第3話 異世界の知識

 私達二人は、再び山側に在る荒れ地にやって来た。5日前に私が倒れたあの場所です。

 魔物の出る深い森を突っ切ってその奥の山の麓なので、誰も来ないし、危険な魔法をぶっ放すのに具合が良いの。


 見渡す限りの荒れ地で、所々地面から岩が生えています。

 土地も痩せていて、時々草が生えている程度。何よりそこら中岩だらけなので、とてもじゃないけど農業には向きません。

 あと、平地じゃないので、この土地を何かに利用しようとしても、火力演習場以外にちょっと思いつかないかな。

 最も、剣と魔法の世界の戦争では演習場にすらならないと思うけどね。


 今私達が立っている所から斜面に成っていて、100ヤルト位先から45度位の崖になっている。

 その先の一番下に水が流れているのが見える。

 左側に岩肌の山の斜面が見えていて、正面には向こう側の山の斜面が連なっている。

 そうだな、スイスのアルプスとかの山岳地帯を画像検索してもらえるとイメージしやすいかも。

 あれの草が殆ど生えていない感じ。


 左手の岩肌の斜面に、点の様に何かの動物が居るのが見える。

 距離にして700ヤルト位かな。ヤルトという単位は、大体1メートル位です。

 1メートルよりほんのちょっと短い気もするけど、比べられないので、ていうか、比べる方法が無いよね? 大体その位という事でお願いします。


 このソピアの目はかなり良いです。

 日本人の京介からは考えられないくらい良く見える。

 測定するすべは無いけれど、4.0とかそれ以上有るんじゃないかな。

 アフリカのサバンナに住んでいる民族とか、ヨーロッパの方の山岳民族なんかはすごく目が良いらしいけど、やっぱり近眼ていうのは文明病なんだろうな。


 斜面に点の様に見えたのは、ロックドラゴンという動物だ。

 ドラゴンと言っても、所謂いわゆるファンタジー的なあのドラゴンじゃない。巨大なイワトカゲなんだよね。

 コモドドラゴンって大きなトカゲが居るでしょ? あんな感じ。

 10ヤルト位の巨体で、岩石の様な肌をした魔物です。


 ……魔物なんだよねー、あれ。

 魔物と普通の動物との違いは、魔物は問答無用で人間に襲いかかってくる所。

 実際は、魔物と普通の動物を区別する様な、生物学的な違いというのは無いです。

 好戦的で人間に害のある、害獣や害虫の類を魔物と呼んでいるだけ。

 人間に何か恨みでもあるのかよと思う程、好戦的なんだよねコイツら。

 水上 京介的には、人間を殲滅するために異世界から送り込まれて来る生物兵器なんじゃないかと妄想してみる。




 ちな、余談だけど、昔お師匠達が倒したっていう『邪竜』なんだけど、あれも『邪』なんて勝手に付けたのは人間で、この世界的に本当に邪なのかと言われると、ちょっと怪しい。

 というのも、災害級とか、天変地異級に強力な生物なだけであって、それが偶々たまたま人間に対して超攻撃的ってだけの話だから。

 災害級とか、天災級の生物っていうのは、他にも存在します。

 ただ、その多くは人間なんて気にも留めていない場合が殆ど。

 それだけ強いと、多分人間なんか蟻ん子でも見る程度の認識にしかならないんだと思う。

 人間も特に刺激しなければ襲って来ないし、通り過ぎる間何処かに避難していればいいだけなんだよね。


 例えば、人間って、活火山の麓とか、水害の出る川の近くとか、地震の起こる島とかに何故か好き好んで住んでいるでしょ。

 人間には抗えない、強力な驚異の発生する地にだよ?

 だけど、実際に災害に遭うのは、百年から数百年に一度程度で、自分の生きている間には来ないかも知れない。

 割とおおらかな生き物なんだよね。

 個人の性格がおおらかっていうよりも、人間という種がおおらかというか、呑気なんだろうね。


 邪竜もただ単に、体全体から瘴気を吹き出していて、大地と大気を瞬く間に腐らせる、黒い大きな竜ってだけ。

 まあ、それだけでも人間にとってばかりかあらゆる動物にとっても迷惑極まりない存在なのは間違い無いのだけどね。

 だけどそれが、人間を目の敵にして襲ってくるっていうんだから厄介。

 人間は、自分達に向けられた悪意にはとことん抗うよね。

 だから、邪竜も討伐されてもしょうがないよね。

 驚異を排除出来るのなら、どんな犠牲を伴っても排除しにかかる。

 人間って凶暴。マジ凶暴。


 普通の動物だったら、絶対に勝てない相手には歯向かわない。普通は逃げる。

 だけど、人間は愛するものを守るためなら、自分の命を賭してでも戦うよ。

 99%勝てなくても、可能性が1%でも有るなら立ち向かうよ。

 単に、為政者にそういう性質を利用されているだけかもしれないけれど、他国と戦争はしょっちゅうしている。


 邪竜に関しては、もう、端から対立している生物だしね。

 戦いを挑むのに躊躇いなんて無いよね。

 今回勝てなくても、次は勝とうとする。


 人間って、脆弱な身体に凶暴な心を持った、歪な生物だ。

 邪竜を討伐して、邪竜以上の力を持った人間は、この先どうなってしまうのだろう?

 世界にとっては、邪竜以上の驚異なんじゃないの?

 人間怖い。超怖い。

 お師匠はそう思って根源魔導を封印したまま隠居を決め込んだのかも知れない。








 閑話休題


 あ、ほら、ロックドラゴン、こっちに気が付いたみたいだよ。

 ゆっくりこちらに向けて歩き出した。

 ロックドラゴンに一度ロックオンされるとね、間に山が在ろうが川が在ろうが、ずっと追いかけてくるんだよね。

 何日も掛けてね。

 山でコイツに狙われて、山二つ越えて隣の国の自宅まで逃げ帰って安心していたら、2月後に追いつかれて食べられちゃった、なんて話もあるよ。

 なんでも人間の生命力をニオイとして探知する器官があるらしい。

 そして、一度覚えたニオイは決して忘れないんだとか。

 あのロックドラゴンも、やっつけとかないとそのうち谷を越えて家までやって来るんだよ。

 はー、めんどくさい。


 ていうか、実はわざと見つかったんだけどね。

 魔法の練習のためにね。

 お師匠も私も、ロックドラゴン程度は片手間に狩れるんだ。

 お師匠なら、火炎で丸焼きに出来るし、氷漬けにだって出来る。

 私は、そういう魔法は使えないので、魔力でひょいと持ち上げて近くの岩にでも叩きつけてやれば、それでお終い。


 でも、今回はもうちょっと違う試みをしてみようと思って来たんだ。

 異世界の知識を得た今となっては、色々試してみたい事が山盛りで、ワクワクする。


 今日は家から錆びて折れた鋤の鉄の部分をモギって持ってきた。

 鋤って知ってる? 色々な形のがあるみたいだけど、家にあったのは、フォークみたいな4本刃のやつ。

 それの刃の部分を折り取ってきた。

 どうやったかって? 魔力で掴んでむしり取るんだよ。

 そうやって、大体、鉛筆位の太さと長さの鉄の棒が6本手に入った。


 私は火炎魔法や氷雪魔法みたいな事は出来ないので、魔力でこいつを投擲してぶつけてやろうかと考えているんだ。

 何でそこらへんに落ちている小石を使わないのかって? ロックドラゴンの体表面は岩と同程度の硬さなんだ。

 小石で岩は貫けないんじゃないのかなっていう、単純な印象。鉄なら行けるのかなーって思ったの。


 魔法には射程距離というものが有る。大体、200から300ヤルト位かな。

 どんなエネルギーでも、発生源から距離の自乗に反比例して減衰していくんだよ。

 火炎弾とか氷弾は、大体その位の距離までしか届かないの。300ヤルトとかなると、当てるのも難しくなってくるしね。

 これは魔力の到達距離以前に命中率の話。

 いかに魔法であろうと、小石を投げてまとに当てる程度には難しいよ。

 言っとくけど、自動補正なんて便利機能は無いからね。魔法を撃てば、自動的にまとに当たるなんて事は無いの。狙わないと当たらないの。

 だけど、筋肉での投擲と違って、目で見た所へは飛んで行くから、まあ、当て安いっちゃ当て安いんだけどね。


 それで、何か質量の有るものを魔力で撃ち出せば、それ以上の距離に到達出来るんじゃないかと考えたのさ。

 質量が有る分、重力に引かれて放物線を描くし、風にも影響されるとは思うんだけど、慣性が有るから魔力の到達距離を越えても飛んで行ってくれると思うんだ。

 手の届く距離にゴミ箱が無いけれど、投げれば入るでしょって感じ。



 早速やってみる。

 まとは今、距離にして約600ヤルト。

 鉄の棒の一つを魔力で掴み、前方100ヤルトの位置に大きなスリングショットが在るイメージをして、まとのロックドラゴンを目掛けて、見えないゴム紐引き絞るイメージ。

 眼の前に浮いている鋤の破片に張力がかかっているのを感じ、限界までテンションを上げて行く。



 「今だ!」


ドヒュン!!


 「……」

 「……」

 「……」


カーン……



 射出音から一拍遅れて金属音が聞こえた。



 「良い音がした。」



 けど外れた。


 ロックドラゴンの左側に在った岩に当たって、岩が欠けた音だ。

 鉄の棒も、縦にぐるぐる回転して飛んで行ったので、空気抵抗が大きそう。

 弓矢みたいに姿勢を安定させる羽が付いていないと、棒を放り投げた時みたいにぐるぐる回ってしまい、弾道が安定しない。




 余談だが、よく漫画で忍者がクナイを投げると、まっすぐ飛んで行く描写がされているけれど、あれは無いです。ぐるぐる回って飛んでいきます。

 上手い人は、当たる時に刃先が丁度、まとに向くように、距離感とかを上手く調節しているんです。

 ちなみに、忍者はクナイを投げないからね。あれは手裏剣じゃないから。

 別の道具だから。そもそも、あの形状の投擲武器を大量に持ち運ぶのは、嵩張るし重いでしょうに。

 最初に忍者がクナイを投げちゃう事にしたのはどこのどいつだと小一時間……あ、ウザいですかそうですか。

 失礼しました。








 閑話休題。


 鉄の棒にいっそ、羽を付けるか? いや、もう一つの方法がある。


 私は、もう1本の鉄の棒を取り出すと、魔力で掴んでドリルの様に回転させた。

 それを近場の岩に先端を斜めに押し当て、削ってゆく。

 削った鉛筆の様に尖らせた。


 それをドリル回転させたまま、さっきの要領で魔力のスリングショットで投擲する。



ドヒューン!!


 「……」

 「……」

 「……」



 今度は音が聞こえない。

 外れて土の部分にでも当たったのかな?

 と、思った時、ロックドラゴンは仰向けにひっくり返った。

 腰のポーチから小型の遠眼鏡を出して覗いてみると、見事に目の間の、人間で言うところの眉間のあたりに穴が開いていた



 「いやったーい!!」



 私はガッツポーズをした。



 「ほほう、およそ500ヤルトの距離のまとを撃ち抜くとは。」


 「威力はバリスタ並、射程距離はおよそ2倍以上だよ。」


 「それが、異世界の知識を応用したものなのか。」


 「応用って程の事でも無いんだけど、運動力学とかジャイロ効果ってやつ。」



 「実に興味深い」



 どっかの天才物理学者みたいな事を言いだしたぞ、このじいさんは。



 「だけど、もっと威力を上げたいんだよねー。」


 「まだ威力が上がるというのか!」



 じじいは目を丸くしている。


 いつの間にかじじい呼ばわりだよ。俺やなやつ。目上を敬え。うっかり、教える側、教えられる側が逆転していたので調子こいてしまいました。反省。

 ちょっと口の悪い美少女孫娘って設定で許してもらおう。孫じゃないけどね。


 重力と放物線運動、慣性の法則と空気抵抗、安定翼の無い代わりにジャイロ効果による弾体の安定など。

 さあ、家に帰ってからお師匠と反省会と復習だ。




 「ところで、倒したロックドラゴン持って帰る?」


 「うむ、貴重な肉だしのう」



 こっちの世界では、目の前の食料を捨て置ける程、皆裕福ではないのだ。

 食べ物の有る無しは即命に直結する。食料は金より大事だからね。じゃないと、砂漠で札束を抱いたまま飢えて死ぬ、なんて間抜けな事になる。


 私達は谷を降りて沢を渡り、左手の斜面を登ってロックドラゴンの所までやって来た。

 直線距離なら500ヤルト程度なのに、一回谷を降りるとなるとその3倍は距離が伸びた。しかも急斜面を登らなければならない。


 「結構大きかったね」


 「頭から尻尾の先まで、ざっと12ヤルトといったとこかのぅ」


 「一旦谷川まで下ろして、解体してから必要な部分だけ持って帰ろうか」


 「これだけ傷の少ない完璧な状態なら、まるごと町に持っていけば高く売れるんじゃがのぅ……」



 などと適当な事雑談をしていたら、ロックドラゴンの前足がぴくっと動いた。



 「まずい! こやつ生きておるぞ! ブレスが来るぞ!」



 ロックドラゴンは、くるりと体と回転させて起きるとこちらへ向き、口を開いた。

 そうだ、忘れていた、コイツ死んだふりするんだった。

 私は背を向けていたので反応が遅れた。

 お師匠がいち早く気が付いて、アイスウォールの魔法で私を守ろうとする。



 「きゃーーーーー!!!」



 私は魔力でその開いた口を強制的に閉じさせると、魔力の手で頭を鷲掴みにしたまま振り回し、近くにあった大岩に力任せに叩きつけた。


ドゴーン!!


 ロックドラゴンは爆散した。



 「はぁはぁ……」


 「あーあ、貴重な肉が……」



 お師匠がっかり。

 私はびっくりして肩で息をしている。

 思わずきゃーって言っちゃったよ。男なのに、俺。


 ロックドラゴンは死んだふりをして油断を誘い、近づいてきた獲物にブレス攻撃を浴びせかける習性があるんだった。

 お師匠共々うっかりしていた。



 「まさか、眉間を撃ち抜かれてまで生きているとは思っても見んかったな。」



 今度からは十分気を付けよう。


 ブレスと言っても、本当に火炎を吐くわけではない。

 ロックドラゴンのブレスは、口の中にある通称火炎袋の中で2つの化学物質を反応させて、超高温の水蒸気を吹き付けるものだ。

 温度は300度程にもなり、毒性も有る。

 京介の世界に居る、ミイデラゴミムシと似たようなメカニズムだ。

 ロックドラゴンの場合は、その強力版で、木などの発火温度は優に越えているので、うっかり浴びると大やけどの上に服なども燃えてしまう。

 本当に火炎を吐かれているのと大差無い威力なのだ。

 まともにくらえば普通の動物は大体致命傷だよね。

 流石にドラゴンの名前は伊達じゃないね。



 私達は無傷だった尻尾と後足1本だけを回収して家に帰った。



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