第16話 座学の時間
インゴッドの山は、取り合えすお師匠の書架に入れておいてもらって、要らない分は鍛冶工房に引き取ってもらおう。
さーて、お腹がすいたぞ、お腹と背中がくっつくぞ!
スキップしながら歩いて行く。
途中の休憩所で、冷えた飲料水を買って、街へ向かって歩いて行く。
「ねえねえお師匠。わざわざお金出して水買わなくても、お師匠なら魔導で水も氷も出せるでしょう? なんでー?」
「それはな、ソピーよ、あの者達も商売をして生活の糧を得ておる。我々が通った時に何も金を落とさなんだらがっかりするじゃろう。金を持っているなら、少しでも経済を回す努力はするべきじゃろうな。」
そうだね、お水代なんて、たかが知れているかも知れないけど、皆が経済の水車を回す努力をしていれば、それが例え小さな力でもやがて集まって、水車は回って行く。世の中は、巡り巡ってそういう仕組で動いているんだ。
日本人の感覚だと、お金を気前よく使うのは、散財だとか、あまり良くないという様に見られる風潮が有るけれど、逆側から見れば、商品を買ってもらった側からしたら有り難い話だし、物を売って儲けた人は、他の所で別の何かを買って、またそこでお金を落とす。
そうやってお金がグルグル回る社会は健康なんだ。
溜め込んで外に出て来ないお金は、鬱血した血液みたいに、社会を不健康にさせる。
必要な物を買うときには、気前よくスパッと使うことが大事だし、使った分は滞りなく収入として入ってくる、貯蓄して将来の心配に備える必要の無い、安心してお金を使える社会が健全な社会なんだね。
まあ、そんな自論はさておき、宿に付きましたよ。
今日の夕飯は何かな?
あっ、新しいメニューが貼ってある。
なになに? 『黒焦げオークの場外焼きステーキ』?
あれかー!!!
私は新メニューは無視して、牛ステーキセットにしましたよ。
セットメニューは、『土手っ腹風穴オーク肉のスープ』だって? いらねー!!
スープは、オニオンスープに変更してもらって、と。
お師匠の方を見ると、同じメニューをガツガツ食ってるよ。
歳取ると肉が食えなくなるとかよく言うけど、全然そんな事無さそうだな、この人。
あ、オーク肉気にしないですか、そうですか。
夕食を取った私達は、お風呂で今日一日の汚れと疲れを洗い流して
「さあ、座学の時間じゃ。」
何だよ、そのこれからゲーム大会だーみたいなノリは。
もう眠いよー、疲れたよー。
そう言うと、ゲーム機を取り上げられた子供みたいに不服そうな顔をしましたよ。
わかったよ、わかりました。
お勉強しましょうね。
電気を知らない世界の住人に、電気と言うものを教えるには何処から説明したら良いのやら。
お師匠はまだ学者さんだから、探究心があってこちらの文明レベルの中では飛び抜けて豊富な知識を保有しているから良いとして、ドリュアデスやエルフ達にどうやって説明したら良いのか、それを考えるだけで頭が痛くなってくるな。
取り敢えず、まずはお師匠から攻略しないと始まらない。
そして、お師匠も教える側に回ってもらう必要がある。
「えーと、まず、静電気とか摩擦電気は知っていますか? 冬とかに、金属を触るとビリっと来るやつなんだけど。」
「さあのう……、とんと思い当たらんが……」
お師匠は髭を触りながら、記憶の中を探るように呟いた。
そうだった、こっちの世界には、化繊とか合成樹脂の類が無くて、皆の着ている服は、木綿とか絹とか毛皮なんだよなー。
毛皮と、もう一つ何かの絶縁体が有れば、摩擦電気を発生させる事が出来るのだけど、こちらの世界では、そうそう起こり得るものでは無い様です。
「……」
これは、想像以上に難易度高いぞ?
2つの絶縁体が摩擦すると、静電気が溜まる。
現象としては至極単純なものなのだけど、『何故そうなるの?』という疑問に答えようとすると、途端に難易度が上昇しちゃうんだよね。
子供の純粋な『何故?』という疑問に対して、駄目な大人の、『それはそういうもの!』という上からの押さえつけに似た戦法を取らざるを得ないのかな。
いや、駄目な大人にはなりたくない。ちゃんと、理屈や原理を理解させないと始まらないのだ。
よーし、お師匠の『何故?』に対しては、徹底的に、相手が納得するまで説明してくれようぞ!
「では、稲妻の正体については?」
「神の神通力、と信じられておるが、わしの見た所あれは自然現象じゃな。正体については、何らかのエネルギーの奔流だとしか……」
「そこまで解っているのなら、上出来です。」
自然現象、何かのエネルギーだという事まで理解しているのなら、話は簡単だ。
これが、謎呪術や未知の魔法とか言われてしまったら、その概念を覆すのは難しかったかも。
「ではまず、物質の最小単位、原子の話からしましょう。」
この世界でも、物質がその性質を失わない最小単位についての考察は一応されている。
例えば、肉を限りなく細かく切り刻んで行って、これは肉であると言える最小のサイズ。
これが元素だ。
肉だと水分やタンパク質その他の複合だから、逆に分かり難いか。
それなら、水ならどうか。
水を限りなく分割していって、水の性質を失わない最小の単位は?
それが水分子だ。水の元素とも言える。
この世界では、元素レベルまでしか考察はされていない。
元素という言葉を使うと、分子も原子も一緒くたに表す、抽象的な概念になってしまうので、分子、原子と用語を明確化して行きましょう。
「水の分子は、更に1つの酸素原子と2つの水素原子に分けられます。」
「原子とな?」
「そう、それがあらゆる物質の最終的最小単位。あっちの世界では、自然界に89種、人工的に作られたものまで含めると、118種類まで確認されています。同位体や粒子加速器で一瞬だけ作られる様な物まで含めると、もっと多いかもしれないですけどね。すべての物質は、これらの原子の組み合わせによって成り立っています。」
「それはつまり、ブロック遊びやパズル遊びみたいな物かのう。」
「そうですね、種類の決まったパーツの組み合わせで、あらゆる物が作られているという意味において、ブロック遊びの例えは妥当です。」
電気を説明するのに、原子から説明しなければならないとは、めっちゃ遠回り。
原子核はさらに陽子と中性子、さらにクォークやレプトンに分解されるんだけど、そこまで行くのは蛇足なので割愛。
「まずね、この世の中に有るあらゆる物は原子で出来ているという事を頭に入れておいて下さい。」
そして、ここからが本題。
「原子は、更に原子核と電子で出来ている。」
「ほう、最小単位と言いながら、更に細分化されるのか?」
「もはや電子に至っては、もう物質という概念からは外れます。全ての原子共通のパーツです。ここで大事なのは、電子です。」
私は、原子のモデルとしてお馴染みの、長岡・ラザフォード原子模型、所謂惑星型と呼ばれる原子の図を描いて説明した。
中心に質量の大きな、正電荷の核があり、その回りに負電荷の電子が衛生の様に周回しているという図だ。
「原子核は、『プラス』、電子は『マイナス』という性質を持っていて、これは互いに引き合う性質があります。」
「はい、ソピア先生。それは磁力、みたいなものと考えてよいのじゃろうか?」
「はい、ロルフ君、いい線行ってますよ。実は、電界と磁界は、ベクトルが90度ズレているだけで同じものと考えられています。あっちの世界の学問では、この2つを分けないで、『電磁力』と一括りにしています。」
「磁力と電力は、同じもの……と。」
メモメモ。
お師匠、勉強熱心。
「磁力と電力は、それぞれお互いに変換する事が出来ます。磁力は電力に、電力は磁力に、変えることが可能です。」
「ほう、実に面白い。では、『磁石』みたいな『電石』という物があったりするんじゃろうか?」
「残念ながら、電石という物はありません。そして、磁力の件は、今は蛇足なので割愛します。」
「蛇足かーい!」
お師匠がペンを放り投げた。
いや、今回の魔導については蛇足だけど、その内役に立つからね。
「この魔導を成す為に今知るべき知識は、電気とはなんぞや、という部分のみであります。」
「うーむ、仕方がないのう、後できちんと教えるのじゃぞ。」
「電気という物を知る為に、原子の構造を知る必要があります。プラズマ状態では、この原子はどの様な状態になってしまうのか、そして、青玉から電力を取り出す方法と、その電力でアーク放電を作るというプロセスを叩き込んでいます。なので、磁力に関する知識は、今この事に関しては必要無いので、割愛します。」
電子の流れを電流という事。
大電流を作り出す為の
それを、魔力で作り出すプロセス。
高温のアーク放電現象について。
私は、それらを図に描いてお師匠に説明をした。
何でこんなて複雑な構造を作っているのかというと、今日、お師匠がやって見せた様に、青玉だけだと熱量が直ぐに奪われてしまって、短時間で消えてしまうから。
だから、連続でプラズマを作り出す為のアーク放電と、そのアークに莫大な電力を供給するためのリアクターを作って、そのアーク放電のプラズマの熱で地面を焼き溶かす。
アーク放電を維持する為に連続的に電力を作り出す、リアクターの構造を理解させるために、原子の構造から、電気という物に関する、必要な解説から始めているわけだ。
こららの知識を、たった一晩でお師匠は頭に詰め込んでしまった。
一体この人の知能指数はどの位あるんだろう?
実はね、地球では魔力なんて物が無いので、人間が利用できる唯一の力として、プラズマを封印するのに磁力を使わなければならないんだけど、こっちの世界では、それに替わる魔力なんていう謎パワーがあるので、磁力制御無しのプラズマ炉がイメージのみで作れちゃうんだよね。
本当にチートだと思います。
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