1-41 零課

 翌日。

 大戦で分裂した二つの中国の代表が日本に降り立った。

 それぞれが日本の国会で演説を予定しており、空港から国会までの道は異例の警戒態勢がしかれている。

 周りを警察車両が囲む中、一課が待機するバスに零課のメンバーは集まっていた。

 商業バスは中を改造されており、スクリーンや機材が運ばれ、本部機能を担っている。

 そこで神崎に会った臼田は青ざめていた。包帯が巻かれた神崎の手を優しく触る。

「だ、大丈夫なんですか・・・・・・?」

「大丈夫よ。火傷くらい、今の医療じゃすぐに治るわ」

 神崎は平静さを理解させる為、自分の手を撫でる臼田をなるべく好きにさせた。

 だが、臼田は数日前の聴取を思い出し、腹を立てていた。

「あの女・・・・・・、よくも先輩の綺麗な手に・・・・・・」

「褒めてくれてありがと。でも上村は悪くないわ。この世で起きる悪い事の発端はいつも男よ。ねえ?」

 神崎は冗談っぽく笑い、近くに居たジンに訊く。

 ジンは肩をすくめた。

「ちげえねえ」

 神崎を肯定するジンを見て、夏音は新島を見上げて尋ねる。

「そうなんですか?」

「・・・・・・悪い大人の会話に耳を貸すな」

 新島は夏音の耳を手で塞いだ。

 夏音はくすぐったそうに頭を振る。

 今回の作戦は一課に零課が加わるという形で行われる。

 だが、指揮権は互いのリーダーが持つ為、実質的にはいつもと変わらない。その理由を新島は言わないが、夏音がいるからだった。

 新島の親心が少しでも安全にと考え、人の多い一課に頼んだのだ。

「確認する」

 新島が言った。

「今回はツーマンセルでの行動を原則とする。俺と板見。ジンと圭人。矢頼と吉沢。臼田は一課の神崎と組んでもらう。くれぐれも」新島は神崎と見つめ合う臼田の方を向く。「私情で作戦に支障を出さないようにしろ」

「あの、あたしは? 呼ばれてないですけど」

 夏音は手を上げた。

「お前はここで待機だ。何かあったらすぐに動けるよにしろ。危ないから外殻は外すな。暑くても重くても我慢しろ」

「ええ~。むれちゃうよ~」

 夏音はむうっと口を尖らす。

 新島は腕を組んで夏音を睨み付けた。

「それくらい我慢しろ。何があるか分からないんだぞ。花柄付けてやっただろ?」

「そうだけど、小さいしワンポイントだし」

 そこへゴホンと咳払いをして、四十代くらいの男が新島の隣に立った。

 一課の真田だ。背が高く、がたいもよかった。短い髪に強面の顔。防弾チョッキを着て、腰には零課同様ハンドガンが備えられている。

 強面の真田を見て、夏音は静かになった。

 真田は自己紹介をした。

「一課の真田だ。今回は作戦の性質上、人が多すぎても足りないくらいなので零課と合同となった。よろしく頼む」

 真田はスクリーンに映し出された3D地図を指差した。

「俺達が配置されるのは国会周辺の電車網だ。道路は封鎖され、車での移動がほぼ不可能な上、徒歩の場合も周辺に設置された防犯カメラ及び監視ボットが辺りを睨んでいる。警戒すべきは唯一動いている電車と、規制線ギリギリで行われるデモ隊だ。反戦、反中国、反共産主義など、今回は複数の団体がかなりの人数で行うらしい。規制線を二重にして人間とAI内蔵のセンサーによる持ち物検査が行われるが、油断はできない。一方で彼らがテロリストに狙われる可能性もあると一課のAIは言っている。だが、俺達の見立ては違う」

「ああ」新島が頷く。「物がサリンだからだ。渡利は俺に歴史を作ると言った。そして今日この日にサリンでテロをするなら、地上でなく、地下鉄に撒く。これは日本人なら誰もが思うだろう」

 次に神崎がスクリーンにデータを映した。

「今日が近づくにつれて、サリンがネットで検索される頻度が三十倍以上増えたわ。捜査官から漏れた痕跡はまだ見つかってないから、流すとしたら持ってる方でしょうね。意図的かどうかは分からないけど、渡利はデノクシー襲撃の際もネットのヴァーチャルチャットで知り合った活動家を先導している。見知った仲間じゃないので、信頼関係は薄いでしょう。バカが一人いれば、そこから情報が漏れるわ」

 また真田が話し出す。

「サリンがというワードが一般人の耳に届けば、その瞬間にドグマゼロの規制は破れるだろうゼロ自身が予測している。現政権は言論の自由問題に敏感だ。おそらくネットからワード自体を削除するといった強硬策は使えない。各人気をつけるように。くれぐれも人混みでは特定のワードを喋るな。民間仕様のクラウンアイと言え、今のアイスは高性能だ。一瞬で広がるだろう」

 その後に作戦内容が説明された。国会周辺の七駅及び、その周辺駅の警備にあたる。

 敵の想定は前回と同じ十人前後、最大で三十人。

 敵装備は駅に入る前の簡易赤外線センサーがある為、アサルトライフルなどの重装備は想定しにくい。監視カメラから不審人物を目視、またはAIによる検査で探し出し、そこから実行犯を割り出して確保する。

 富士見の事務所を洗った結果、千場が言っていたカプセルが判明した。

 ロシア、マトヴェイ社製の物で、元は持ち運びが出来るスプリンクラーのような使途で設計されていたが、これをテロリストが悪用。

 ロシア中心部、アメリカ東部、イタリア北部で毒ガステロが起きている。

 日本では規制されていて通常手に入らないこれは、セミオートでスイッチを押してから操作者の任意の時間後に起動する。

 つまり、中の毒薬を散布する為には使用者がスイッチを押し、安全な所まで離れるという動作時間が必要になるのだった。

「ここをつく」

 新島は金属の板を重ねた様な物を取り出した。上には取っ手がついている。

 先程のカプセルの上に近づけ、取っ手に付いていたボタンを二度押した。すると板は二つに分かれ、下部が開いて床に落ちた。二枚の板の間には透明なシートが蛇腹状に伸び、瞬時にカプセルを覆った。

 透明な出前箱を持ってるような格好だ。

「一チームに一つずつ、この密閉装置を渡しておく。カプセルを見付けたらこれで封印しろ。それとここを出る前にこのスプレーを全身に吹きかけてもらう。超撥水と薬剤が皮膚に染み込むのを防止するコーティング剤が入っている。もし制止してもカプセルのボタンを押すようなら容赦なく射殺しろ。肩や足は狙わなくて良い。撃っても動く可能性があるからな。周囲の安全を一番に動け。判断が遅れれば何百、何千の市民が死ぬぞ」

 射殺許可は一課にも出ている。だが、その言葉の重みは零課とは違った。

 真田の後ろで一課のメンバーが持つ空気が変わった。射殺を経験した事のある警官はこの国ではかなり限られる。

 零課でも臼田や吉沢、谷田、夏音はその経験がない。

 その後いくつか説明があり、毒薬センサーを渡された各員が持ち場についた。

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