1-59 零課

 夏音と圭人が構えると、比嘉はふーっと長めに息を吐いて、腰に手を当て、やれやれと首を振った。寂しそうだが、完全な予想外という顔ではない。

「・・・・・・まったく、嫌になるね。こっちは全部を差しだそうって言うのに、真一君はそれを言葉だけで覆そうっていうんだからさ。情けないったらない」

 敗北感を覚える比嘉だが、それでも気持ちは変わらなかった。

 この世で唯一無二の人をそう簡単に諦められるわけがない。

 比嘉は右手をぐっと握った。

「不本意だけど、力尽くでいこう。心配だからな」

 比嘉が動こうとする前に圭人が操る青鷲が動いた。

「姉さんは渡さない――――」

 しかし、青鷲の強化炭素の右腕を、同じ素材のより太い腕が掴んだ。

 人型有人兵器Yー03改。通称兜は掃除ロボの土台部分に収納されていた。それを状況を素早く読んだ渡利が起動させていた。

「何なんですかっ!? あなたはっ!?」

「・・・・・・君ならすぐに分かるだろう」

 殴りかかる渡利の右拳を避け、圭人は胴にタックル。

 そのまま押して隣の壁を突き破った。圭人がこのままここで戦えば夏音が危ないと判断した結果だった。

 部屋には夏音と比嘉だけが残された。初めて二人きりになる。

 しかし、夏音からは戦う意思が発せられていた。

「・・・・・・何とかするから。だから、お願いだから大人しくして」

 懇願にも似た台詞だったが、比嘉は苦笑する。

「自衛官を殺してどうにかなるわけがないだろ。今の日本じゃ俺は間違いなく死刑か無期だ。少年法も何ももう関係ない。俺自身がそうしたんだ。・・・・・・お前を連れて行く為に。もう後戻りはできない」

 比嘉はそう言ってほんの少し姿勢を低くした。

 それが闘いの始まりを告げていた。

 二人が本気で戦うのは初めてだった。

 と言っても比嘉の本気は夏音を傷つけないように勝つ為の本気だが。

 沖縄空手の道場でも、リハビリ施設でも、夏音は比嘉に勝った事がない。

 比嘉は夏音の左腕と左足を狙っていた。義手と義足。

 ここならダメージを与えても修復が可能だ。壊しても、同等の物を手に入れるルートを比嘉は持っていた。

 比嘉は言った。

「ちょっと痛くても我慢しろよ。後で謝るからさ」

 右上段回し蹴り。

 早くて重いその一撃を夏音は両腕でなんとか防いだ。

 攻撃されて頭で理解する。

 比嘉は本気だ。本気で夏音を連れて行こうとしている。

 しかし、新島は夏音に確保しろと言った。なら、夏音がやることは一つだった。

「あたし、強くなったんだよ。あさくんがいない間に」

「へえ。でもそれは、俺も一緒だよ!」

 中段突き。

 しかし、夏音はそれを避けた。避けると同時に夏音の蹴りが比嘉の膝を捉えた。

 比嘉は驚いた。前のままなら、こうはなっていない。避けられても、反撃は食らっていないはずの間合い、タイミングだった。

 夏音は力を抜いて軽くジャンプを繰り返す。

「あたし、真一君にも勝った事あるんだから」

「・・・・・・まじかよ」

 比嘉の額に汗が流れた。自分が勝ったことがない。大人になるまで体術では勝てるとも思わなかった新島が、夏音に負けた。

 その一言は比嘉を本気にさせた。本気にならないと負けると思わせた。

 夏音は誰にも聞こえない様な小声で「・・・・・・インフルエンザの時だけど」と補足する。

 夏音は新島から教えられている事を実行した。

『待つな。相手より先に動け』

 まず生身である左半身を削る。

 夏音は踏み込んで右のローキックを放つ。

 比嘉はそれを足を上げて回避した。そして上げた足で踏み込む。右の前蹴り。

 防御姿勢が整いきってない夏音は腕を交差してなんとかガードした。しかし押されて後ろに二歩後退する。

 比嘉はその距離を詰めるようにして逆ワンツーを素早く放つ。

 夏音は右を肩で受け、左を手ではたき落とした。

「やるじゃん」と比嘉は笑った。

「馬鹿にして!」

 再び夏音は蹴りを放つ。力の無い夏音が少しでもそれを補おうとして磨いた足技だ。

 左のローキック。比嘉は先ほどと同じように足を上げて避けようとする。しかし、放たれた蹴りは軌道を変えて比嘉の頭部を捉えた。

 ブラジリアンキック。

「ちっ」と舌打ちする比嘉。

 片目を閉じながら夏音の足を捕まえようとするが、間に合わない。

 夏音の蹴りは前より遙かに早く、重く、強くなっていた。

 しかも比嘉には傷つけずに連れ帰るというハンデがある。戦略を立てようと距離を取るが、夏音はそれを許さない。

 夏音は先に動く。右足で踏み込み、左上段回し蹴り。

 比嘉はそれを右腕でガード。それと同時に左正拳突き。

 しかし生身である左腕を伸ばしきる前に比嘉は直感で折られると感じた。

 それは正しかった。

 夏音は左足を上げたまま、スウェーバックで拳を避けると同時に比嘉の腕を掴み、更に足も使って絡め取る。

 二人が習った空手の技ではない。

 それは比嘉が去ったあとに教わった柔道、サンボ、プロレスの技。

 飛びつき腕ひしぎ逆十字固め。

 それが見事に決まった。

 二人共床に落ちる。

 比嘉は動けない。動けば腕が折れると理解しているから。

 確保成功。

『お前は力がない分グラウンドは不利だ。掴んだら躊躇無く折れ』

 夏音は新島にそう教えられている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る