剣と魔法とサイエンス

第1話 剣と魔法と科学

 少女が頭の上に光る円環を戴き、魔導では無い何かの力で山を消し飛ばし、大地を刳り、神の雷で辺り一面を焼き尽くす。

 人々は彼女を恐れ崇め、涙を流し、跪き、伏して祈る。


 なんじゃこりゃ!?

 これって私?




 …………


 ………


 ……




 「あれ?!」


 私は不意に訪れた奇妙な感覚に思わず声を出してしまった。

 今、ちらっと見えた映像は一体何だろう?




 私の名前はソピア。見習い魔導師で12歳。

 今、師匠の大賢者ロルフの元、魔導力の実技訓練の最中だった。

 炎の魔導、初歩の火焔球の生成に神経を集中している所だったのだが……



 「どうした、ソピーよ、魔法に集中しなさい。」


 師匠は私が急に声を上げたのを面倒臭そうに注意して来た。


 「あ、すみませんお師匠。今急に視界が霞んで見えたもので。」



 私はお師匠に謝って、もう一度集中を開始した。




 ロルフ師匠は、この大陸一の大魔導師で大賢者なのだ。

 若い頃に、数千年に一度生まれるという、世界を滅ぼすと云われる邪竜の討伐の為に、世界中を旅した事もあるんだって。

 そのあたりの話は、最早伝説と成っていて、旅の吟遊詩人の口伝の物語でしか聞いた事が無いので、結構盛られた話なんだろうけど、所謂勇者御一行というやつ? お師匠によると、当時は勇者とは呼ばれていなかったみたいだけど、そういう一団に所属して、一緒に邪竜と戦って見事討ち果たしたらしい。


 その一団に所属して居た剣士が、同じパーティーの治療師だった女性と結婚して、今の国王と王妃に成ったとか。

 そして、僧侶の男性は今の法皇で、商人は国一番の規模の商会の会長で、戦士の人は騎士爵を貰って広大な領地を受領したとか、他の人達も政界や財界や学会の大物の名前が並んでいる。


 みーーんな、大出世しているんだ。

 なのに、ロルフ師匠だけは、一人森の中で隠遁生活をしている変人なのだ。

 何故なのか質問した事があるのだけど、『面倒臭い』の一言だった。

 お金だけはたんまり溜め込んでいるのかと思いきや、全部孤児院とかに寄付しちゃったみたい。

 ちなみに、その孤児院は、今では幼稚舎から15歳卒業まで一貫無料の王国一の全寮制の学舎になってます。

 元々、お師匠は弟子を取る様な人ではないので、学舎は全部人任せ。時々経営が腐ってないか見に行く程度らしい。


 そんなんだから、今弟子は私一人しか居ない。世捨て人の様な生活をして、一人で魔導の研究だけをして暮らしていたんだ。


 家の周りには、家を見え難くする為の光学魔法と、もし見えても意識に留めない催眠場の二重の結界魔法が掛けられている。

 何でかって言うと、人嫌いと言う訳では無いのだけど、人が訪ねて来ると面倒臭いかららしい。

 人と関わって時間を費やしてしまう位なら、新しい知識を吸収したい人みたいだ。

 歳取って枯れるという事を知らないのかねー。

 そこが凡人とは違う所なんだろうけど。


 ちなみに、光学魔法は、光の屈折を利用してそこに在る物を見え難くくする魔法だ。

 なんでも、透明にするとか消すとかするわけじゃなくて、周囲の似た景色の映像を複写配置して対象物を覆い隠してしまうというものなんだって。

 光学的迷路っていうのかな、そんな感じ。

 この魔法の良い所は、エリア指定出来るので、家だけじゃなくて、その周囲の土地と中で生活している人間も纏めて覆い隠す事が出来てしまう点。

 だけど、音やニオイは漏れちゃうんだよねー。


 もう一つの催眠場の魔法は、例えば路傍の石ころとかみたいに、見えてても意識に残らせないというもの。

 そういう現象を大規模に展開出来るらしい。確かに視界には入っていた筈なのに、意識に残らないってやつ、あるでしょう? それ。

 特定の何かに意識が集中していると、その回りでとんでもない事が起こっていても気が付かないとか、徐々に視覚の一部が変化していても気が付きにくいとか、奇術師や脳科学者がよくやる手法に近い、アハ体験みたいなやつ。

 比較的簡単な部類の魔法らしいよ。


 音やニオイは漏れているので、感覚が鋭敏な野生動物とかは入ってくる事が偶にあるんだけど、催眠場の魔法によって目的の物を見つけられずに、あたりをウロウロしてから普通は出て行っちゃうんだって。


 では、私はどうやってこの場所を見つける事が出来たのかと言うと、さっきも言った音とニオイ、それと野生動物以上の野生の勘かな。


 私は山奥育ちだから、そういった勘は働くんだよね。

 人間が生活するなら、そんなにとんでもない環境の所に住んでいる訳が無い。

 平地が有って、水場が近くにあって、風の吹きさらしにならない場所。

 寒暖の差のそれ程激しくない様な場所。

 いくら魔法でなんとか出来るとは言っても、常時発動魔法をそんなに幾つも掛けてたら大変だもんね。それじゃ魔力がいくら有っても足りない。

 それに、町にはちょくちょく買い物に降りて来ていたらしいから、そんなに距離は離れていない筈。

 だから、私は大体あのあたりかなと見当は付けていたんだ。


 光学魔法? 意識に残らない催眠場? 私は一度見たものは写真の様に鮮明に記憶することが出来るんだ。

 ちょっとでも可笑しな景色の変化が来たら、速攻で看破するよ。アハ体験なんて100%見破ってみせます。

 あれ? 写真とかアハ体験とかって何だろう? 私の知らない単語だ。後はニオイと音を頼りに進むだけ。

 師匠だって人間なんだから、食事はするだろう。火も使うだろう。そうすれば、ニオイだって音だって出る。

 師匠みたいな森の奥で暮らす人は、規則正しい生活を心がけているだろうから、食事も規則正しく摂っているだろう。

 そう見当を付けて、食事時間を狙って来たら、ふふふ……ビンゴ!








 あの時師匠は、結界の中に人が入ったのは直ぐに感知していたらしい。

 本来なら迷いの樹海にでも踏み込んだみたいに方向感覚を失って、ぐるぐると彷徨った挙げ句に結界内から出ていく筈なのに、そうなっている筈なのに、なんとなく気になって炊事をしながら厨房の窓から外を見ていたら、ボロボロの薄汚れた服を着た、生気の失せた青白い顔をした田舎娘が、ボサボサの長い髪を振り乱して、見えていないはずの師匠の目をガン見しながら森の奥から一歩一歩一直線に歩いてくるのを見て、ちょっと恐怖を感じたらしい。

 そして、窓のすぐ外までやって来て、見えていない筈のお師匠の顔を睨みつけながら口から出た第一声が



 「おなかがすいた、何か食べさせて。」



 呆れたお師匠は、仕方無いので結界を解いて事情だけは聞く事にしてくれたんだって。

 最初見た時は森から死霊がやって来たと思ったらしい。


 お師匠、ご免なさい。あの時は3日も何も食べてなかったし、家を見つけられなかったら此処で死ぬかと思って必死だったんだ。

 その後はちょっと端折るけど、そこで私の魔法の素質を認められて、目出度く弟子入りする事が出来たという理由わけ

 まあ、結界を突破出来たのは魔法の素質じゃなくて、鋭敏な五感と洞察力の賜物なんだけどね。



 で、私の魔法の素質はというと、マナの量と魔力は相当なものらしい。

 お師匠が言うには、私の五感は魔力でブーストアップされていたらしい。

 あ、【マナ】とか【魔力】とかいうのは、フィジカルの方で言うと【スタミナ】と【筋力】みたいな感じかな。

 そして、その例えで言うと、【魔法】は【拳法】とか【剣術】みたいな感じ?


 【魔法】の威力は【魔力】の大きさに比例するし、使うと【マナ】を消費する。

 【拳法】の威力は【筋力】の大きさに比例し、使うと【スタミナ】を消費する。

 うん、我ながら上手い例えだ。


 魔法は技術なので、習熟すれば巧みに使いこなす事が出来るようになる。

 マナの量と魔力はある程度生まれつきの才能的な部分があるのだけど、魔法は器用さが関係するみたい。

 まあ、器用さも才能だと言われちゃうとアレなんだけどねー。


 小さい頃からそれは大人たちに言われていたのだけど、私は肝心の魔法がさっぱり覚えられなくて、言うならば、村一番の体力自慢で力持ちだけど、運動はからっきしみたいな? それの魔法版って感じ?



 「魔法で物を持ち上げるだけなら得意なのよねー……」



 魔力を集中して、目の前の地面に在る一抱え程の岩を何気なくひょいと持ち上げたつもりが、地中に埋まっていた百トン以上はあろうかという巨岩を引っこ抜いてしまった。



 「おまえ、なんちゅー馬鹿力じゃ!」



 師匠が目ん玉ひん剥いて尻もちをついて言った。



 「そうかな? 私の居た村じゃこの位持ち上げられる人は居たと思うけど……お師匠だって出来るんじゃない?」


 「う……うむ」



 引っこ抜いた岩を傍らの地面に置くと、今度はお師匠がその岩を50センチ位の高さまで魔力で持ち上げてみせた。



 「だめじゃ、ここまでが限界じゃ。」



 ズシンと岩を地面に落とし、肩で息をしている。



 「年寄りにはきついわい。」


 「ほら、この位の小さな岩なら持ち上げられる人はいっぱいいるよ。村では畑を開墾するのに、伐採した木を持ち運んだり、切り株を引っこ抜いたりしてた人居たもん。私も子供の頃からそれを手伝ってたし。私、村では割と力自慢だったのよね。」


 (これが小さな岩じゃと? こやつ、ただ地面に置いた岩を持ち上げるだけと、殆どが地中に埋まっている岩を引き抜くのとでは、数倍の力が必要だという事を解っておらぬのか?)



 --実際、百トンの岩と言っても、外で見るとそれ程の大きさには見えないかも知れない。

 岩の比重は、およそ2.6から2.8程度だ。軽石と鉄鉱石でも相当重さが違うとは思うけど、平均して大体その位と言われている。

 その比重で計算すると、八畳一間のプレハブ小屋とか、4トントラック程度の大きさだ。

 4トン車と言えば、住宅街の路地に入って来られるサイズの小さめのトラックで、宅配便の小さいトラックを想像すれば大体イメージ出来るだろうか。

 それが全部岩だと仮定すると、大体百トン位になる。

 広場にぽつんとそれが置いてあったら、意外と小さいなと思う人も居るかも知れない。

 ソピアが小さな岩と言ったのは、これよりも大きな岩を見慣れていただけなのかも。--



 岩を引っこ抜いた跡の深さ5~6メートルはありそうな穴に誰かが落ちたら危ないので、岩は元の場所に戻しておいた。

 百トンとかメートルとか、こっちの単位じゃないけど、面倒臭いのでこのまま行くね。


 私、魔力が馬鹿力なだけで、火を出したり水を出したりする、所謂魔法らしきものが全く使えないのよね。

 まして、師匠の様な光学とか催眠だとかいう小難しい魔法は、全然出来る気さえしませんよ。

 なにその玉乗りしながらハーモニカ吹いてジャグリングするみたいな変態器用さ。


 でも、そんな私でも有能な師匠に付いて修行したらまっとうな魔法の使える魔導師になれるのかもと思い、どうせ習うなら世界一の大賢者にして大魔導師のロルフ・ツヴァイクにしようと勝手に決めて、生まれ育った村を飛び出し、国中を探し回り、噂を頼りに目撃証言を当たり、やっとこの【ヴァイスの森】へ辿り着いたというわけ。



 あとは前述の通り。

 野生の勘を発動して、突貫よ。

 といっても、7日間森の中を彷徨ったんだけどね。


 よく、おとぎ話では、伝説の魔法使いが人の立ち入れぬ険しい岩山の断崖絶壁の上とか、空に浮かぶ島の上とか、溶岩の吹き出す火山の火口の中とか、極寒の雪山の頂上に建つ氷のお城とかに棲んでたりするけど、現実は全然そんなの無いからね。

 いかに人見知りな大魔導師といえど人間なんだから、厳しい環境にあえて住むわけ無いよね。

 そこそこ快適な環境でのんびり過ごすはずでしょ。

 魔法で人が来ないような何かの細工をしてね。まあ、私の推理は見事当たったわけですけどね。えへん!


 ……実際は後一日彷徨ったら命が危なかったですけど。


 ま、お師匠が普通に親切な人で良かったわー。

 ごはん食べさせてくれたし、襲いかかってこなかったし。


 後にロルフ師談によると「小汚かったし、とんでもなく臭かったし、あのまま追い出したら絶対に野垂れ死ぬと思った」そうだ。

 道端で真っ黒に汚れた子猫が必死に助けを求めて縋り付いてきたら、とりあえず助けるだろ? と。

 私、そんなでしたか……そうですか。


 で、必死にお願いして弟子にしてもらいました。

 弟子にしてくれなきゃこのくっさい体で抱き付くぞと、丁寧にお願いしたら、絶叫しながら部屋中逃げ回った挙げ句、部屋の隅で快く弟子入りを認めてくれました。ホントーに親切なお師匠でよかったー。

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