第20話 お役所仕事
「あの獣人達、しっかり出来ている様で良かったね。」
「そうじゃな。」
食事を終え、ドワーフ達の食事代と酒代、といっても、屋台に置いてある酒全部の代金分のお金を店主に渡して、屋台を後にした。 宿の部屋に戻ったら、また机の上に葉っぱが置いてあった。
葉っぱを前回みたいに、くるくると回すと、再びエウリケートさんが現れた。
こういう仕組みなんだ。
「ちーっす!」
「ちーっす!」
バル○ン式のハンドサインで挨拶を交わすと、エウリケートが徐に話し出した。
「今日の報告です。神殿に集まって貰った森の魔術士達に、例の魔法を伝授しようと講習会を開いてみたのですが……」
話を要約すると、どうやら適正が有りそうな者はあまり多くは無かったとの事だった。
総勢850名余りの中で、習得出来そうな感じなのは、エルフで11名、魔族で5名、その他1名と意外と少なかったそうだ。
600人も居た森の賢者と呼ばれるエルフでさえ、11人しか無理そうとの事。
地球では、森の賢者ってオランウータンの事だよと、うっかり口に出しそうになったのをぐっと堪えた。
エルフは、意外と言うか、見たとおりと言うか、結構保守的な種族なので、自分達の生活と関係の無い知識は、あまり受け入れ無いのだとか。若くて脳が柔軟な11人が知識欲があって、なんとかなりそうだと言う。
これは、魔族も同様で、やはり脳が柔軟な若者だけが使えそうだとの事。
本能で生きる森の亡霊は全滅。
闇の賢者であるリッチーがなんとか適応できそうだと言われた。
「うーむ、ま、いいじゃろう。少数精鋭でいくか。適正の無い他の者は、膨大な土砂の搬出に回ってもらおう。」
「それしか無い様ですね。」
「それから、もう一つ。バシリスコスの死体と、汚染土を封じる為の用地を確保せねばならん。」
「それなら、魔境との境の辺りに積んで置いたらどうなの?」
「野晒しじゃと、風化して毒が流れ出す危険があるからのう。出来れば、地中深くに封じたい所じゃ。もう絶対に掘らないであろう廃坑の奥か、水源から遠い深い洞窟、生き物が寄り付かない様な砂漠の奥地等があれば理想的なんじゃが。」
「申し訳ありません。私達は森の外についてはあまり詳しくなくて……」
「廃坑については、わしの方で当たってみよう。」
「よろしくお願いいたします。」
マジで核廃棄物っぽい扱いなんだなー、アレ。
「では、これからの予定としては、17人の候補の育成はドリュアデスに任せて、わしは封印予定地を探す。17人が物に成る目処が付いたら、工事開始という事でよろしいか?」
「はい、その予定に沿って進めます。」
廃坑は精錬所の人に聞けば、教えてくれるんじゃないかな。
明日早速聞きに行ってみよう。
最悪、育成に失敗しても、ドリュアデスと私とお師匠だけでもなんとかなるかも知れない。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇
翌日の早朝は、未だ日が登る前に起き出して、精錬所が始動し始める時間に着く様に宿を出た。
途中の休憩所は、時間が早くて営業していなかった。
まだ涼しい時間帯だから良いんだけどね。
「ねえ、お師匠、飛んで行っちゃ駄目だった?」
「うむ、わしも今それを考えていた。町に来た時といい、何で隠したんじゃったか。」
「お師匠が、街の人を驚かせるからと言ったんだよ。でも、お師匠なら空飛んでても誰も不思議に思わないよ。お師匠の魔法って事にして、今度からは飛んで移動しようよ。」
「うーん、そうじゃな。そうするか。」
とても抜けている感じの二人であった。
というか、お師匠は学問に関しては超天才なんだけど、生活一般に関しては割とポンコツっぽい。
今の所それ程ボロは出ていないんだけど、食事も睡眠も取らずに勉強に没頭しちゃったりね。そういうとこ。
私がちゃんと付いててあげないと駄目な人だ。
……と、自分の事は棚に上げて張り切るソピアであった。(京介談)
ソピアと京介のどっちかが張り切ると、もう片方が覚めた感じに自分を見てる、これって、2重人格っぽいな。
「徒歩前提で時間を考えて出発したから、今から飛んで行くと向こうで時間が余ってしまうな。」
「思ったんだけど、廃坑の話を聞くなら、精錬所よりも鉱山の方の管理者に聞いた方が良いんじゃないかな?」
「おっ……そういう事はもっと早く言ってくれんかの。」
やべえ、これは本気で私がしっかりしないと駄目なパターンじゃないのかな?
私は、お師匠を持ち上げると、ふわりと地面を蹴って飛び上がった。
一瞬空中で止まり、姿勢を整えた後、ぐんぐんと上空へ登って行く。
地平線に朝日が昇り始めて、マヴァーラの町とそのずっと向こうに見える王都がキラキラ光って見える。
鉱山方向へ向けてスピードを上げる。
「どうしてお前は飛べるのじゃろうか? 不思議でならないのがじゃ……」
「ん? お師匠でも解らないの?」
前にもした会話だ。
魔力は、自分を中心に放射状に放出されるので、自分で自分を持ち上げる事は普通は出来ないと思われている。
つまり、どんな力持ちでも自分の体を持ち上げられない理屈だ。
でも、現に私は飛べている。
お師匠が不思議がるのも当然なのだ。
「お師匠、作用と反作用というのは知ってる?」
「お前の知識に有る異世界の学術用語は分からんが、多分、こういう事じゃろ。わしが物を押すと、物もわしを同じだけの力で押し返している、という理屈の事じゃろ?」
「そうそう、それそれ。お師匠が押すのを『作用』、物が押し返すのを『反作用』というの。」
「じゃが、魔力に反作用は無いぞ?」
「そう、そこなんだよね。作用と反作用は対で、どっちかだけというのは物理的にあり得ないんだ。つまり、魔力で作用を及ぼすなら、必ず反作用は発生しているはずなの。」
「では、何処かへ、その反作用が逃げているのか?」
「そう、直接力として自分へ返って来ていないから、反作用は無い様に感じるのだけど、本当は帰ってきているはずなの。では、何処へその力が逃げているのかと言うと……」
多次元軸方向、それは即ち、魔力の発生源である所の、イマジネーション空間。
私は、人差し指で、自分の頭をコンコンと叩いてみせた。
そこでお師匠は、はたと気が付いた様だ。
「ソピアよ、おぬし、上位3つの多次元軸を認識しておったのか?」
「ん、まあね。何と無くだけど。」
魔力を使って物理的な力を発生させた場合に、その反作用は何処へ向かって行っているのだろう、とは、こっちの世界に意識が戻ってからずっと考えてはいた。
お師匠がこの4次元空間プラス3方向が有ると言った時に、この世界では7次元空間を認識できる魔導師が居るという事に、少なからずショックを受けた。
お師匠が、『書架』とかいう謎空間にロックドラゴンを放り込んだのを見た時、このプラス3次元軸のどれかだろうと見当を付け、脳内のイマジネーション空間がそれなのではないかと仮説を立ててみた。
魔力は、このイマジネーション空間で発生し、反作用はこの空間が受け止めている。
確かにそう考えて、魔力を奮ってみると、脳の芯にズシンと来る様な感覚がある。
一般的にはこれが、魔力を使うために精神力(マナ)を消費していると認識されているらしい。
だけど、私はこのイマジネーション空間に反作用が拡散して行く衝撃を知覚しているのだと仮説を立てた。
その仮説を元に、空間に拡散する反作用を自身の身体へ返すように回路を切り替える事は出来ないのか?
普通は、そんな事をすれば、魔力を使う度に身体に負担がかかってしまうだけで、全く意味の無い事の様に思える。
だけど、普通はやらないこの事こそが盲点であり、ブレイクスルーの可能性が有るポイントなのだ。
偉大な発明や発見は、その普段ならやらないはずの、所謂失敗から見つかる事が意外と多い事実からもお分かりいただけるだろう。
そして私は、通常はその空間に拡散して消えていくだけの力を、ついに自分の体に向かうように操作する事に成功した。
後は簡単な話。
足元の地面を魔力で押した反作用を身体に向かわせれば、逆立ちをした時の様な要領で、身体を空中に持ち上げる事が出来る。
空気を激しく後方へ押し出せば、身体を前へ前進させる事が出来る。
私は今、徒歩で半日(凡そ6時間)かかる距離を僅か5分程度で移動する事が出来る。
時速にして、およそ200キロの速度だ。
飛びながら、お師匠にそれらの仮説を説明したら、口をポカーンと開けたまま固まっていた。
「あー、ソピアよ、早くこの面倒な一件を片付けて、勉強会をしような。」
勘弁して。
鉱山地帯に来たので、管理棟らしき建物を上空から見つけ、その前に着地する。
近くに居た人が、空から人が降ってきた! と騒いでいた。
あ、この前、立入禁止のロープを潜ろうとした時に注意してきた人ですね。
挨拶すると、大賢者御一行と気が付いたのか、頭を下げながら飛んで来た。
いや、飛んでは来ないよ、走り寄って来たって意味ね。
「この前はすまんかったの。ここの責任者に会いたいのじゃが。」
お師匠がそう言うと、丁寧に管理棟の中に案内してくれた。
「そうですか、ドリュアデスの管理する森でバシリスコス厄災が発生していた事情は把握しております。その死体と汚染土の封印場所に、廃坑を一つ譲って欲しいとの事ですが……」
出てきた責任者が事情を知っているなら話は早いのだけど、何故か言い淀む。
「実は、鉱山の坑道は全て国の管理でして、私の一存でどうこうは出来ないのです。国の許可を取ってきて下されば、直ぐに候補地を譲り渡せる様に、準備致しますが、どうでしょう?」
えー、手続きをやってくれないの? 私等がやらないとだめなのー? 面倒臭いわー。
最も、そんなお役所仕事に任せてたら、許可が降りるまでに何ヶ月かかるのか分からないから、私達でチャッチャと王都まで飛んで言って、書類揃えて来た方が早いってのは有るんだろうけど。マジ面倒ー。
お師匠の顔を見ると、私を見て、肩を竦めてみせた。
お師匠も同じ思いなんだろうな。
私は、鉱山責任者の方に向き直って
「じゃあ、なる早で書類揃えて来るから、なるべく深くて広い廃坑を用意しておいてね。」
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