1-23 零課

 夏音のカリキュラムにタップダンスがある。

 本人曰く部活である。

 元はリハビリの一環だったが、今は義手、義足のフィッティングも兼ねて踊っている。

 机を部屋の端っこに寄せて、夏音は部屋の中心に立った。

 靴と靴下を脱ぐと白銀の足首が二つ見えた。

 壁のスクリーンは白黒のモノトーンに変わり、夏音の陰がいくつも映し出される。

 パンパンと二つ手拍子をして、お気に入りの和風ポップス曲に合わせていく。

 和太鼓の軽快な音が四拍子で鳴り出す。それに合わせ夏音の足も床を叩いた。次第に三味線、尺八、和琴と音が重なっていく。

 合わせて夏音は目にも止まらぬ速さでリズムを刻むと綺麗な音がタタタタンと鳴る。

 手拍子も合わせ、音が煌めいていく中で夏音は踊った。

 腕を振ったり、回ったり。それに陰がついてくる。一人でやっているとは思えない。スクリーンにも真っ黒な輪郭が夏音の動きをトレースして映っていた。

 汗が流れ、息も早まってくる。それでも音楽は止まらない。

 五分経ち、ラストに向かってどんどん音が大きくなり、重なっていく。ピアノや洋弦楽器も加わる。

 夏音の足もそれになんとかついていき、最後に全ての音が鳴ると同時に夏音も床を踏んだ。

 白黒のスクリーンが元の真っ白に戻り、夏音はぺたんとお尻をついた。

「・・・・・・疲れた~」

「お疲れ様。新しい足首はどう?」

 谷岡の声が天井から聞こえてくる。夏音は足首をバタバタと動かした。

「ちょっと軽いです。言っても1グラムくらいですけど」

「そう。なら0.5グラム重くしましょう。でも軽いに越した事はないからね」

 谷岡はラボでコーヒーを飲みながらスクリーンに映った夏音にそう言った。裏返ったキーボードに修正値を打ち込む。

 アナログのキーボードは昔から使い慣れていた。

 夏音はどかした机を中心に戻し、上に置いておいたタオルで汗を拭った。

 汗が一粒落ちて、床で弾けた。

 その時、夏音の目が見開かれた。

「・・・・・・あ、ああぁ・・・・・・・・・・・・っ!?」

 突如夏音はかすれた声を上げた。右手で左肩を押さえる。

 無いはずの左腕が声にならない程痛んだ。

 その様子をスクリーンで見ていた谷岡がすぐに立ち上がる。

「夏音ちゃん? 大丈夫? 大変・・・・・・」

 谷岡はすぐに薬を処方し、壁のホルダーに落ちてきた袋を持って夏音の居る部屋へと走った。

 夏音は膝をつき、そのまま左半身を上にして倒れた。体を丸め、歯を食いしばる。

 頭の中で痛いという単語がぐるぐると回った。

 腕が磨り潰される様な激痛。

 大の大人が発狂するほどの痛みが十六歳の少女を襲う。

 幻肢痛。

 いくら経験してもこの痛みに慣れる事はなかった。

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