで防いでいるでしょう? 明らかに魔力サーチね。その才能は伸ばすべき。」



 傍で見ていヴィヴィさんも肯定してくれた。



 「じゃあ、一旦休憩。今度は私とソピアちゃんでやるわ。魔力の使用は有りでね。」



 ケイティーとヴィヴィさんがタッチ交代。

 お茶を飲む間だけちょっと休んで、ヴィヴィさんと剣を交える。



 「そう言えば、私はヴィヴィさんとは剣で戦った事は無いや。」


 「そりゃまあ、魔導師は剣を使わないものー。でも、わたくしは冒険者時代には剣も持っていたのよ。」


 「それは初耳。では、参る!」



 最初は、カンカンカンカンっと軽く打ち合って居たのだけど、あれ? 何だかヴィヴィさんの剣の間合いがおかしいぞ?

 完全に避けたと思ったのに、届いたりする。

 良く見ると、剣を握っていない!

 剣の柄よりもっと先の方を持ったふりをしているだけだ! 魔力で剣を操っている!



 「あっ! ヴィヴィさん、ズッコ!」


 「あら、うふふ、バレちゃった。でも、魔力の使用ありって言ったわよー。」



 それだったらと、私も剣を手から離し、魔力で操る。



 「ソピアちゃん、魔導師の近接戦闘に付いて、色々考えていたわよね。これは、わたくしなりの回答よ。」


 「うーん、このトリックは、これはこれで面白いかも。私も倉庫に剣を一本入れておこうかな。」



 対人戦では、この伸び縮みするリーチは、結構有効なんだって。

 終いには、剣を握った振りすらもう止めて、腕は胸の前で組んで仁王立ちする2人の間で、剣だけが空中に浮かんでカンカンやっている。



 「なにこれ? これでも剣術ですか?」


 「いやあ? 流石にあれは、あいつ等のオリジナルじゃろう。使えるものは何でも使う。臨機応変じゃよ。」


 「なんていうか、皆さん頭が柔らかすぎます。型に囚われない柔軟な考え方って言うんですか、勉強になります。」



 カンカンカンカンカンカン!!

 カカカカカカカカカカ!!

 ガガガガガガガガ!!



 空中で激しくぶつかり合う2つの木剣は、徐々に激しさを増し、いきなり粉砕した。

 折れたとかそういう生易しい感じではなく、文字通り木っ端微塵に砕け散った。



 「あらあー、やっぱり木じゃ耐えられなかったみたいねー。」



 ヴィヴィさんが倉庫から2振りのソードを取り出した。

 なんとも高そうなその剣は、柄の所に王家の紋章が付いている。

 間違いなく業物わざものだ。

 1本を私に手渡して



 「これで続きをやりましょう。」



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