第9話 王立サントラム学園

 朝5の刻

 地球で言う所の午前10時位の時間に私達は、王立サントラム学園の正門前に居た。

 浮浪児の子供達は総勢12人居た。

 下は5歳程の幼児から、上は15歳まで。



 「これで全員かの? 漏れている子供はおらんな?」


 「はい、俺の知っている範囲ではこれで全員です。」


 「もしも、他に見かけた場合は、後で教えてくれ。」



 そう言うと、お師匠はずんずんと校舎の中へ入って行く。



 「あ、あの、どこへ?」


 「いいから付いて来なさい。」


 「俺達なんかがこんな立派な所へ入り込んだら怒られてしまいます。」



 なんか全員おどおどしているよ。

 なので、私は教えてあげた。



 「ここの総長は、このお師匠なんだから、気にする事は無いよ。学園長よりも、理事長よりも、上の存在なんだから。」


 「へーぇぇぇぇぇ……」



 そう、このサントラム学園は、大賢者ロルフが総長を務めている。

 そして、この学校の理念は、『全ての子供に学問と技術を。』そして、『全ての人種の子供を受け入れ、差別してはならない』


 お師匠を全員を引き連れて、理事長室のドアを勢いよく開け放って中に入った。



 「こ、これは、総長殿、お越しになられるなら受付に一言仰っていただけたら出迎え致しましたのに。」



 理事長は慌てて椅子から立ち上がり、お師匠を応接用のソファーに案内した。



 「して、今日はどの様なご用向でございましょう? その、後ろの彼等は一体……」


 「それを今から説明するから、ここへ今すぐ学園長も呼んでくれ。」


 「はっ、急いで呼んで来ます!」



 隣に控えている秘書に言いつければ良いものを、理事長は余程テンパったのか、自分で駆け足で出て行ってしまった。

 秘書はその間に、人数分の椅子を用意して、お茶とお菓子も出してくれた。

 この人有能。


 直ぐに理事長は、学園長を引き連れて戻って来た。



 「こ、これは総長殿ではありませんか、一体どの様なご用向でしょうか? 理事長が総長殿が怒り心頭で怒鳴り込んで来たと言っていたものですから、慌てました。」



 理事長も学園長も汗だくである。

 一体なんて伝えたんだこの人? 理事長は恰幅が良い割には意外と肝の小さな人みたいだ。

 対して、学園長は、慌てては居るものの、状況を冷静に見極めようとしている様だ。



 「用というのはのう、この子等の入学手続きを頼もうと思ってのう。この子等は、以前にこの学園に来たそうじゃが、その時門前払いされたと聞いて、そんなはずはないと、真偽を確かめようとやって来た訳じゃ。」


 「さ、左様で御座いましたか、きっと受付の者の手違いでしょう。では早速……」


 「お待ち下さい理事長、その子達はこの学園に入学する資格を有しておりません。」



 理事長の言葉を遮ったよこの学園長。

 どゆこと?



 「どういう事じゃ?」



 お師匠も理由が知りたいそうだぞ。



 「その子達は獣人で御座います。我が学園に入学する資格が御座いまっせん。」


 「そんな校則を決めた覚えはないぞ? それは学園長の判断なのかな?」


 「いいえ、総長である大賢者様の取り決めで御座います。」


 「はて……どういう事じゃ?」


 「この学園の理念、国家で言えば憲法に当たる部分に『全ての人種の子供を受け入れ、差別してはならない』とあります。」


 「その通りじゃぞ? だからこうして……」


 「全ての人種、です。亜人は人種ではありません。」


 「あ……」



 ああ、成る程、獣人等の亜人は、人の種ではなくて、別種族だ。

 人種と言った場合は、白人とか黒人とか黄人とか赤人とかの事を言うんだ。

 亜人は人以外の種族と見られている。

 この人、学園長は、文字に書いてある通りに忠実に理念を守っているだけなんだ。



 「お前は真面目馬鹿か!!」



 うわー、融通が効かねー、この人。

 私もちょっとイラッと来たぞ。

 あれ? でも変だぞ?



 「だとすると、亜人のエルフやドワーフやノームなんかも入学出来ない筈だけど?」


 「エルフ、ドワーフ、ノーム種は、王国法によって准人種と定められております。」



 ここまで聞いて、お師匠は真っ赤になって怒り出した。



 「そうじゃない! そういう事じゃないぞ! もう頭に来た、理念の文章を書き換える! それで良いじゃろ! 『全ての人種』ではなく、「全ての種族』とする。これで良いじゃろ!」



 好々爺然としたお師匠が急に大声を出して怒り出したので、その場の全員がびっくりして硬直してしまった。

 私もこんなに怒ったお師匠を見たのは初めてだよ。



 「はあ、すると、ゴブリンやオークの幼体も入学してくる事になりますが……」



 はは、凄いぞこの人。

 言わんとする事は解っている筈なのに、あくまでも文字に記された事のみを遵守している。



 「ひょっとして、あなたの前職は法律家とかですか?」


 「はい、よくお判りになられましたね。前職は王室法務の代理人を努めておりました。」



 お固いわけだよ、ちくしょー!


 そんなすったもんだの後、お師匠は王宮へ乗り込んで法律を書き換えさせると息巻いたのだけど、結局は校則に特記事項として『すべての人種(獣人を含む)』と書き加える事で落ち着いた。



 「これで、お前達の住む所と食事の心配はしなくても済む様になった。」


 「チョット待ってくれ、じいさ、いや、大賢者様。」


 「なんじゃ? まさか勉学が嫌だとか言わんじゃろうな?」


 「いや、それは凄くありがたいです。こんな俺達には勿体無いと思ってます。皆も不満は何一つありません。だけど、俺は今年15になったばかりで……」


 「「「「あ……」」」」



 そう、15歳は学園の卒業年齢で、成人年齢でも有る。

 私はそっと、学園長の顔を見てみると、軽く頷いているよ。

 もう、この人と押し問答するの嫌だなー。



 「特例として、なんとかならんかのぅ?」


 「なりませんね。成人年齢ならば、国の福祉の保護下から離れますし、逆に言えば、自分の意思で働く事も自由となります。」


 「大賢者様、俺、働くよ! 今更勉学っていうのもアレだし、早く働いて、卒業して来るこいつらを支えたい。」



 なんだなんだ? 急に良い奴補正入りましたよ。



 「俺、こんなだから、学も無いし、まともな所では働けねぇし、一度は諦めた腕もこの通り治して貰って五体満足ですから、幸い獣人は人間よりも体力はあるから、荷運びでも何でも力仕事をやって、金を貯めたいと思います。」



 そして、幼い子供達に向かって



 「お前達、俺達獣人はこの先も何かと差別されるかも知れねえが、ここに入れて貰えればお腹が空くことも、寒さに震えて眠る事もねえ、しかも、学問も剣術も魔法も教えて貰える。こんな幸運に感謝して、絶対に問題を起こすんじゃねーぞ!」


 「「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」」


 「兄貴、俺も今年14だし、一緒に働くよ。1年ばかし勉強した所で対して身に付かないと思うし。」


 「そうだな、じゃあお前は俺と一緒に仕事だ!」


 「あ、兄貴、俺もー……」


 「お前は、後2年有るからしっかり学んで来い!」



 13歳の少年は、学校にすごく興味があるけど、働いた方がいいのかなーとかなり揺れたみたい。

 結局、兄貴に背中を押されて勉学組に行く様だ。



 「学校入学組は、この10人でお願いします。」


 「よし、引き受けた。学校内では偏見や隠れた虐めもあるやもしれん、じゃがそんなつまらない事には負けずにしっかり学ぶんじゃぞ。」


 「イジメ等の嫌がらせは、直ぐに私に報告しなさい。校則に『差別してはならない』という項目がありますから。」



 学園長は、入学者人数を「ひい・ふう・みい……」と数えて



 「おや? 11人いらっしゃいますね?」


 「いえ、10人ですが?」


 「こちらのお嬢さんは?」



 私か!

 私が獣人に見えるのか?



 「私は、いいです。」



 手を左右に振って拒否した。



 「お嬢さん、お歳は?」


 「12だけど?」


 「それはいけません、後3年はみっちり学んで、やがて立派な王国民として国に貢献しなくては。」


 「いや、私はこのお師匠の直弟子だからー。」


 「大賢者様からは、魔法意外の基礎学問から教えてもらっていますか? そうではないでしょう? ならばここで、きちんと読み書きから一般教養、そして高等技術等までをみっちりと……くどくど」


 「お師匠助けて!」



 この学園長、対立したらこの上なくウザいけど、身内に抱え込んだらとことん面倒見の良い人なんだ。

 流石にうちのお師匠が、学園長に据えただけの事はあるね。



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