1-37 渡利
「本当に明日やるのか・・・・・・? お前ら自殺志願者かよ?」
薄暗い廃工場の中、穴の開いたトタン屋根から差す光に照らされた富士見は呆れていた。
渡利と比嘉は富士見を無視して会話を続ける。
「あれの手配は?」
「済んでる。明日に合わせてデモをやる予定だった過激派左翼団体に一定数持たせた。まあ、大事なのはあんただ。そこまで心配しないでもいい」
比嘉は渡利の肩を叩いた。渡利はその手に軽く目をやった。
「RAYは?」
「・・・・・・・・・・・・何度も言うけど、RAYは来ない。いや、来るが助けはしないと考えてくれ。彼らがするのは静かな革命だ。祭りには来ない」
比嘉はどこか遠くを見るような目をしてそう言った。
「・・・・・・それでもお前はRAYを信じるんだな?」
「信じるも何も、ここが警察にバレてないのが何よりの証拠だ。彼らにはAIの目が見えるんだよ」
富士見が呆れ気味に「何が目だ」と嫌みっぽく呟く。
だが比嘉に睨まれると怖ず怖ずと黙った。富士見の命は今、彼らが握っているのだ。
富士見は笑うが、事実、彼らは衛星写真に写っても、顔認証カメラに撮られても、何の影響も出ていない。
普通の犯罪者ならものの数分でお縄になっているはずだ。
彼らはまさに現代の透明人間になっていた。
AIには判別されない術をRAYは持っている。
その正体が分からないまま利益を享受している為、渡利には一抹の不安を感じていた。
見られているのに、見えていない。
自分の存在を否定された様な気分だった。
それは何よりも残酷な事だと知っていたが、皮肉にも今の渡利を支えていた。
「計画を再確認しておこう。ミスは許されない」
「分かったよ。案外心配性なんだな」
比嘉は頷いて紙の資料を取り出した。そこには計画段階と地図が描かれていた。
地図の中で毛細血管の様に広がるそれは、路線図だった。
「明日、国会周辺と首相官邸周辺は交通封鎖される。だが線路は別だ。狙うならここしかない。国会周辺を走ってる路線は五本だが、それに加えて新たに増設予定の地下鉄がある。それら全てを使って、左翼共には暴れて貰う。顔認証と簡易赤外線検査を騙せれば、騒ぎを起こすのはそう難しいものじゃない」
「・・・・・・そうか」
返事をする渡利はどこか寂しげな表情を浮かべる。それに比嘉は頷いた。
「そうだ。原始的な闘いは、それが好きな奴らにやらせておけばいい。俺達がやるのは本当の革命だ。・・・・・・まあ、あんたにはあまり関係ないのかもしれないけどさ」
微笑む比嘉に渡利は屋根に開いた穴を見た。そこには空が小さく切り取られている。
「・・・・・・お前達と同じだ。目指す所は根本的に変わらない。辿り着く場所は違っても、やることは破壊と、強奪だ。人はそれでようやく目を覚ます」
渡利の真っ直ぐな瞳に富士見はぞっとした。
純粋故に出来ることがある。
その行き着く先には破滅が待っている事を富士見は経験から感じ取った。だが、逃げ出せばそこで殺されるのは目に見えている。富士見は静かに逃亡のタイミングを待っていた。
比嘉は渡利を見て、どこか儚げな表情に変わった。
これからどうなるか、比嘉にはある程度予見できていたからだ。
だが、それを口に出すことはなかった。出したところで幾分の変化もあり得ないと思ったからだ。
そして、彼らは動き出した。
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