1-61 零課
確保と言っても手錠を持ってくるのを忘れた夏音と圭人は青鷲で銃を突きつけ、擬似的に拘束するしかない。
比嘉は痛めた左肘を気にして動かすが、折れていなかった。
渡利は武装を解かれ、兜から降りて背中に銃を突きつけられている。
完全な拘束とは言えない。ここから二人の甘さが垣間見れられたが、それでも今の二人にとっては上出来だった。
あとは新島のヘリを待つだけ。
すぐに屋上に着くはずだと圭人は言った。
「まさか、夏音に捕まるとはな。全く考えてなかったよ」
この状況でも比嘉にはまだ余裕が見えた。
夏音は褒められてえっへんと胸を張ったが、すぐにこれから比嘉に待ち受ける事を想像して暗くなる。
それを見て比嘉は笑った。
「相変わらずだな。・・・・・・安心するよ」
「・・・・・・あさくん・・・・・・」
寂しそうな顔をしながらも、夏音はどうにかしてあげようと本気で思っていた。
新島に言えば、いや、権力者の息子である板見に頼めば刑が軽くなるかもしれない。
そう考えて夏音は新島を待っていた。
「後どれくらいですか?」と圭人が新島に連絡する。
新島のヘリからは既にビルが大きく見えていた。
新島は渡利、比嘉両名確保の連絡を受け、褒めてやろうと喜んでいた。
「もうすぐだ。絶対に逃がすなよ。逃げそうなら足を撃ち抜け。それでも動くなら肩を撃って押さえつけろ」
新島は16歳と15歳の子供にそう命令した。
夏音は顔をしかめて圭人を見て、圭人は呆れながら返事をした。
「了解・・・・・・。でもやりたくないんで急いでください」
連絡を切ると窓の外にヘリが見えた。
新島の言っていた通りすぐだと分かると圭人は比嘉に聞き残した事を尋ねる。
「・・・・・・どうやってエターナルドグマに入ったの?」
先ほどからずっと気になっていた事だった。これが嘘ならその先の信憑性が一気に失せる。
「入り口から堂々とだよ。AIの目には俺達が見えないからな」
そう答える比嘉の背中に圭人は銃を押しつけた。
「有り得ない。許可なしに進入したら射殺される。あそこは軍と政治と司法が守る場所だ」
「・・・・・・だからだよ。その三竦みがそもそもの瑕疵だ」
「どういう意味?」
「・・・・・・少しは自分で考えろ」
比嘉は不適な笑みを浮かべる。
しかし圭人にはその言葉の意味が理解できなかった。
次に夏音が渡利に聞いた。
「・・・・・・あなたは、一体何がしたかったんですか? サリンはただの水だったし、本当にただAIが嫌いなだけでこんな事をしたんですか?」
渡利は誰も殺していない。
傷つけこそしたが、渡利が手を下した死人はゼロだ。
比嘉が殺した人達も、本来は殺さずに組み伏せるつもりだった。
そして渡利にはその力があると夏音は知っていた。
渡利は眼前に広がる青空を見上げながら口を開いた。
「・・・・・・俺は、俺の目的さえ果たせればAIなんてどうでもいい。そもそも問題は常に人にある。AIはただの道具に過ぎない。優秀すぎるが故に人はそれを忘れてしまうだけだ」
「でもあなたは過激派の人達を煽動しました」
「彼らは思考しないからな。自分に都合の良い言葉だけを選んで聞き、それ以外は捨ててきた奴らだ。目的が同じなら簡単に動かせる。それも全て子供の頃からAIが使用者の為に選抜した情報だけを得てきたからだ。自分の目の前に置かれる物に、なんの疑問も抱かない彼らは、俺にとっては敵と同じだ」
渡利は空を見つめていた。そこにはまだ小さなヘリコプターが飛んでいる。それを目を細めてじっと見ていた。
圭人が聞いた。
「・・・・・・あなたはネパールで人道支援をやっていた。それが今はテロリストだ。一体何を見たんですか?」
圭人の声を聞き、渡利は一度その方向を向いた。そして再び空を見つめる。
「君はネットやサーバーなどの情報世界を五感で感じられるんだったな。世界に五人以下しかいないと言われるフルダイバーの才能を持った少年。普通、ヴァーチャルリアリティーに長く接しすぎると脳が現実と非現実を区別できなくなり、戻って来られないが、君は何時間、何日間でもネットの海に潜っていられる。俺も才能はある方だったが、一日が限界だった。だが、それでよかった今は思える」
「質問に答えてください」
「そのままだよ。君の知りたい情報がいつも電子化されてるとは限らない。俺が派遣された村のデータは国連にもNGOにも日本政府にも記録されていない。そもそも高度なIT技術などなく、まだ紙と鉛筆で暮らしていた村だ。代表者が記録しなければそのまま歴史の闇に葬られる運命だった」
渡利は更に上を見た。まるで空の上を覗こうとするみたいだった。
「五〇人にも満たない村だったが、確かにそこにあった。だけど、その村は死んだ」
「・・・・・・死んだ?」
圭人は分からず繰り返した。先ほどからデータベースをあたっているが、どれもヒットしなかった。
「歴史と政治に殺された。そして彼らは居なかった事にされたんだ。元から存在しない人達。生まれながらの霊だ。人に尊厳があると言うなら、これほどそれを踏みにじる行為はないだろう。しかし、世界には知らされずに彼らは見捨てられた。正確に言えば、見えていたのに目視出来ない存在に書き換えられたんだ」
「・・・・・・どういう意味ですか?」
夏音が疑問符を浮かべるが、渡利はその質問に対しては答えなかった。
「だけど彼らはもう生き返らない。霊は帰るべき肉体を持たないからだ。それでも彼らの為に少しでもしてあげられることと、これから彼らのような人達を少しでも減したかった。俺は神を信じない。運命もだ。それでも、あの夏・・・・・・。あれはいないはずの神が俺の運命を決定づけた出来事だと思っている」
渡利の言葉がふわふわと浮き出した様に夏音は思えた。まるで壊れかけたラジオから音が流れている様だった。
「彼らを手に入れた時、俺は誰かに感謝する気持ちを抑えきれなかった。再び帰ってきた時も彼らは待っていた。だから、これが俺の運命で、生きる道だと心の底から思えた」
遠くに飛んでいたはずのヘリが大きくなっていた。既に目をこらせば迷彩の模様もはっきりと見える。
「俺は、今ここで死ぬために生まれてきたんだ」
夏音と圭人は渡利が言っている意味が分からず互いに顔を見合わせた。
二人とも早く新島が来て欲しいと思って空を見た。そこには一機のヘリが見えた。
「新島さん! 早く来て下さい!」
圭人は気味が悪かった。亡霊と会話しているみたいだった。
新島はすぐ返答する。
「おいおい。何言ってる? もう屋上に着いたぞ?」
「・・・・・・・・・・・・え?」
それならあのヘリは?
圭人がそう聞こうとした時、ヘリの側面で何かが動いた気がした。
青鷲に備え付けれた好感度センサーはそれが陸上自衛隊の無人ヘリに搭載された空対地ミサイルだとすぐに判別した。
躊躇いもなく、ミサイルが四人の居る部屋へと打ち込まれる。
圭人が操る青鷲は今でき得る最高速度で窓際へ移動し、背を向け、夏音とその近くに居た比嘉の盾となった。
プログラミングされたわけではない。本能的な自己犠牲だった。
ミサイルが着弾する少し前に渡利が比嘉へ一言だけ言った。
「あとは頼んだ」
爆炎と爆風で部屋は満たされ、渡利の体は炎に呑まれていった。
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