第14話 核廃棄物ですか!

 「それにしても、時間に追われてのぶっつけ本番の遠距離射撃がこんなに焦るものだとは、思わなかったわ。」


 「まあな、とりあえず上手く行って良かったのう。」


 「さーて、バシリスコスの御尊顔を拝見しに生きますか!」



 とはいえ、頭は吹き飛ばしちゃったんだけどね。


 と、前へ一歩踏み出そうとしたら、エウリケートに襟首を掴まれて引っ張られたので、後ろへ尻餅を突いてしまった。



 「だめー!!」


 「あいたー! なにすんのー?」


 「あっ! ご、ごめんなさい!」」



 お尻が痛くて半泣きな私に対して、エウリケートが必死に謝ってくる。

 お師匠はというと、やれやれという感じだ。



 「その白化領域に踏み込んでは駄目です! バシリスコスは死んでも毒は残ってるから!」


 「えーっ? そうなの!? 最初に言ってよー。」


 「ソピーよ、そういう所じゃぞ。『3.敵の習性、生態は十分に頭に入れておこう』をもう忘れたのか?ロックドラゴンの時の反省が何も生きておらんな。」



 おっと、これは大失敗。

 同じ過ちを何度も繰り返すのは、馬鹿のする事だ。

 苟も賢者の弟子としては、あってはならない失態でした。

 私は、立ち上がってお尻に付いた土埃をパンパンと叩いて落とすと、白化領域手前でしゃがんで注意深く観察してみた。

 そして、傍らの木の枝を折って、白化領域の中に差し入れてみると、枝はあっという間に枯れて半分程までが白化し、先端は石化が始まっているようだった。



 「バシリスコスの毒って、こんなに強力なの? これじゃ倒したとしても、もうこの森は死んでしまう……」


 「私達の責任に於いて、結界で囲って封印しましょう。百年でも、千年でも、毒が消えるまで。」



 千年も消えない毒って、なんなんだよ。

 まるで、ダイオキシンか放射性廃棄物みたいじゃないか。



 「ちょっと上から汚染範囲を確認してくる。」


 「ちょっと待て、わしも頼む。」


 「え? もしかして、ソピアさんは飛べるのですか? それなら、妾も連れて行ってはくれませぬか?」



 私は、お師匠とエウリケートを魔力で持ち上げると、私自身も一緒に上空へ舞い上がった。



 「すごい! 魔道具も使わずに自在に飛行出来るなんて。」


 「逆に皆、何で出来ないのかが不思議だよ。」


 「精霊魔法なら出来るのですが、一人では大した魔法も使えません。今は他の精霊達も散り散りになってしまっていて……」



 なんか考え込んじゃってるよ。

 お師匠も町に行く間にブツブツ言ってたなー。



 「安全が判れば皆その内戻って来るじゃろう。おっと、もう少し高度を維持しておくれ。……よし、この位なら安全じゃろう。あまり近づき過ぎぬようにな。」



 ドリュアデスやエント達精霊は、個は全であり、全は個という存在だ。

 意識が全て繋がっている。

 人間は高位魔術師が、集団で呪文を詠唱して意識を統一することによって、大規模な儀式魔術を発動する事ができるが、精霊はその様な儀式は必要無い。

 初めから意識は共有されているので、何時でも瞬時に儀式魔術に相当する、強力は魔法を発動する事が出来るのだ。

 飛行も、他の精霊達に持ち上げて貰えば良いというわけだ。



 上空から見た白化領域は、想像以上に広かった。

 幅が約300~400ヤルトの白く変色した領域が、一直線に山脈の方へ続いている。

 上空から見ると、黒っぽい森の中に、体育で使う石灰のライン引きがあるでしょ、あれで一直線に線を引いたみたいになっている。

 そこをずっと辿っていってみると、無数のエント達が石像の様に立ち並んでいた。

 きっとここでバシリスコスの進行方向を変えようとしたのだろう。

 そこから少し先へ行くと、白化領域の幅が急に狭くなっていた。

 大体、今までの三分の一位かな、怒っていなければこの位の被害で済んでいたんだね。

 とはいえ、幅100ヤルト位はあるんだけどね。


 そのまましばらく飛んで跡を辿ってみる。




 「もう、このへんでいいじゃろう。」


 「え? 跡はまだまだ続いているよ?」



 地球時間でおよそ2時間位飛んだ所で、お師匠がそう言った。

 お師匠が言うには、森の奥のこの辺りは既に人間が入って来ない領域の原生林だし、更にその奥側は、魔物しか出てこない危険領域なので、これ以上進む必要は無いとの事だった。


 私達はそれ以上の探索は切り上げて、引き返す事にした。



 「しかし、この白い線どうしよう? 人間も森の動物達もこの線から向こう側へ渡れないと困るんじゃない?」


 「要所要所に地下道でも作る?」



 こういった問題は、高速道路や鉄道を人間が作ってしまい、森を分断した場合にも起こる。

 東南アジアでも、森の中に農地を作ってしまい、象の通り道を断ってしまったとかいう問題にも似ている。

 その場合も、地下道や動物専用の橋等を作り、なるべく生態系を損なわない様に配慮される場合が多い。



 「これを浄化する方法があれば良いのですが……」


 「あるぞ。」


 「「えっ?」」



 私とエウリケートは、驚いて、同時にお師匠の顔を見た。



 「あるんかーい!」


 「だったら、早く言ってー!」


 「いやー、お前さんがたが、どういう方法を考えるのか、興味あったんじゃ。」



 そもそも、お師匠は、これよりも何百倍も大きな邪竜を倒しているんだった。

 その時も、森と海を含む大地と水と空気が、かなりの広範囲に渡って腐ったらしい。


 邪竜は、バシリスコスとは比べ物にならない程の強力は瘴気と邪眼を持っていたと聞く。

 謂わば、邪竜はバシリスコスの上位バージョンみたいなものだ。


 お師匠含む当時の人達が、どうやって邪竜を倒して世界を浄化したのか、とても気になる所だよね。



 「あの時の戦闘は、皆を防御結界魔法で包んで、普通に剣と魔法でズドンじゃぞ。」


 「……」


 「ちょっとまて、そんな事が出来るなら、バシリスコスなんてお師匠が簡単に倒せたでしょう!」


 「それじゃ、お前の勉強にならんではないか。」



 ほらー、エウリケートが呆れてるよー。

 森とドリュアデス種族存亡の危機に、勉強ですか!



 「それで、大地の浄化はどうやるの?」


 「焼くのじゃ。」


 「えっ!? ただそれだけでいいの?」


 「ただし、普通の炎で焼くと、煙に乗って毒が拡散してしまうから、わしが前にやってみせた青い火球を作れる術者に依頼しなければならないがな。」



 煙に乗って拡散って、ゾンビ映画かよ。

 低温で焼くとまずいというのは、ダイオキシンと同じだな。



 「わし一人では、これだけ広範囲を浄化するには、かかりきりで何年、ひょっとしたら何十年とかかってしまうやもしれぬ。」


 「町や王都の魔術師に依頼して来てもらえないかな?」


 「しかしのう、人間と関係の無い、いや、無くは無いんじゃが直接関わりの無い森の浄化となると、引き受けてくれる人間の術者はどれだけいるか……」


 「それならば、ドリュアデスを集めてなんとかやってみせましょう。どうか、その術式をお教え頂けませぬか?」


 「うむ、土の表面が溶けて再び固まる位の高温が出せなければ使えんぞ。」



 うは、地球でも、原子炉から出る核廃棄物はガラスで固めて地中深く封印するらしいけど、それに似てる。

 異世界でも猛毒の処理方法は似通っているのか。



 「地中はどの位の深さまで汚染されているの?」


 「邪竜の場合で1アルム位じゃったかのう。毒の種類が同じだとすれば、身体の大小に関わらず、同じ位まで浸透している可能性はあるじゃろうな。雨が降れば、それ以上に染み込んでいる可能性もあるやもしれん。」



 地球でも大地に広がってしまった放射能は、表層土を剥ぎ取って、一箇所に纏めて隔離管理するのだけど、それに似た地味な作業になりそうだ。

 健康管理の面とか、この世界の文明レベルでどれ程出来るのか心配だなー。



 というわけで、地味で面倒な除染作業の指導に何度かこちらへ通う羽目になりそう。

 それまでは、エウリケート率いるドリュアデス達が、結界魔法で侵入出来ない様に管理するらしい。

 その後、エルフや他の精霊達の魔法な得意な者を集めて、青玉の特訓をする事で話し合いは付いた。



 「ソピアよ、お前もじゃぞ。」


 「え、私は大丈夫です。」


 「なーにが大丈夫じゃ! しっかり学ばんか!」



 お師匠の飛んできた拳骨をひらりと華麗に躱し、言ってやりましたよ。



 「私、もうあれ出来るから。」



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