1-58 零課
新島の声が部屋に響いた。
「カノンっ! 何やってるんだ! お前はお前の仕事をしろっ!」
その声を聞いて夏音と圭人は目が覚めたように意識がはっきりとした。
まるで神経の反射みたいに、気持ちが正される。
乱暴な声だった。しかし、その声には確かな愛情があった。
その温度を夏音は心で感じていた。
自然に目が開き、耳から手が離れ、声が出た。
「真一君っ!」
「仕事中に名前を呼ぶな馬鹿!」
零課のアイスを持っているメンバーの行動は全て新島のアイスで把握できる。
新島は比嘉の話を全て聞いていた。
いつもはそんな無粋なことはしないが今はそんなことも言ってられない。
「渡利、比嘉両名を確保。今はそれだけを考えろ。お前らは何の為にその服を着てるんだ!?」
新島の声に生気が戻る夏音だが、圭人は少し違った。
比嘉の言葉が真実なら、圭人の存在は非常にあやふやなものになってしまう。
圭人はいつも自分を疑ってきた。それは自分を信じる為の疑惑だ。
自分が自分を疑う事自体が、自分の存在証明になる。だから圭人は疑った。
しかし、比嘉が言う事実はそれすらも壊そうとする。ぐらついた心はそう簡単に立て直せない。
そんな圭人に新島は言った。
「圭人。疑え。疑って良いんだ。そう簡単に物事を信じるな。俺も、誰も、自分自身も、自分が信じられると確信するまで疑い続けろ。お前の疑問を晴らせる奴はお前しかいない。だから疑え。・・・・・・ただし、あんまり姉貴を心配させるな。いいな?」
新島は疑う事を肯定した。
この世は疑問だらけだ。疑うなと言う方が無茶なのだ。
圭人は考えた。しかしここで簡単に答えが出るわけがなかった。
AIすら答えの保留を示した。
だから今は心が向く方向に顔を向けた。
自分がAIならこれも合理性に沿った行動なのだろう。
しかし、何故だかそんな気はしなかった。0と1で構築された世界で、圭人はそれ以外の勘や感情や精神や心といったあやふやなものに自分を託した。
少し気が楽になった。
「・・・・・・・・・・・・分かりました。・・・・・・でも、後で色々話して貰いますから・・・・・・」
「いいけど、あんまり期待するなよ。大人だってただの人だ。特に俺はしがない公務員だからな」
自分の境遇を嘆くのは、何も夏音達だけじゃない。新島もまた、無力な一人だ。
「分かったら動け!」
「はい!」
夏音と圭人の返事が聞こえた時、新島は警視庁のヘリに乗り込んだ。
ヘリには既に矢頼と吉沢が乗っていた。
「急げ! うちのガキ共が頑張ってるんだ! 間に合わなかったらぶち殺すぞ!」
新島がそう怒鳴ると、ヘリは上空へと上がり始めた。
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