1-22 渡利

 場末にある古いビルに渡利は居た。

 三階の一室。そこで闇医者をやっている老人に富士見の治療をして貰っている間、薄暗い廊下で渡利と比嘉が間を開けて隣に立っていた。

 渡利は紙コップに入ったコーヒーを飲み、比嘉は缶のサイダーを飲んでいる。

 どちらも古い自販機から出てきたものだったが、味は普通だった。

「そうか・・・・・・。夏音は元気だったか・・・・・・」

「ああ。見事な動きだった」

 比嘉は渡利から夏音の事を聞いて、ほっとした。

 渡利はコーヒーを少し飲んだ。

「RAYから何か連絡はあったか?」

「いや、彼らは行動者ではあるが傍観者だ。みながそれぞれの志を持って動いている。ただ、行き着く先が同じだけ。だから他人の行動に介入はしない。RAYはそれ自体が概念に近い」

 落ち着いた目で比嘉は缶を見つめた。中のサイダーが微かに動いている。

「名前も容姿も誰も知らない。なのに彼らは七人の革命者と呼ばれる。いつしか光を意味するRAYと呼ばれる様になったが、それでも彼らを見た者は誰もいない。まさに光だ」

「だが、その一人に君は出会った」

 渡利は紙カップをくるりと回した。コーヒーの色が微かに変わり、渡利はそれを飲んだ。

「そう。俺は彼に出会った。だけど姿を見たのは一度だけだ。彼が本当のRAYかは分からない。会話は全て古い回線を使っての電話。それもこちらからかける事はない」

「・・・・・・どんな男だった?」

 比嘉は上を向き、古いLEDの蛍光灯を見つめた。

「・・・・・・・・・・・・スーツを着た紳士だった。帽子を被っていたからはっきりと顔は分からなかったが、白い口髭が生えているのが見えたよ。老人だ」

 そこまで言って奥の部屋から富士見の叫び声が聞こえた。痛いだとか、もっと優しくしてくれと怒鳴っている。

 だが、そんな雑音誰も気にしなかった。闇医者もだ。比嘉は続けた。

「あんたは、思想家じゃない。思想家のふりをしたが、それはただの手段で目的じゃない。俺達もある意味でそうだ。同一の思想を持たない。だが、目的地は同じだ。彼もそうだった。俺に真実とやらを教えてくれた。その証拠も、その後に得た」

「・・・・・・思想家はその思想と理想に盲目的だ。だが、理想の実現には現実を直視する必要がある。時にその血を飲んででも進まなければならない」

「それを人は革命家と呼ぶんだろ。夢想家には出来ない事だ」

「・・・・・・・・・・・・今の時代に、はたして革命が必要だろうか?」

 沈黙。

 聞いた渡利はコーヒーを飲み、比嘉は上を向いたままだ。

 何か古い電子機器が動いていた。ぶおんという音はそれのファンが冷却の為に回っているからだった。

 それが何なのか。知る必要もないし、誰も知りたいと思わなかった。

 比嘉は大きく息を吐き、前を向いた。

「・・・・・・それが180度変わる様な、右か左か、民主主義か社会主義かのものなら答えはノーだ。そんな思想についてくるのは底なしの馬鹿だけだし、時代じゃない。だけど、誰も変わったのかすら分からないほど緩やかな革命なら、人はそれを事後に受け入れられるんじゃないのか? 気付いたら、変わってる。それは大勢の人間が体験してきた本物の変化だ。その本流を、俺は人の手に取り戻したいだけだよ」

 比嘉はそう言ってサイダーを飲み干し、右手で空き缶をゴミ箱へ投げ捨てた。缶が縦に入るだけの穴だったが、綺麗に入った。それを見て、渡利は言った。

「だが、君はまだ子供だ・・・・・・。あの少女と同じ、子供にすぎない」

「・・・・・・だからこそ、見える物がある。見たい未来がある。例えその景色を俺が見られなくても、夏音が見れたらそれでいい。・・・・・・それなら」

 比嘉は右の手の平を見つめ、握った。

「歳は関係ない。血にまみれるさ」

 手を開くと比嘉はあどけなく笑った。

「・・・・・・そうか。強いな」

 渡利はそう呟き、コーヒーを飲み干した。

 渡利も同じ気持ちだった。動機や手段は違えど、彼は真っ直ぐと自らの理想へ向いていた。

 その理想が叶う時を二人は場末のビルで静かに待った。

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