第26話 謎空間

 当の本人の私は元より、お師匠とヴィヴィさんも目をパチクリしている。

 今、目の前の空間に、ガラスに銃弾が貫通した時みたいな、クモの巣状のヒビが入っている。



 「え、なんだこれ?」



 触ろうと手を伸ばそうしたら、お師匠にその手を掴まれた。



 「無闇に触ってはいかん。時空間が割れておるんじゃ。」


 「時空間?」


 「時空間って割れるものなんですか?」


 「わからん、わしも初めて見た。」


 「お師匠、ちょっと離れてて。もう一回殴ってみる。」


 「お、おい、気をつけるんじゃぞ。」



 私は、さっきみたいに拳に魔力を纏わせて、同じ所を力いっぱい殴った。



パリーン!!ガシャーン!!



 ヒビの箇所が割れて砕け散ると、今度はその場所にポッカリと黒い穴が開いていた。

 穴の大きさは、丁度私の身体が入る位の大きさだ。

 空中に、黒い丸い穴が開いている光景は、なんとも不思議な感じがする。



 「この黒い穴の中って、どうなっているのかな?」



 私は、穴の縁に触らないようにしながら……

 え?何でかって?だって、ガラスみたいに割れたから、触ったら手を切りそうな気がしたの。

 頭を穴の中に突っ込んで、中を覗いてみた。



 「ソ、ソピアちゃん、気を付けて。」



 ヴィヴィさんが心配そうに声をかけてくる。

 でも、好奇心が勝っちゃうんだ。


 頭を半分ほど入れたその時、体全体がヒュッと穴の中に吸い込まれてしまった。

 同時に、穴が塞がってしまう。



 「きゃっ!」


 「ソピア!」



 閉じ込められてしまった。

 これは、困ったぞー。


 私は、ええー……と思ったんだけど、不思議と恐怖心は無かった。

 何故ならば、なんというか、全天球スクリーンっていうのかな、丸いガラスの球体の中に入っているみたいに、外が見えるんだ。

 外でオロオロしている、お師匠とヴィヴィさんの事も良く見える。

 だけど、向こうからは私の事は見えないみたい。

 歩いてみると、球体は私の移動に連れて、一緒に移動してくる。

 家や森に生えている木も動物も貫通してどんどん歩いて行ける。

 しばらく、森を散策する。

 そのまま荒れ地へ出て、谷に差し掛かっても落ちないで、一直線に空中を歩いていける。

 まるで、アメリカの漫画みたい。


 そのまま山を貫通して、海へ出た。

 海の中を歩いてみたいなと思ったら、急降下して海中に入った。

 海中散歩をして、もっと潜れるのかなと考えたら、海底で止まらないで、地面の下まで潜って行ってしまった。

 地面の下方向へどんどん歩いて行ってみると、なんか、代わり映えしない景色がずっと続いたかと思ったら、急に明るくなった。

 マグマかな?マントルかな?いや、もっと深い気がする。コアかも?


 面白い事に、上にも下にも自由自在に歩ける。

 地面の下は飽きたので、今度は上へ行きたいと思ったら、どんどん、山よりも高く登って行ける。

 大地が球体に見え始めた所でこのまま行くと宇宙まで行けるかも知れないけど、戻れなくなって、『そのうち考えるのを止めた』という羽目になる前に、地上に戻った。


 まるで、幽霊にでもなったみたい。


 王都の方を向いて、意識を集中したら、一歩で王宮まで行けた。

 王様やお妃様の回りを歩いてみたけど、全然気が付かれない。

 反対を向いて、鉱山の外の火山寄りの残土廃棄予定地の事を考えたら、一瞬で移動した。

 私が引っこ抜いた岩盤に大勢の人達が群がって、トンテンカンやってる。

 確か、火山地帯って金とか採れるんだっけ?見つかると良いね。


 エウリケートさんの事を考えたら、また一歩で森の工事現場へ到着した。

 エウリケートさんが工事の指揮を取っているよ。



 「エウリケートさん、やっほー!」



 エウリケートさんが何か気配を感じたみたいにキョロキョロしたけど、私とは分からないみたい。

 あれからずっと、休まずに工事を続けているのかな?

 ドリュアデスって疲れないの?


 いろんな所を見て回って、ずいぶん時間が経った様な気がする。

 皆が心配するといけないから、お師匠とヴィヴィさんの前へ戻る。

 さっきのままの状態で家の外に居るよ。



 「えっと、どうやったらここから出る事が出来るのかな?」



 私はここで、出る方法が分からない事に気が付いた。

 魔力を込めたパンチで殴ったら穴が空いたんだから、もう一回やってみたら出れるんじゃないかな?

 やってみた。



 「えいっ!」



 手応えが無い。

 これは困ったぞ。

 私はここで永遠に幽霊みたいな存在になって、お腹が空いて、死んでしまうのだろうか……

 もう一度、右手に魔力を込めて、力いっぱい殴ってみた。

 外で空間を殴った時みたいな、手応えが全く無い。


 どうしよう、事ここに至って、少し焦り始めた。



「えいっ!、えいっ!!」



 何回もやっていたら、どうやら力が空間に拡散して逃げて行っているような手応えであることに気が付いた。

 外からは、一点に大きな力で殴った手応えみたいなものが有ったのに対し、こっちからは力が広範囲に拡散していってしまっている様な感じがする。

 なんて例えれば良いのかな、外からだと、木に釘を打ち付けた時みたいな手応えが有ったのに対し、こっちからは釘を逆さまにして、先端の尖った方に力を込めて平たい側を板に打ち込もうとしているみたいな?


 じゃあ、どうしたらいい?

 釘は逆さまにする事は出来ない。

 なんか、空間の特性がそうなっている感じだから。

 だったら、釘の平たい側だろうが何だろうが問答無用で木に打ち込める程の力で殴ってやればいいでしょ!


 私は、右手の人差指を一本突き出し、そこへ先端を尖らせたイメージの魔力を全力で集中させた。

 エネルギーというものは、角とか尖った先端に集中する性質が有る。

 さっきの釘の例えしかり、水鉄砲しかり。

 ホースの太い直径から水を出すよりも、ホースを潰して断面積を小さくすると、水は遠くまで飛ぶ。

 電気も、電子の発射側である陰極は細く尖った電極で、受ける側の陽極は広い板状の電極にする。

 太陽光線も、レンズで一点に集めると温度が上昇する。

 どんなエネルギーでも、小さな一点に集中させるとパワーが増すのだ。


 私は、ありったけの魔力を纏わせた人差し指を、突き指上等という思いを込めて、空間の一点へ突き出した。



ドンッ!!!

パリーーーーーンンン!!!



 やった!

 お師匠達の目の前で丸く空間が割れた。

 私は、やっとの思いで外へ出る事が出来た。

 もうヘトヘト。魔力も残って無いよー。



 「ただいま。あー、疲れたーーー。」


 「ソピア!お前、一体どうなっとるんじゃ?」


 「心配したのよ!」


 「うん、何か大丈夫だった。」


 「体は何ともないの?怪我してない?」


 「うん、中はすごく面白かったよ。好きな所へ何処へでも一歩で行けるよ。王宮にも行ったし、森でエウリケートさんにも会って来た。地面の下にも、空の上にも行けたよ。」


 「なんとまあ、たまげたわい。」


 「でも、出る事が出来なくなっちゃって、魔力を使い果たしちゃった。疲れたよ。」


 「もう、あんまり危ない事はしないでちょうだい!とっても心配したのよ!」



 中では何時間も経った様な気がしたけど、お師匠達に言わせると、ほんの数分だったって。

 それよりも、中はどうだったのか。どんな感じがしたのか、お師匠とヴィヴィさんに根掘り葉掘り聞かれた。

 やっぱり学者さんというものは、知的好奇心が勝っちゃうものなんだね。

 うーんでも、そんなに質問攻めにされたって、私だって分からないよ。初めて入ったんだから。

 練習して、もっとスムーズに出入り出来る様になったらいいな。

 あれはすごく便利に使えそう。


 あっ、今思い付いたんだけど、あの空間は倉庫の代わりにならないかな?

 でも、お師匠の空間みたいに、他の人がアクセスして来たら、またセキュリティ問題が発生するのかな。

 あそこは、私だけの空間であって欲しいなー。


 で、結局、私は、お師匠のと同じ魔導倉庫は使えなかったわけだ。

 知覚出来てるのに触る事が出来ないって、思ったよりもハードルが高いよね。

 これは、一般公開したとしても、意外と使える様に成る人は少ないかもね。


 次はー……

 私が飛行術を教える番かな?



 「次は、火薬を作ろう!」


 「「えええぇぇ……」」



 おおう、そっちか!

 でもさ、薬品で火薬作っても、それは魔導じゃないよね。



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