第24話 王宮魔導師ヴィヴィ

 家に帰り着いた時には夜もすっかり更けていたので、そのままベッドへ直行。

 ヴィヴィさんの部屋を用意するまでは、私と同じ部屋を使うことになった。

 ベッドでは、ヴィヴィさんに抱っこされて眠った。



 「うふふ、ソピアちゃんが私の娘だったら良かったのに。」


 「じゃあ、ここに居る間は、ヴィヴィさんは私のお母さんね。」



 そんなありがちな会話をしながら、眠りに就いちゃった。






 「アーーーーーサーーーーーー!!」



 私は、ベッドから飛び起きた。

 子供だから、低血圧じゃないし、目覚めスッキリコン。

 隣に寝ていたはずのヴィヴィさんが居ない。

 おばちゃんは早起きだな。


 着替えて部屋を出ると、厨房の方から刺激臭がする。


 ん? まさか、そういうベタな展開なのか?

 厨房を覗いてみると、比較的大きめの鍋で、木杓子でグルグル回しながら何かを煮ている。


 魔女だ、魔女がいるぞー!?


 鍋から飛び散っが滴が床に飛んで、ジュッとかいってるよ?

 恐る恐る聞いてみる。



 「あ、あのー、ヴィヴィさん? 一体何を作っているの?」


 「あらー、お早う、ソピアちゃん。もうすぐ朝ごはんが出来るから、顔を洗って来なさいな。」



 ええーーーー……

 やっぱりあれ、朝ごはんなんだー。

 お師匠は、一足先に起きて来ていて、無言で床の一点をじっと見つめている。

 外で顔を洗って手を洗ってうがいをして、髪を整えてから部屋に入ると、器に真っ赤な汁が注がれていて、グツグツいってます。

 お師匠はさっきの姿勢のまま、微動だにしていない。

 多分、定点カメラでタイムラプスで撮影しても、1ミリも動いていないかも。


 このスープ、食べても大丈夫なのだろうか?

 色からして、ヤバイんだけど、凄く辛そうなんだけど。


 昨日町で買って来た白パンが、テーブルの真中の籠に積んである。

 ヤギの乳で作ったバターと、木苺のジャムも添えてある。

 うーん、パン美味しい。

 ジャムはゲロ甘いけど。

 外国のジャムって、そうなんだよね。チョコレートとかもそうだけど、とにかく甘い。

 日本の、甘さ控えめとか、素材の味とかいうのは、世界的にはスタンダードじゃないんだった。

 でもまあ、美味しいよ。


 問題は、この真っ赤なスープ。

 何時までもスープに手を付けようとしない私達を、ヴィヴィさんがじっと見つめています。

 これは、飲まなければ駄目な感じか?

 お師匠が目で、行けと合図してくる。

 お前の弟子じゃろ! と、声を出さすに口だけ動かして言ってくる。

 きたねー、名目上はお師匠の弟子って事になってるのに。


 意を決して、真っ赤な血の池地獄にスプーンを沈める。

 特にスプーンの先が溶け落ちる様子も無く、すくい取ったそのマグマをそっと口へ運ぶ。



 「うっ!!」


 「大丈夫か! ソピア! すぐに吐き出せ!!」


 「うまい!!」



 なんとベタな展開でしょう。

 不味いと見せかけて美味いとは!



 「なんじゃー、びっくりさせるな。」



 お師匠はホッとしたのか、おもむろに匙でスープを救って口へ運ぶ。



 「ぶーーーーー!!!!」



 派手にスープを吐き出した。



 「か、からい! からい!! つらい!!!」


 「ギャハハハハハ!!」


 「こ、こやつ、騙しおったな!」


 「私に毒味させたバツだよー。ギャハハ、ゴホッゴホホッ! グハッ! 痛い! 水水ッ!!!」



 私達は、厨房へ駆け込んで、水瓶の杓子を奪い合う様に水を飲んだ。

 ひでぇー、どんな味付けだよこれ。

 まだ口の中がヒリヒリするよー。

 当のヴィヴィさんはと言うと、すまし顔でスープをすすっていた。



 「あらー、今日は辛さ控えめにしておいたのに。もっと辛くないと味がしないわ。」


 「「辛すぎて味が分からないよ!!」」



 これ、ダメなやつだ。この人に料理させては駄目だ。






 「さて、今日は、火薬を作ってみようか。」


 「「ぶー!」」



 私とヴィヴィさんから抗議の声が上がりました。却下です。



 「あのね、『書架』を教えてくれる約束だよ!」


 「おーー、そうじゃったかのー。」


 「ト・ボ・ケ・ン・ナ!」



 そんなやり取りをしていたら、ヴィヴィさんがそっと手を上げた。



 「あのー、書架って何でしょう? あ、いえ、本棚の事なのは知ってますが、魔導なんですか?」


 「ああ、書架っていうのは、お師匠の勝手なネーミングで、魔法の倉庫の事だよ。」


 「まあ!」



 ヴィヴィさん、嬉しそう。

 知らない魔法を覚えるのってワクワクするよね。

 お師匠が、空間から一冊の本を取り出してみせた。

 ヴィヴィさんびっくりしているよ。

 取り出した本を再び書架へしまうと、お師匠の手からパッと本が消えた。



 「お師匠は、本を仕舞う為にしか使っていないけど、何でも入るよ。町へ行く時には、ロックドラゴンを2頭入れていったし。」


 「まあ、それは凄いです! 便利ですねー!」


 「王国には、この書架みたいな魔法を使える人って居ないの?」


 「そうですねー、居ませんねー。外国の王室とも交流は有りますが、聞いた事もありません。」



 多分、誰もがそんな事はできる訳が無いと思い込んでいる事って、本当に誰も出来ない。

 ある時誰かが出来る事を証明してみせると、あっという間に広まる。

 誰も出来ないと思われていた事が、実は出来る、誰かがやって見せる事で、実在が証明されて、出来なかった人にも出来るように成る。

 こういう事って、現実世界にはいくらでもあるんだ。

 人間は空を飛ぶことは出来ないと思われていた時代は、誰がやっても失敗するし、誰も出来ないんだけど、ライト兄弟が飛行機を作って実際に飛んで証明して見せれば、世界の法則は、人間は飛べるという実在へと変わり、技術が伝達したわけでも無いのに、遠く離れた国でも飛行機が開発される。


 飛行機然り、電球然り、電話機然り、テレビジョン然り。現在、発明者の名前だけが知れ渡っているけれど、結構同時期に同じ発明をしていて、ちょっとした特許登録の時間差で闇に埋もれてしまった人というのは、結構居る。


 それは出来る事である、と、世界が認識した時点で、世界の法則が書き換わるのだ。

 そして、雨後の筍の様に世界中のあちらこちらで出来る人が出てくるんだ。


 だから、お師匠の『書架』という魔導も、私達3人が認識した時点で他の国の誰かが発明しているかも知れない。



 「さて、能書きは良いから、お前らが多次元軸を認識出来るかどうかが前提じゃな。」


 「多次元軸……ですかぁ?」


 「この世界は、前後、左右、上下という3つの軸方向で全ての空間座標を指定する事が出来るの。それに時間軸というのを加えて、4次元空間と言うのだけど、更に3つの軸方向があるんだって。それを知覚出来るかどうかが、この魔法を使えるかどうかの分かれ目みたいよ。つまり、7次元空間というわけね。わかる?」


 「7次元空間ですかー……うーん……」


 「私はそれを、イマジネーション空間って呼んでいるんだけどね。」


 「うーん……、うーん……」



 空間に魔力を放出して、何かを探っているみたい。



 「! あっ! これかしら?」



 ヴィヴィさんが、頭の上の空間に手を突っ込むジェスチャーをすると、手首から先が空間に消えているように見えた。

 そして、まるで頭の上にある本棚から本を取り出すように一冊の本を取り出した。



 「!」


 「あ、それ、わしの本。」



 あっさりやってのけたよ、この人。

 流石宮廷魔導師筆頭なだけあるなー。

 この人もまた天才の部類なんだ。


 それよりも、問題が発生した。

 『書架』が個人の物で無くなってしまった。

 そりゃそうだよね。同じ空間にアクセスしてるんだから。

 無造作に書架へ突っ込んで置くと、他の誰かに取られてしまう可能性が発生しました。

 今後は、書架内のセキュリティを考えなければ。



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