1-38 零課
零課のオフィスから少し離れたトレーニングルーム。
フロアの中で最も広く、天井の高いフィールドだ。
サイズ的にはフットサルのコートほど。高さを得るために床堀りしてある。
夏音は鼻の頭の汗を手の甲で拭った。Yシャツは汗で肌にくっついている。
夏音の右腕にはスリム化した外殻が付けられていた。厚さはほとんど無い。腕より少し大きなだけだ。
対面には改良したMCRー1、青鷲が立っていた。
こちらは打って変わって前回の闘いより厚みが増していた。装備はより攻撃性を持ち、対テロ兵器の枠を超えていた。
二人は組み手形式のフィッティングを行っていた。
どちらの装備も改良とシステムアップデートを繰り返し、その最終テストが夏音の授業が終わるのを待って行われていた。
夏音は足首の感触を確かめる様にその場で軽くジャンプした。力を抜いたアウトボクサーの様に両手をぶらんと下ろしている。
対する青鷲は模擬戦用のナイフを逆手で持っていた。こちらはどっしりと構えていた。
先に仕掛けたのは夏音だ。この組み手では全て先手を打っていた。
すり足のように床すれすれを音もなく進み、あっという間に間合いが詰まる。
蹴りの間合いになると、夏音は回し蹴りを放った。
圭人は左腕で受け、ガキンと高い金属音が鳴った。
圭人は夏音の足を払い、右手のナイフを振るう。
夏音は屈んで避けると同時に回転蹴り。
それを圭人は左手を折り曲げ受け止めた。
足首を捕まれた夏音は逆の足を地面から離す。圭人に持ってもらう形だ。右足首のモーターがぎゅるんと回り、左回し蹴りが青鷲の頭部にヒットする。
圭人の左手が一瞬緩み、その隙に夏音は脱出した。
一度後ろへ距離を取ろうとする夏音。
それを読んでいた圭人は踏み込んだ。
ここで攻守が逆転する。青鷲から左、右の打撃が素早く打たれる。
夏音は一つ目を避けるが、二つ目の右ストレートを避けきれず、両手でガードするとバランスが崩した。
圭人はそれを見逃さずに左の蹴り。
夏音はなんとかガードするが、そのまま真横に吹っ飛んだ。空中でバランスを悪くしながらも、辛うじて着地する。
夏音の足に搭載されたバランサーが発動し、体勢を整えるとすぐさま圭人へ向かい踏み込んだ。
迎え撃つ圭人が拳を放つ。
だが夏音はそれを避けながら進んだ。そして右拳をぎゅっと握りしめ、渾身の一撃を放った。
「もらいっ!」
当たる確信をした夏音。
しかしそこにあったはずの青鷲の頭部が突如消えて無くなった。
「ええっ!?」
驚く夏音の攻撃は不発に終わり、代わりに腹部にどしっと何かが当たった。
「ぐふっ・・・・・・」
夏音の腹に当たったのは可変した青鷲の頭部だった。
夏音の攻撃が当たる直前に変形し、今では大型バイクの形になっている。背中のホイールが前後に移動し、腕は胸の前で組まれ、エンジンガードになっていた。
夏音はL型に体を折り、交通事故に遭ったようになる。
それを見て圭人は嬉しそうに言った。
「あはは。また僕の勝ち~」
「ううぅ~・・・・・・。ずるいよぉ~・・・・・・」
腹痛をこらえながら涙目になる夏音を、圭人は腕を伸ばして掴み、そのままシートに乗せた。
二輪なのに自立しているのは高性能のバランサーとそれを操る高度AIのお陰だった。どんな場合でも倒れる事はない。
夏音は青鷲の上でごろんと寝転がる。
そして天井のLEDを見て、思い出すようにぽつりと呟いた。
「・・・・・・あさ君。何やってるのかな・・・・・・? 元気かな?」
「・・・・・・どうだろうね。でも、あの人は強いから。何か色々考えて、自由に生きてるんじゃない? 僕としては義手のメンテナンスが気になるけど」
二人は子供の頃からずっと一緒だった比嘉旭の事を思い浮かべていた。
いつも二人を引っ張って、色々な所へ遊びに出かけた。公園に行ったり、海に行ったり、琉球空手の道場へ通ったり。
三人はどこでも一緒だった。それはあの時もだ。
三人揃って体を失い、同じ場所でリハビリを受けた。
ある意味で幸運だったのだろう。最新技術で延命出来たし、両親を失ったというのに孤独もさほど感じなかった。
それでもあの時ほど姉弟と友人の差を感じた事はなかった。
血が繋がった家族がいるのといないのでは天と地ほどの隔たりがあった。
悲しいことはたくさんあった。
それでも夏音の記憶にあるのは楽しかった思い出ばかりだ。
「また、皆で泳ぎたいね」
汗を流す夏音。
圭人は近くのドアから人の姿で入って来て頷いた。
「・・・・・・うん。そうだね」
圭人はタオルを手渡し、夏音は笑って受け取った。
その二人の光景を新島達はオフィスのスクリーンで眺めていた。一様になんともやるせない表情だ。
ジンが机に座ってコーヒーを飲んでから新島に尋ねる。
「・・・・・・比嘉の件。どうする気だ?」
「・・・・・・どうするって?」新島は惚けた。
「捕まえたとして、保護するのか? それとも逮捕かって話だよ」
その質問に新島はう~んと体を伸ばしてから天井を見上げて考えた。
「・・・・・・俺が決められる事じゃない。そりゃあ、少しは口を挟む気だけどさ。憐れむならせめて誰よりも早く確保してやれ」
「冷たいねえ。まあ、そのつもりだけどよ。だがこれ以上大人に失望させてやるな。腕や足はどうにかなるが、心はそうはいかないからよ」
それを聞いて吉沢が少し驚き、意外そうに言う。
「へえ。さすがに子供には情があるんだな」
「・・・・・・お前は俺をなんだと思ってるんだ?」
「いやさ。俺にはたまにあんたら元自衛隊組がとんでもなく冷たい連中に思える時があるんだよ。いや、悪くは思わないでくれよ? 別に嫌ってるとかそういうんじゃない。でも、俺みたいな技術屋で妻子持ちの公務員とはその、・・・・・・な?」
吉沢は分かってくれよと手のひらを見せた。ジンは肩をすくめた。
「生きてきた世界が違うって? ・・・・・・まあ、そうかもな。だけどよ。俺達だって無くしてないもんはあるんだよ。それはあいつらも同じだ。腕を失おうが、目を失おうが、人を殺そうが。最後に残る物があるのさ。みんなそれにすがりながら生きてるんだ」
ジンの目を見て、吉沢は視線を下に向けた。
「・・・・・・悪かったよ。別に悪意はないさ」
少し落ち込んだ空気になる。すると新島が珍しく気を利かせた。
「まあ、比嘉の件は上に通しておくよ。板見の親父に言えば、多少は融通が利くだろ」
新島は板見の方を向いた。
板見は二枚目の顔を笑顔に変えて答える。
「うん。いいけど、俺からは言わないからね。会ったら絶対喧嘩になるし」
板見の父親は警察庁次長だった。階級的には上から二番目のエリートだ。いわゆるキャリア組のトップとも言える地位に立つお偉いさんである。
「・・・・・・どうしてもか?」新島が視線を向ける。
「どうしてもだね」
爽やかな笑顔を維持する板見に新島は溜息をついて、今後の推移を悲観した。
一方、スクリーンをじっと見ていた臼田は青鷲を見て関心していた。
「それにしても凄いですよね。あのロボット。バイクにもなるんですから」
それを聞き、男達はどこか嬉しそうに笑った。
「まるでバルキリーだよな」新島が言う。
「懐かしいね。学生の頃見たよ。なんだっけ? 一緒に歌おうみたいな?」板見が尋ねる。
「違うよ。俺の歌を聴けだろ」吉沢が答える。
「出撃してすぐ死ぬ奴だっけ?」ジンは詳しくなかった。
男達の会話を臼田はあまり興味がなさそうに聞いていた。
ふと、珍しく鼻歌を歌う矢頼を見つけ、臼田は尋ねた。
「何の曲ですか?」
「ただの流行歌さ」
矢頼は懐かしむように答えた。
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