1-40 渡利

 翌日、早朝。

 まだ日も昇っておらず、しかしうっすらと明るくなった時。

 渡利の眼前には活動家の男達が十人ほど立っていた。

 皆、使命に燃えた目をしている。皆左翼のはずだが一人は何故か日の丸の鉢巻きをしていた。

 彼らは皆リュックサックを足下に置いていた。色や形、メーカーは違うが、全員が持っている。

 その中には先程配られたラグビーボール大のカプセルが入っていた。カプセルの中には何らかの液体が揺れていた。

 男達の値踏みするような視線は、目を閉じる渡利に注がれる。

 渡利の傍らにも同様のリュックサックが置かれている。渡利は静かに目を開け、言葉を紡いだ。

「・・・・・・皆、それぞれに目的があるんだろう。そして、その為に行動しようとしている。この国は変わってしまった。今やAIが人の上位に存在し、人はその力を利用しようとして、逆に動かされている。何をするにもAIに判断を委ね、合理性という神話にすがりついている。今や人はその足で地を踏まず、その目で空を見ず、その頭で何も考えず、ただただ生きている屍だ。だが、俺は別にAIを頭ごなしに否定する気はない」

 渡利の言葉に男達は少し動揺し、互いを見合った。

 彼らが共通する思想は反AIのはずだ。

 渡利は続ける。

「問題は常に人だ。それを使う側の人間に問題があり、欠陥がある。人は死ぬ。だがAIは死なず、無限に世界を動かし続ける。そもそもが勝ち目がない闘いなんだ。だが、そうとも知らずに人はAIをコントロールしていると錯覚し、結果がこの様だ」

 渡利は自らの手のひらを見つめ、握った。そして強い意思の籠もった視線で前を見つめた。

「今日、俺達は日本を人の手に取り戻す。我々の作戦が完遂されれば、AIは完璧ではない証明となる。AI神話は崩れ、人々は再び自らの頭で考え始めるだろう。それが血の通った、より良い社会の一歩となる。我々は合理性というペテンを暴き、その醜き正体を白日の下に晒す。それができるのは、日本を取り戻すことができるのは俺達だけだ!」

 一瞬の静寂が起き、集まった男達は咆哮した。

「おおおおおおおおぉぉぉ!」

 拳を振り上げる男達を見て、渡利は足下のリュックサックを手に取った。

「革命の時は来た」

「応っ!」

 男達の声が寂れた工場内に響いた。

 それを確認すると比嘉は密かに別ルートで外に出て、近くで待っていた車に乗った。

 運転手の富士見は義手でハンドルを持ちながら、震えて言った。

「て、てめえらは狂ってるぜ・・・・・・。警察と自衛隊に喧嘩売ったらどうなるかも分からねえのか?」

 国家が持つ武力が一体どれほどか。それが身を以て知っている富士見は恐れていた。国が本気になれば、犯罪者なんてそれこそ消炭にできる。

「いいからさ。あんたは黙って運転しろ」

 比嘉は前にある運転席を後ろから蹴った。この車は古くアナログなものだ。見つかったとしてもハックするコンピューターやAIが存在しない。アナログはこの時代で最強の盾だった。

 富士見は歯ぎしりしながら、エンジンを始動し、クラッチを離しながらアクセルを踏んだ。

 車は出てすぐに渡利が率いる男達とすれ違った。それを車の中で見ていた三人には彼らが死者の行進の様に思えた。

 すれ違う僅かな時、渡利の目線が車の後部座席に向いた。

 そこには比嘉の隣に座るもう一人の渡利が居た。

 二人の渡利は視線を交わし、それぞれの道を進んでいった。

 もう二度と会うことないと知りながら。

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