第33話 ケイティー

 「私の名前はケイティ。今年サントラムの剣術クラスを卒業したばかりの15歳よ。あなた名前なんだっけ?」


 「私はソピア。魔導師……見習い。12歳。」


 「はあ? あなた、あんなに強いのに見習いなの? あんたの師匠って、どんだけなのよ。」



 サントラム出身という事は、孤児なのかな? 貴族の間でもサントラム出身は、魔術または剣術の技能優秀で品行方正という事で、有る種ステータスになっているみたいだから、下級貴族の次女か三女の可能性も無くはないけど、ハンターやるかなー?



 「私ね、在学中からハンターになる事が夢だったんだ。」


 「まじで? ハンターなんて、危険な仕事だよ。よっぽど事情が無いとやらないでしょ。」


 「そんな事無いよー。このライセンスが有れば、体一つで世界中を冒険して回れるんだよ? すごい事だよ。」


 「ああ、なるほど、パスポート代わりに取得する人が居るんだ。という事は、ハンター業は趣味なのか。」


 「違うよー。本気本気。本気で冒険したいの。だから、剣術は一所懸命に練習したんだよ。試験官にはかなわなかったけど。」



 うーん、ケイティはそのうち痛い目に合いそうな気がするな。



 「ところで、どのクエストを受けるか決めたの。」


 「うん、もう決めてある。これ。」


 「ふーん、硝石または硝酸の採集クエストか。硝石とか硝酸って何だろう? 初めて聞いたんだけど。」


 「うん、錬金素材だよ。専門知識が必要な物なんだ。だから、報酬も高いよ。1人大金貨2枚だよ。」


 「大金貨2枚……ごくっ。」



 生唾飲み込む音が聞こえたよ。大金貨2枚は、地球の貨幣換算で凡そ20万円相当。初心者の報酬としては破格だもんね。


 まあ、ただの仕込みなんだけどね。私が試験を受けている間にお師匠が依頼を出して、それを私が受けるっていう。

 何でこんな面倒な手順を踏んでいるのかと言うと、お師匠が勝手に動くと困っちゃう人達が居るんだ。あの、精錬所の所長とか、今回の錬金工房の錬金術師さんとかね。

 だから、私が動くことにしたんだけど、そうすると、採掘権とか狩猟権とかを私は持っていないので、法的に問題が出てくる。なので、手っ取り早く、ハンターズライセンスを取得したというわけ。

 ハンターズライセンスは便利だね。パスポートと狩猟権と採掘権と危険地帯や立ち入り禁止区域なんかの通行券みたいなのが一緒になったみたいな免許なんだから。持っていて損は無いよ。ただし、何が有っても、死んでも自己責任だけど。



 「じゃあね、半刻後(一時間後)に北門の外で待ち合わせね。」





……1時間後


 ケイティは、大きな登山用背負い袋にテントやら寝袋やら簡易竈セットに食材、水筒、等等、登山者が持って来る様な大荷物を背負ってやって来た。



 「おまたせ。あらっ? ソピアちゃん、持ち物はそれだけ?」



 それに対し、私は腰のポーチのみだ。



 「ソピアちゃんは、まだ野営の経験が無いのね。仕方ないわねー。お姉さんが教えて……」


 「あ、大丈夫です。私、田舎育ちで幼い頃から狩猟で何日も山の中で生活したりしてましたから。必要な物は現地調達します。」


 「あ、あら、そうなの……」



 うーん、隙き有らばお姉さん風吹かせてくるぞ、この人。学校の座学で習っただけの知識との差を見せつけてくれようぞ。

 とはいえ、実は、魔導倉庫に必要な物は全部入ってたりするんだけどね。



 「えっと、目的地はどこかしら?」


 「えーと、あっ、あの山の麓ですね。」



 私は地図を広げながら、ある山を指さした。



 「アルマー山ね、意外と近いじゃない。私行った事あるから、道案内はまかせて。」


 「いえ、その横。山頂が少し見えている方。」


 「カナルパ山! え、えええーーー!」


 「何か?」


 「だって、距離がアルマーの倍よ、倍! しかも、道なんて無いわ。森の中の強行軍よ!」


 「ふーん、ま、取り敢えず行ってみましょう。」


 「ちょっと待って、ちょっと待ってー! 山ってね、見えてても結構遠いものなのよ? わかってる? しかも、あんな山頂がちょっと見えているだけの山って、どんだけ遠いのか。私、2泊3日位のつもりだったわよ。これじゃ持ち物全然足りないわ。水も食料も。」


 「どうしたの? じゃあ、止める? なら私一人で行くけど。」


 「1人でなんて行かせるものですか! 私が付いていかないと、あなた無茶しそうだし。それに、クエスト受けておいて気が変わったから止めますなんて言ったら、ハンターランクがもっと下がるじゃないの。」



 おねえさん風と実利の面で葛藤してるな。面白い人。



 「大丈夫だって。全部現地調達でなんとかなるから。」


 「むー……。仕方ないわねー。」



 私達二人は、アルマーへ向けて取り敢えず出発した。

 お師匠は、光学迷彩を掛けて、上空からそっと見守る役です。

 こっちの世界でも通信機とか作れれば良いんだけどな。作れないかな。



 街道を1日歩いていると、1日といっても、お昼過ぎに出発したから半日か。小さな村が見えて来た。

 今夜はあそこで泊まろう。


 第一村人を発見して宿が無いか聞くと、宿では無いのだけど、宗教施設が有って、山へ行く人を格安で泊めてくれるとのこと。

 山が信仰の対象になっていて、そこへお参りする人達の為の簡易宿泊所を兼ねているらしい。

 部屋は大部屋に雑魚寝らしい。食事は、大銅貨5枚。ちょっと平均より高いけど、施設運営費を兼ねているとの事なので、支払って夕食にありついた。




 翌朝は、まだ日も昇らない内からガサゴソと出立する人達の物音で目を覚ます。

 私達も、宿の人にお礼を言って宿を出た。



 「皆同じ所へ行くから、この人達に付いて行けば道に迷わないよ。」



 3刻(6時間)程歩いて、お昼ご飯。

 道の途中にちょっとした広場が作ってあって、参拝者のお昼休憩のための場所なのだろう。

 皆、思い思いの場所で竈を作っている。

 私達もお昼ご飯を食べる事にした。

 ケイティは、荷物の中から簡易竈を取り出して、お湯を沸かし始めた。

 私はというと、地面に穴を掘って、石を並べて、拾ってきた小枝に火を付けようとしている所。



 「簡易竈持ってくれば楽なのにー。」


 「でも、荷物に成るよ。」



 街育ちと野生児の考え方の違いだね。

 孤児……、じゃないかも知れないけど、町育ちは町育ちだ。



 やっと火が点いて、さあ、お肉を焼こうと肉を取り出した所、一足先にスープと干し肉で食事を始めていたケイティの目の色が変わった。



 「ちょっとまって、それってもしかして、ロックドラゴンの肉じゃないの?」


 「そうだよ。腿の所の肉。私が獲ったの。」



 ケイティはこの高級肉を見るのは初めてらしい。



 「ちょっと食べてみる?」



 ケイティは頭を見た事の無い速さで上下に振っていた。

 そぎ切りにした肉とケイティの干し肉をトレードしてあげた。

 ケイティは、それを一口食べると、昇天するんじゃないかと思わせる様な、うっとりした顔をした。

 そんなに美味いのか。私はいつも食べているから基準が良くわからないな。

 ケイティに貰った干し肉を噛んでみると、固い……。まあ、子供の頃に狩りに持って行って食べてたのはこんな感じだったなと、懐かしく思った。

 食事を終えると、竈に掘った穴に土を入れて踏み固めて、火が完全に消えているのを確認してから出発。


 暫く歩いて行くと、道が2つに別れている。

 いや、正確に言うと、左はちゃんとした道なんだけど、右のはほぼ獣道だね。

 私達がそちらへ歩いていこうとすると、近くを歩いていた人が慌てて声を掛けてきた。



 「あんた達、そっちは道が違うよ。」


 「あ、私達の目的地は、アルマーじゃなくてカナルパなので、こっちで良いんです。」


 「なんと、まあ、女の子二人でかい? 時たま近道と思ってか、そっちへ行く人が居るので注意したんだが、カナルパだったらそちらで間違いないよ。でも、かなり遠いよ。魔物も出るから十分気を付けるんだよ。」


 「うん、わかってる。どうもありがとー。」



 私達が首から下げているハンターズライセンスを見て大丈夫だと思ったのか、あまり追求はされなかった。



 「さーて、ここからが冒険者の領域だよ。」


 「そうだね。気を引き締めていこう。」



 道は山の尾根に沿って蛇行しているので、あっという間に方向が分からなくなってしまう。

 私達は、現在時刻と太陽の位置を確認しながら進んだ。

 でも、空もよく見えない様な深い森の中に入ってしまうと、途端に方向を見失ってしまう。



 「木の切り株を見て、年輪の広い方が南だっけ?」


 「あ、それは迷信です。単に日がよく当たる側が広くなるだけで、北側斜面だったりすると、逆になったりします。」



 大人の腕位の太さの木を切り倒そうとしたケイティを止めた。

 私は、カップに沢から水を汲んで来て、そこに木の葉を一枚浮かべ、その上に薄くて細い小さな鉄片を置いた。

 木の葉は、ゆらゆらと揺れていたが、ある方向を向いて止まった。



 「何これ?」


 「方位磁針。この赤く塗ってある側が北なんだよ。


 「なにそれすごい。学校じゃ習わなかったよ。」



 火山地帯だと周囲の石が磁化している場合があるけど、この山は褶曲山脈の一部だからそれは心配ないかも。

 この世界じゃ、磁石の存在は知っていても、地磁気の事は知られていないのかな?

 地磁気の方向が地球と同じかどうかは、事前に太陽の位置と照らし合わせて確認済みです。

 アルマーからカナルパへは、ほぼ真北方向なので、この赤い印が向く方向へ歩いていけば良い。



 「そう言えば、魔物が出るって言ってたよね。」


 「ロックドラゴン程度なら何匹来ても平気。」



 ケイティーは結構ビクビクしながら、右手を剣に添えながら歩いているけど、私は魔力で周囲を調べられるので、平然と歩いていける。


 実は、魔力には触覚があります。

 痛いとか暑いとか冷たいみたいなのは判らないのだけど、何かを持ち上げたりした時に重量を感じたり、押したり押し返されたりみたいな圧力の変化みたいなのは感じる事が出来る。

 そうじゃないと、人間を持ち上げた時に潰しちゃったりするもんね。

 なので、魔力で調べると言っても、動く物が無いか、近付いてくる物が居ないか程度の事なんだけど、一応サーチに使えるんです。


 「少なくとも半径100ヤルト範囲には生き物は居ないから、そんなにビクビクしなくても大丈夫だよ。」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る