第10話 金属素材が欲しいの

 学園を出て、獣人の少年2人を連れてやって来たのは、ご明察の通り、鍛冶工房です。

 あの時のドワーフの親方が居た、あそこです。

 人手不足だって言ってたもんね。



 「やほー! 親方いますかー!?」


 「おう! 誰かと思ったら大賢者様とそのお弟子さんですか。今日は何用ですかい?」



 実はカクカク・シカジカという訳なのよ。



 「獣人のガキですかー。使い物になるかどうか。」


 「音を上げずに頑張りますから、雇って下さい!」



 まあ、鍛冶仕事はただでさえきつい仕事だからね。ドワーフ以外の種族では、早々に音を上げたとしても責められはしないでしょう。

 だけど、この少年2人のやる気の本気度を試すには丁度良いかも知れない。



 「とりあえず、使えるか使えないか5日だけ試しに使ってやって貰えないか。」


 「へい、大賢者様がそうおっしゃるなら。」


 「お前達も、5日後に様子を見に来るからな、無理そうなら他を考えるから、そう気張らずにやってみなさい。あ、それから親方、この子は14歳で未成年じゃからな、くれぐれも酒は飲まさんように。」



 そう言い置いて、鍛冶工房を後にしようとしたら、後ろから少年に呼び止められた。



 「あ、あのう、この金貨はお返しします。弟達を学校に入れて貰って、そのうえ仕事まで斡旋して貰って、これ以上貰ってしまったら申し訳なくて。」


 「いいや、お前さんも本当は学ぶ機会が有ったはずなのに、わしのミスでその貴重な時間を奪ってしまい、辛い時を過ごさせてしもうた。わしの謝罪の印として、その間に学校で支給されたであろう費用分の賠償として、どうが受け取って欲しい。これから棲み家を探したりと何かと物入りじゃろうて。」


 「棲み家を探しているなら、ここの2階に空き部屋が有るから使っていいぞ。賄い付きで、1ヶ月小金貨1枚、給料天引きだけど、それで良いならだが。」


 「お願いしまっす!」


 「良かったな、浮いた分のお金はきちんと貯金しておくんじゃぞ。」



 少年は涙を浮かべて頭を下げていた。

 じじい、かっけーな。



 「ばいばーい、またねー。」



 私が声を掛けると、手を振り返してくれた。

 うむ、右手を粉微塵に砕いた事はこれで帳消しになったな。



 「おまえ、色々と残念なやつじゃなぁ……」


 「はっ、思考が読めるのか!?」


 「わからいでか、ふぉっふぉっふぉ。」



 水戸のご老公か!

 この好き好き爺め!!




 さて、一文無しになったぞ、どうしよう。

 これでは素材を買うどころではないよ。

 何しに町までやって来たのか分からないよ。



 「心配するな、収入の伝手はあるわい。」


 「! まじで!?」


 「じゃが、今日は色々と疲れたわい。よく考えたら、昼飯も食いっぱぐれとるし、もう宿に戻って夕飯を食って風呂に入って寝てしまおう。」


 「そうだね、早く帰って飯食おう!」



 後先考えずに金貨を全部あげちゃったけど、宿の食事は宿泊費に含まれてて本当に良かったと、私は心の底から思った。






◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇






 次の日の朝、金策の当てが有ると自信満々に言うお師匠の後を付いて行くと、最初に寄った肉屋に着いた。

 あ、そうか、ロックドラゴンの査定付いたのかな?

 高く買ってもらえると良いな。



 「よーう! 店主はおるかのう?」



 店の外から声を掛けると、店主がバタバタと出て来た。



 「これはこれは、ロルフ師とお弟子様。」



 やけに愛想が良い。

 どういう事だろう?


 実はあの後、大きい方のロックドラゴンを競り市に出してみたそうだ。

 所謂、畜産品なんかのオークションですね。

 旬の初物の1番なんかには、仰天する様なご祝儀価格が付く事もあるらしい。

 

 傷は内蔵のみで、外側には一切の傷が無し、おまけに火炎魔法等で仕留めていないので、熱で肉が変質もしていない。

 肝臓は利用価値が高いのだが、幸いにして肝臓には損傷が無し。

 火炎袋も使用痕が無く、薬品等に利用出来るという、毒の採集も可能。

 硬い表皮は工芸品の材料にもなると、捨てる所が無い。

 と、血抜きが完璧で無いというマイナス要素を差し引いても、高値が付く付加価値が満載で、結構高く売れたらしい。



 「で、いくらで売れたの?」


 「はい、10ヤルト級という大きさもあって、なんと、大金貨85枚の値が付きました。」



 うわ、一頭約850万円か、ボロいな。



 「あくまでご祝儀価格じゃぞ。何時でもその値段で売れる訳ではないからな。」



 声に出していないのに、またもやお師匠が私の思考を読むよぅ。



 「おぬしはすぐ顔に出るからのう。解りやすいわい。」



 絶対にテレパシーかなんかの魔法だろ。



 「小さい方は、大金貨42枚でうちが買い取らせていただきます。大きい方は、高額オークションになりましたので、手数料2割を引きまして、大金貨68枚となります。合わせて大金貨110枚です。前金の25枚分を引きまして、85枚をお受取り下さい。」



 ん? 競り市で売れた一頭分の金額と同じじゃん? もう一頭分誤魔化された? 数字のマジック? と一瞬思ったが、前金貰ってるし、手数料もあるんだから、こんな風になるのかなーなんて、思ったり思わなかったり……

 私等ならロックドラゴンなんて雑魚だし、いくらでも狩ってきて大金持ちになれるぞ、なんて思ったけど、初物ご祝儀でこの価格が付いたという事は、年に一回だけの価格だし、あまり沢山狩ってくると値崩れするに決まってるので、やっぱり年に一回だけ2頭程度狩って持ってくるのが妥当なんだろうな。

 私らの住んでいる、特に何も買うでも無く自給自足で暮らしているど田舎っていうか森の奥で、二人で年収850万円と考えたら、寧ろ大金持ちだよね。

 欲はかくまいて。


 店主は金貨の詰まった革袋を店の奥から重そうに持って来て、ドンとテーブルの上に置いた。

 お師匠はそれをすぐに『書架』に仕舞い込んだ。



 「数えないので?」



 肉屋の店主がそう声をかけて来たが



 「信用しとるよ。」



 とだけ言って後ろ手に手をひらひらやって立ち去るお師匠。

 なにこのくそじじい、かっこいい。


 まあ、信用商売なので、代金を誤魔化せば次からは貴族が買いに来る貴重なロックドラゴンの肉は、別の店が売る事になるだけ。

 それが分かっているから、お互い余計な手間は省いたって感じか。


 地球だったらどんなに信用していようと、きちんと数えて領収書切るんだけどねー。

 

 まあ、いいや。

 とりあえず、お金は手に入った。

 後は、最初の目的の金属素材を買い付けだ。

 確か、西門を出て川の下流の方だったよね。


 お師匠と一緒にテクテク歩いて、西門の衛兵に挨拶して一旦街を出る。

 川はそこから坂を若干下って行くと直ぐに見えてくる。

 そこから下流方向へ目をやると、遠くに煙が立ち上っている建物が見える。

 荷馬車が頻繁に行き来するので、道は石畳で整備されている。

 これなら迷う事は無いし、歩きやすい。


 途中には休憩が出来る、軽食を食べられるお店も有る。

 精錬所は、見えてはいるんだけど、歩くと意外と遠いね。

 徒歩で半日位かな。

 見えてて遠いは田舎の道ってね。

 あれ? 近くて遠きは、だっけ?

 あれ? それは男女の仲だったかな?

 まあいいや、どれでも。


 炎天下をテクテク歩いていくと、熱中症になりそうだなって思い始めた頃に、中間地点の軽食屋が現れる。

 上手く設計されているよ。

 大体、徒歩で1刻、地球時間でおよそ2時間ってとこだ。

 そこで、飲水を購入して、また歩き始める。

 え? 川の水? 泥水です、はい。

 魔法で浄水出来ないかな、そのうち考えてみよう。

 飲めないけど、農業用水には出来るので、川の近くには畑が広がっています。

 何かの穀物を作っているみたい。


 もちろん、町の外には魔物避けの防壁は無いので、魔物、特に豚やイノシシみたいな攻撃性害獣に荒らされがちなんだけど、結構開けていて見晴らしは良いからすぐに発見されて、警備のハンターが飛んでくるよ。

 ほら、そう言っている内にオークが現れた。

 3体か、お友達とお弁当食べに来たのかな?

 あいつら、雑食だから何でも食うよね。

 人間なんかも食うよ。

 特に女が狙われる。

 私なんか特に美少女だから、格好の餌食だね。

 オークに拐われたら、「くっ、殺せ」とか言わないと駄目なのかな?

 女騎士じゃないと言う資格がありませんか、そうですか。



 あ、オークがこっちに気が付きました。

 棍棒片手に、こちらへ走って来ます。

 なんとかしないと食べられちゃう!

 さて、どうしよう。



 「あ、そうだ、お師匠の魔導見せてよ。今ならお師匠の魔法でも分析出来るかも。」


 「ほう? 生意気言いおって。それでは実演しようかの。何系の魔導が希望かのう?」


 「そうだなー……とりあえず、オーソドックスに炎熱系をお願いします。」


 「良いぞ、見ておれ。」



 私が火炎系じゃなくて、あえて炎熱系と言ったのには理由があります。

 それは、魔力で作り出した火球は正確には炎では無いから。

 この世界では普通に、火炎系魔法と呼ばれているんですけどね。



 「ではまずは、学校で教えている、火炎系攻撃魔法からじゃ。」



 お師匠はそう言うと、両手を広げ、素早く体の前で何かを圧縮する様なジェスチャーをした。

 そして、ビーチボールを持つ時の様なポーズをしたまま、何かを念じている。

 じっと見てみていると、その手の丁度真ん中辺りから、拳大のオレンジ色に輝く球体が出現する。


 これは、断熱圧縮かな。

 熱というのは、分子が振動する現象だ。

 現在私達の回りの空気の温度は、真夏の約30度程度の体感温度。

 その空気をある程度の量だけ、熱量が外へ逃げ出す間も無い程の速度で、野球のボール程の大きさまで一気に圧縮して行く。

 すると、熱運動している分子の密度が上がり、単位体積あたりの振動している分子の数が一気に増えて行く。

 体積が1/2になれば、分子は2倍、1/10になれば10倍といった感じだ。

 つまり、2倍、10倍と熱がどんどん上がって行く。

 既に中心温度は数千度以上になっていると思われる。



 「ファイアーボールじゃ!」



ズドーン!!


 魔力で圧縮されたままの熱球が左端に居たオークに向けて発射され、お腹に命中する。

 体表に命中した球体は、その熱で肉を焼き切りながら体内にめり込み、そして圧力は一気に開放される。

 まるでダイナマイトで爆破したかの様にオークの体は爆発した。

 他の2頭のオークは一瞬たじろいだが、より怒りを顕にしてこっちに走って来る。


 それはそうと、ファイアーじゃないのにファイアーボールなのね。

 ただの熱球だから、強いて言うなら『ヒートボール』じゃね?

 等と余計な事を考えてしまった。

 オークに対する憐憫の情は一切無い。



 「どうじゃ? 何か掴んだか?」



 熱と爆発の2段階でダメージを与えられるので、攻撃力が高いし原理も簡単なので、一般的に普及しているのも頷ける。

 私は自分の考察を言ってみた。

 用語の違いは有るけれど、大体そんな感じで合っているとの事。



 「ほう、大したもんじゃな、異世界の学問は。あのお馬鹿なソピアが頭が良くなった様に見えるわい。」



 そうでしょそうでしょ。って、コラ!



 「今、王都や町の学校で一般的に教えられている火炎系攻撃魔法はこれじゃ。一連の魔力操作を型に落とし込み、魔力が有れば誰でも扱える様に体系化されておる。その教育方法が良いことなのか悪いことなのかは判らぬがな……」


 「うん、根源を知らずとも、ある一定のレベルの人材を大量生産する、所謂量産型人材育成だよね。」



 都市の外は危険がいっぱいある。

 だから、たとえ簡易であろうと、ある一定のレベルにまで育ててあげるのは、その人の為もあるし、そういった人材が沢山集まれば十分な戦力にもなるので、王国の安全上も好ましい。

 人を育てるに当たって、この辺の考え方にお師匠は葛藤が有るのだろう。



 「そして、もう一つ、わしの魔導だとこうなる。」



 すっと、右側のオークへ人差し指を向けると、そのオークの身体からブスブスと煙が立ち上り始め、途端に何が起こったのか分からないという顔をして、もがき苦しんで倒れる。

 仲間のオークも何が起こったのか分からない様子だ。

 倒れたオークは真っ黒に焦げて行き、遂にボッと火が上がった。



 「これは解るかな?」


 「うーん、オークの身体の分子運動を直接励起させたのかな?」


 「正解じゃ。」



 そう、熱とは分子の振動だ。

 ならば、わざわざ熱球を作ってぶつけなくても、相手の身体の分子運動を直接弄ってやればいいだけだ。

 体温を数度上昇させてやるだけで、生物は動けなくなってしまう。

 殺す気なら、脳漿を沸騰させてやればイチコロだ。

 血液でもいい。

 体の内部からじっくりと火を通されてしまう。

 生きたまま電子レンジに放り込まれた様なものだろう。

 予め知らなければ防ぎようが無い攻撃だ。

 多分、受ける側にしてみれば、ファイアーボールをぶつけられるよりも、恐ろしい攻撃かもしれない。



 よく、超能力バトルで、体の周囲に岩やら瓦礫を浮遊させて相手にぶつけるという描写があるけれど、実際はそんな手間使わずに相手の心臓やら脳やらをグシャってやってしまえば手っ取り早い。

 絵的には地味だけどね。

 敵を攻撃するのに、間に無駄なモーションを挟み込む必要は無いよね。

 それ、本のページを捲るのに、指を使わずにピタゴラスイッチでやってみるたいなものだもん。

 敵も無駄な予備動作が無い分避けられないし、威力も上でしょう。



 「こんな事も出来るぞ。」



 お師匠は再び身体の前で球体を作り出した。

 ただ違うのは、今度のは青い色に輝いている。

 その球体を、最後のオークへ向けて発射した。


 流石に恐れをなしたのか、最後のオークは背中を見せて逃げ出した。

 だけど、弾丸の様なスピードで飛翔する青球から走って逃げられるものではない。

 背中に命中し、そのまま何の抵抗も無く貫通して、胴体に漫画みたいな大穴が開いてしまった。

 当然、オークは即死で、そのまま棒切れの様に倒れて事切れた。



 「今のは解るか?」



 今のは多分、プラズマだ。

 中学理科で、物質の3態というのを習ったと思う。

 個体、液体、気体、というやつね。

 あれ、本当は4態で、気体の上にプラズマ体というのがある。

 熱分子運動が激しくなりすぎると、原子から電子が飛び出してしまい、バラバラに振動するようになってしまう。

 これがプラズマ体。

 プラズマ状態になると、その温度は数万度から数億度まで跳ね上がってしまう。

 こうなってしまうと、体に当たって爆発するなんてレベルではなく、医療器具のレーザーメスや、金属を切断するプラズマカッターの如く、何の抵抗もなく物体を貫通してしまう。

 数億度の温度に耐えられる物質なんて、この世の中に存在しないのだから。

 触れた有機物は燃えるという段階を通り越して一瞬で炭化どころか気化してしまう程の熱量なのだ。


 投擲魔法、所謂マジックミサイル系は無駄な工程を含んでいると言ったばかりだが、分かってても回避も防御も出来ない、必中必殺の攻撃ならば有効だという例として、お師匠は見せてくれたのかも知れない。



 「気体の上にもう1段階有るというのは、ワシの発見じゃったが、異世界では常識じゃった様じゃのう。」



 お師匠、ちょっとがっくり。

 私をビックリさせてやろうと思っていたのに、残念でした。


 罪も無い、いや、あるか、オークを弱い者いじめの様に惨殺してしまい、駆除対象生物とはいえ、ちょっと心が痛みます。

 さっき、憐憫の情は無いと言ったのは取り消します。

 教材目的に惨殺してしまい、ご免なさい。



 駆けつけてきたハンターが、三者三様に惨殺されたオークの死体を見て、口をあんぐり開けています。

 処理はあの人達に任せましょう。



 ちなみに、オークの肉は、食べる人も居るみたい。

 まんま、豚肉みたいな感じらしいよ。

 でも、私は食べた事無いし、これからも食べるつもりは無い。

 食べたいとも思わない。

 流石に、美味しいと言われても、人の形をした動物を食べるのは拒否感があるよ。

 地球だって、一部に猿を食べる所もあるみたいだけど、何か嫌だよね。

 そんな感じです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る