第2話 前世の記憶

 さて、冒頭の「あれ?!」に戻るのだけど、なんだか私、記憶が混乱しているみたいなんです。

 さっきから、『トラック』とか『プレハブ小屋』とか『宅配便』とかの謎の単語が頭の中に浮かぶ。



 「記憶が混濁しているというか、誰か他人の知識が流れ込んで来ていると言うか……もしかして、他人の記憶を覗き見る『他心通』の魔法に目覚めてしまったとかかな!?」


 「う~む……ワシの考えを読み取る事は出来るかな?」



 お師匠にそう言われて私は、お師匠の顔をじーーっと見つめて考えを読み取ろうと頑張った。



 「あ、今私の事を可愛いなと思ったでしょう? ワシもあと20年若ければとか?」


 「思っとらんわ!」


 「えっ? 私可愛くないの?」



 ショボーンとした顔をしてみせると、お師匠は面倒臭そうに



 「あーあーそうだな、可愛い愛弟子という事で納得しなさい。」


 「ぶー!」


 「ワシが思うに、おまえが時々会話に混ぜてくる不可解な単語は、この国の言葉では無いな」


 「じゃあ、外国人の頭と繋がったのかな? それとも、生まれ変わりとか転生というやつ?」



 私は、見えた限りの情報をお師匠に伝えることにした。

 大賢者ならきっとこの謎を解明してくれることだろう。




 「えっとね、まず、私の記憶にある私は男で、名前は『水上 京介 みずかみ きょうすけ』。

 『東京』という国? に住んでいて、100メートルを超える摩天楼や600メートル超えの塔まであった。あ、『メートル』というのは、その国の長さの単位で、大体私達の使っている単位で言うと、1ヤルト位。

 その国で、『大学生』という階級ににいます。それは、多分、最上位の学校の学徒です。専攻は魔法学ではなく、『サイエンス』という自然界の摂理を解き明かすための学問。多分、博物学みたいなものだと思う。『物理』とか『化学』とか『量子物理』とか言ってる。

 父と母とは離れて一人で暮らしている。『飛行機』という空を飛ぶ乗り物で『1時間半』という時間を掛けて飛んで行って、『自動車』という馬の無い馬車で『1時間』の所に実家はあるみたい……」



 お師匠は、若い頃この大陸のあらゆる国を旅して、見聞を広めたそうなのだけど、その様な国も乗り物も噂すら聞いた事が無いという事だった。


 私は、もっと思い出そうと意識を記憶の奥へ集中した。

 

 最初は朧気に覚えている位の感覚だった物が、今、思い出そうと努力した瞬間に、鮮明な映像と共に急激に知識が流れ込んで来た。


 今、両親の顔や、友だちの顔も鮮明に思い出せる。

 記憶が繋がったというよりも、重なったという感じだ。

 村で生まれた頃の少女の私の記憶とは別に、男の私の幼少期の記憶も蘇る。

 その記憶は他人の記憶を覗き見ているという感じではなく、紛れもない自分の記憶であると認識できる。



 「そうだ、私の住んでいた国は『日本』という国で、『東京』はその国の首都だ。人口は1200万人。こちらで言う国の単位の10倍以上の大きさがの都市が、日本国の首都だ。私は19歳の男性で、東京国立理化学工業大学の二年生だった。」


 「そして、彼女は居ない……」



 要らない情報まで思い出されてきた。

 これはどういう現象なのだろう?



 「1200万人の都市じゃと? その話がおまえの妄想では無いとしたら、まさにこの大陸、いや、この世界の物ではあり得無いだろう。何故なら、この大陸に在る国の十数倍もの規模の都市が存在したとして、だれも知らないはずはないのだからの。」



 私は更に深く思い出そうと試みる。

 2つの意識が完全に一つに重なっていくのが感じられる。


 体が内側から発光し始め、天と地をつなる光の柱と成って行く。

 その光の中でもう一人の自分の魂が、完全に私の魂と重なり融合して一つになって行く。




 「「私(俺)は……」」




 そこで私は意識を失った。








◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇








 目を覚ますと、そこには見慣れぬ天井があった。

 いや、この天井は知っている。

 お師匠の家の私の部屋だ。


 だけど、俺の住んでいた安アパートの天井ではない。

 一体、どれ位の時間、気を失っていたのだろう?

 外の明るさの薄暗い感じだと、夜明けの朝なのか、夕暮れ時なのか、判別が付かない。

 徹夜で課題をやっていて、仮眠して起きた時に似た感じがした。

 徹夜して、学校へ行く前にちょっと仮眠のつもりで目を閉じて起きたら、外が薄暗くて、朝かと思ったら夕方だった。

 学校さぼって一日中寝てしまったー、ぎゃー! って事。

 大学生あるあるだよね。


 俺(私)はベッドから起き上がり、そのままの格好で部屋を出る。

 窓の外を見ると、どんどん明るくなって来ている。

 朝だった! やったー!

 気を失ったのが朝の修練の時だから、丸1日寝ちゃったのかなー……


 廊下を歩いて炊事場の所まで行くと、一人の老人が朝食を用意していた。

 俺(私)の魔法のお師匠のロルフ師だ。

 背中まで伸びた白髪と、顔にはヤギの様に長い髭が生えている。

 指○物語とかハリー○ッターに出てきそうな、絵に描いたようなステレオタイプの魔法使いの爺さんだ。



 「お、目が覚めたか。体の調子はどうじゃ?」



 お師匠が何だか優しい。

 気持ち悪い。



 「人を人で無しみたいに言いおって。5日も眠っていたのじゃから、腹も空いておるじゃろう。」



 なんと! 1日どころか5日も寝ていましたか!


 道理でお腹が空いているわけだ。

 超絶お腹が空いた! はよ飯よこせ! 肉食わせろ! 早く食わせろ!!



 「胃が驚くといけないから、スープだけだぞ。」



 ちくしょー!!



 「食事の前に手と顔を洗って来い。」


 「あー、うん……」



 だよねー。

 外に出て、水瓶の水面に映った自分の顔を見る。

 肩までの長さのブロンドヘアーに紺色の目の北欧系の美少女がそこに居た。

 特に何の感慨も無く、あー今、女の子なんだ俺、と思っだ。

 女の子がどんな身支度をするのか知らないと思いきや、ちゃんと知っている。

 傍らに置いてある櫛が自分の物だという事も解っている。

 毎朝の習慣で自然に体が動く。

 不思議な感覚だ。

 水瓶から桶で水を汲み、うがいをして顔を洗って手を洗い、髪を整える。

 いつもやっている事だ。

 

 冷たい水で目を覚まして家へ入ると、既に食事の用意はされていた。

 

 私はスープだけだけどね。

 固形物が食べたい。




 食事が終わって一段落した後に、お師匠から説明を求められた。

 実際、あんな派手なエフェクトの後にぶっ倒れたら、何事かと聞きたくなるよねー。

 さて、何処から説明したものか……



 異世界の自分と魂が完全に同一化した事。

 異世界の(俺)がどうなっているのかは全く不明。

 さっき、というか、5日前に京介の記憶がアカシックレコードからダウンロードされてアップデートされた事。

 その為にこちらでのソピアの12年間分の人生の記憶と、異世界での京介の19年分の記憶が重複して存在している事。

 子供の頃の思い出が2つ有って、両親も2組居て、不思議な感じがする事。

 頭がはっきりしてくるに連れ、男の俺がいきなり美少女になっていて戸惑いが隠せない事。



 「美少女は言いすぎじゃろう。」


 「うるさい!」



 向こうの世界の俺がどうなっているのか、すごく気になる。

 俺としての最後の記憶は、大学に通う為に最寄り駅で降りて、テクテク歩いている所までだ。

 自分の知覚出来なかった何かの事故に遭って、死を自覚する間も無く瞬間的に死んでしまったのか、はたまた、次元の狭間に落ちて神隠し状態になっているのか。


 両親や友達はどう思っているのだろうとか、そうだ! パソコンの中身!!

 やっべー!

 もう向こうの世界に関われ無いのなら、向こうでどんな恥ずかしい事態に成ろうとも、どんな目で見られようとも関係無いといえば無いのだが……すごく葛藤があるなこれ。

 モヤモヤするー!!!



 一人ジタバタする俺(私)を何事かと眺めるお師匠の視線に気が付いて、なんとか平静を取り戻し、今の自分の状態と色々考えられる可能性をお師匠に相談することにした。



 もしかしたら記憶が相互に共有しただけで、向こうには向こうで少女の記憶を持った19歳の俺が居るのかも知れない。

 一瞬その可能性も在るのかもと考えたのだが、魂は同一であるのは感じる。

 これは多分間違い無い。

 感覚でわかる。

 だとすると、同じ魂が同時に2つ存在しなければならなくなるので、この可能性は、無いかな……。

 記憶とは魂に刻み込まれる物であり、魂は唯一無二のユニークな存在なはずだと考えられているから。

 だとしたら、12歳の私と向こうの19歳の俺が、同時に存在していた理由は?



 「おそらくじゃが、時間軸が違うのじゃろう。」



 つまり、お師匠によると、向こうの世界で19年間生きた京介は、こちらの世界から見ると過去の時間なのではないかという。

 そして、魂が次元を渡り、こちらの世界でソピアとして転生した。

 うん、一説によると、転生はは男女男と交互に生まれ変わるという説がある。

 人の記憶は、アカシックレコードへ保存されており、通常は前世の記憶は忘れ去られるものだけど、何らかの理由でその記憶がつい5日前にダウンロードされた。



 「つまり、異世界の記憶を持っているという事じゃな?」


 「う~~ん、仮説の域は出ないし、それを確かめる術は無いですよね~~~。」


 「うむ、無いな。だから、あれこれ考えても、どうしようも無い。お前は適当な、自分の納得できる理屈が欲しいだけじゃからな。」



 確かにお師匠の言う通りだ。

 自分が納得したいだけ。

 向こうの自分がどうなったのか、何でこんな事になったのか、何を考えても憶測でしか無いし、確認は出来ない。

 俺(私)は、こっちの世界に転生して、記憶が12年遅れて戻ってきた、ただそれだけなのだ。

 これからは、京介の記憶を持ったソピアとして、ずっと生きて行くしか無い。



 「しかし、人は前世の記憶等というものは通常持ち合わせてはおらぬ。稀に思い出しても、断片的な記憶でしかない場合が多い。ソピーの様に2重人格とも思える程鮮明に覚えている事例は聞いたことが無いな。まあ、普通は変人扱いされて終わりなんじゃが……」


 「お師匠は信じてくれるの?」


 「あの天地を繋ぐ光の柱を見なければ一笑に付したかもしれぬが……」



 何やら考え込んでいるぞ?



 「その異世界の知識とやらが本物なのか、少女特有の創作なのかは検証してみればすぐに判る事じゃ。」



 やべー、下手すると中二病の烙印を押されそう。

 悪魔の能力を封印した左手と邪気眼の話しは封印しておこう。




 さて、知識欲の化物であるお師匠が、年甲斐も無く少年の様にキラキラとした目でこっちを見ているよ。


 そりゃあ、文明の進んだ異世界の知識、そそるよね~~~。




 私は、向こうの生活と街の様子をお師匠に説明した。


 飛行機という空飛ぶ乗り物。

 自動車という馬の無い馬車。

 電車という大量輸送機関。

 テレビという遠隔地の音と映像を移す機械。

 インターネットという、世界中を繋ぐ情報網。

 スマートフォンという、遠隔地の人と情報をやり取りできる携帯デバイス。


 その絵を描いて見せて、お師匠に意見を求めた。



 「う~~む……見た事も聞いた事も無いのう……空飛ぶ乗り物は、魔導では無いのか?」


 「うん、向こうの世界には魔導というものが無くて、全部機械だよ。動力源は、地面から湧き出る油が主だね。」



 お師匠は私の描いた絵をじっと見つめながら



 「おまえ、絵が下手じゃのう。」


 「うるせーわ! くそじじい!!」


 「この飛行機とやらの絵のこの部分は鳥の様な翼かのう?」

 

 「そう、だけど、鳥の様に羽ばたくわけじゃないの。」



 鳥は羽ばたく事によって、前に進む力とと浮き上がる力を同時に生み出し、空中では方向転換も行うんだけど、飛行機は、翼は固定されていて、エンジンという動力で空気を後ろへ押しやって推進力を得ている。

 つまり、鳥とは違って、揚力と推力を分けて、別々の装置で力を発生させている。

 方向転換も後ろに付いている小さな翼で行っている。

 力の性質ごとに分解してそれぞれ別の装置により実現させて、一つに組み立て直している。


 異世界人は面白い事を考える。

 今私は、京介人格を異世界人、と思った。

 私思考の時はソピア、俺思考の時は京介が主体と成って考えている。

 結構フラフラした感じだ。

 もっと時間が経って記憶の融合が完全に成れば、この感覚も落ち着くのだろうか。



 「飛行機、自動車、電車、この3つを最初に説明したのは、それぞれ違った動力を持っているからなの。」



 飛行機は『ジェットエンジン』という、前から取り込んだ空気を後方へ爆発的に噴射させて推進力を得ている。

 強力なジェットエンジンは、音の速さの2倍もの速度を出すことも出来るの。



 「なんと、音の速さとな!?」



 そう、こっちの世界では音に速さがあるなどと考える人は居ない。

 大賢者のお師匠でなんとなく知っている程度なのだ。


 自動車は、『内燃機関』という熱機関で、回転する力を発生させている。

 その回転する力で車輪を回して進むわけ。

 この内燃機関は別名『エンジン』と言うのだけど、さっきも言った、地から湧き出る燃える油を精製したものを内部で燃やして、その爆発力を回転力に転換する装置。


 最後に、電車なんだけど、これも地を走る乗合馬車の大きな物みたいな感じなんだけど、自動車と違うのは、『モーター』という雷と同じものを動力源にして動く装置です。



 「ううむ、雷すら利用する文明とは……なんとも図り知れぬものじゃなぁ。」



 ちょっと誤解が有るけど、『電気』を知らない世界で『電気』『電流』を説明する難しさを感じた。

 まあ、雷みたいな物、という事でとりあえずお茶を濁そう。


 ただ、これらの物をこちらの世界で作るとなると、材料の生成から工作機械に至るまでの何段階もの技術的ハードルがあって、多分実現出来ない。


 よく、子供の頃に、今の知識を持ったまま過去に行ったら無双出来そうな妄想をした事があるけれど、ただの気の触れたガキと思われるだけだろうな。

 電池くらいは柑橘類で作れそうな気もするけど、電球もモーターも無ければ本当に電気が発生している事を他人に証明する事は出来ないし、何個も繋げて多少ビリビリさせてみた所で、だから何? ってなるのが落ちだ。


 平賀源内のエレキテルだって、ビリビリさせて遊んでいただけなんだぞ。

 簡単なモーター位は知識があれば作れそうな気もするけど、何メートルもの長さの導線が作れるか、強力な磁石をどうやって作るのか、モーターを作る以前の材料の部分からして技術的ハードルに阻まれてしまい、モーターを組み立てる所まで到達できない。

 知っているだけじゃ何も出来ないのだよ。



 あと、さっきから【私(俺)】【俺(私)】とか言ってるけど、こちらの世界じゃ一人称は一つしか無いので『私』で統一する事にします。

 面倒臭いし。

 日本位のもんだよね、一人称が十数種類もあるのって。

 それから、(私)ソピアの世界、(俺)京介の世界とか言うのが一々面倒臭いので、お師匠と私の居るこの世界を『こっち』、京介の居た世界を『あっち』または『地球』と呼ぶ事にします。




 剣と魔法世界と科学万能世界の両方の知識を融合して、いったい何が出来るかな?




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