1-21 零課
「親父ぃ! 無事かあっ!? 生きてるかあ!?」
騒がしい声が新島の背後からうるさく聞こえた。
新島が振り向くと部屋の入り口が大きく開き、そこに背の高い男とその部下が立っていた。
「・・・・・・千場、何しに来やがった?」
西野は次々と来る無礼な輩にあきらかな苛立ちを見せた。
狐顔の男は両手を広げて、大袈裟に答えた。
「そりゃあないぜ兄貴ぃ。俺は富士見の兄貴んとこが襲われたって聞いて、親父に何かあるんじゃねえかと飛んできたってえのによぉ」
下卑た笑みを浮かべる千場。
家主の吉本は顔を向けた。
「千場・・・・・・。そこの兄ちゃんは富士見の事が知りたいらしい。お前、杯交わしてたろ」
「・・・・・・富士見の兄貴とですかい? ええ、兄貴にはよくしてもらってらあ」
うって変わってにこやかに笑う千場。だが、新島の顔を見て何かに気付くと歯ぎしりするほどの不快感を漂わせる。
「・・・・・・くせえ。こいつは酷い匂いだ。昔随分と嗅いだ匂いがその男からしますぜ。こりゃあ、サツの匂いだ。権力を笠にヤクザをたかるカラス共の匂いがそいつらから漂ってくる」
千場は二つに仕切られていた部屋の継ぎ目で止まった。
新島は吉本、西野、千場を視界に入れる為、半身になった。
「分かってるなら、黙ってたかられとけよ。それとも豚箱に戻りたいのか?」
「・・・・・・ぶち殺すぞ! 調子にのってんじゃねえよ! 親父ぃ! 悪いけどこいつに話す事は何もねえ! すぐに話す必要もなくなる! お望み通り引き裂いてやるよぉっ!」
喚く千場。
それを見たジンはゆっくり後ろに下がりながら、鞄の中に腕を入れた。中には軍用のアサルトライフルが入っている。ジンは安全装置を手探りで外した。
目配せで確認した新島はインカムから入って来た情報にニヤリと笑い、吉本に話し始めた。
「吉本さん。面白い話をしましょう。横須賀の米軍領内で大量のコカインが見つかった。荷下ろししていた業者を絞り上げると、ある組の名前を教えてくれたそうです」
それを聞いて千場は目を見開いた。
「・・・・・・・・・・・・何の話だぁ?」
千場は歯ぎしりして新島を睨んだ。気にせず新島は続ける。
「幻塔組っていう組なんですが、どうやら事務所だけで実体がない。そこで事務所設立の為に名義を貸していた男に優しく聞くと、そこにいる千場の名前に辿り着いたんです。金の流れをさらに探ると、面白いことに関西のとある組に辿り着いたわけだ」
「戯言並べやがって・・・・・・」
憤る千場の表情が新島の言葉が真実かどうかを物語っていた。
話を聞いた西野は立ち上がり、日本刀を抜いた。
「千場あっ! てめえ! 恩も忘れて謀りやがったな!」
「兄貴ぃ・・・・・・。サツの言う事信じるんですかい? 全部そいつの妄想ですって」
千場が新島を指差す。新島はペン型アイスのスクリーンを広げて見せた。
「千場が関西獄門会の組長と会っている写真だ。生体データ付きのな」
「てめえ・・・・・・っ!」
「千場あっ!」
「うるせえよ。近所迷惑だろ。糞ヤクザ共」
怒号が交差する中、吉本がぽつりと呟いた。
「・・・・・・・・・・・・両腕だ」
「・・・・・・へい」
それに西野は頷き、千場は頭を抱えた。
「嘘でしょう!? なあ、親父ぃ! 俺は稼いだぜ? 誰よりも、そこの西野よりもだ! 馬鹿みたいな上納金を払って、うちの組をでかくした!」
「乗っ取るためだろ?」新島が苦笑する。
「うるせえっ! ゴミは黙ってろ! おかしいぜ! 俺が一生懸命稼いだってのに、その金で生きてきたあんたらに腕を落とされる? こんな道理がどこにあるんだ? ねえさ。どこにもありゃしねえ!」
千場はスーツの内ポケットから銃を抜いて、西野に向けた。その瞬間、ジンは鞄からアサルトライフルを取り出し、新島はズボンの後ろからハンドガンを抜いて千場に向けた。
「殺すなよ」新島が小声で言った。
「分かってるよ。でも口以外は動かねえようになるかもな」
ジンは頷き、小声で了解した。千場は大事な情報源だ。
しかし、そんな事は裏切られた西野には関係がない。
「てめえっ! 親に向かってチャカあ出すんかこらあっ!」
「うるせえ! 誰が親だ! 俺の親は事故で死んだ父ちゃんと母ちゃんだけだっ! どこの親がガキに何億も払わせるんだよぉ! 俺が稼いだ金をどう使おうと勝手じゃねえかっ!」
千場の意見にジンはニヤリと笑い、「まったくだ」と呟いた。
それが千場の神経を逆撫でする。
銃口がジンに向くが、それより早くジンは千場の頭を狙いをつけた。
「元はと言えばサツが余計な事を言うからだろぉ! ・・・・・・分かったぜ。お前ら俺を嵌めやがったな? 親父に嘘を吹き込んで、俺の金を盗み取ろうって腹だ。サツがやりそうな事だぜ!」
そう言いながら、千場は後ろに下がっていった。ジンが銃で撃ち合って勝てる相手でないことをすぐに察知したからだ。装備にも差がありすぎる。
「千場あ・・・・・・、てめえ、このまま五体満足で帰れると思っとんのか?」
西野は新島やジンを気にせず、前に出た。
その時は千場は既に仲間の居る部屋の出口まで戻っていた。千場はにたりと笑う。
「古いんだよ、西野ぉ。お前は極道映画の見過ぎでそっくりそのままなっちまったような人間だぁ。なら、結末は分かるよなあ!?」
千場は発砲した。弾は西野の横腹に当たる。西野はぐぅっと低く声を上げ、刀を畳に刺し、膝をついた。
西野が歪めた顔を上げると、千場の後ろにいた男達が懐から銃を取り出す。
「てめえ・・・・・・」
「いい加減分かれよっ!? 今の立場をよお! 兄貴、親父ぃ。払った金は返してもらうぜ!」
千場は西野の頭に狙いを定め、そして引き金を引く。
だが、千場の指が引ききるより前にその右手は外からの弾丸により打ち抜かれた。
「があっ・・・・・・ッ! 何だ!? どこから撃ちやがったっ!?」
千場は銃を落とし、すぐに庭の方を向いた。後ろの男達も撃った相手を探しに窓辺に寄った。
その男達の顔を一キロ先のビルの屋上から矢頼がディスプレイスコープ越しに見ていた。
対複数人仕様、三連バレルのスナイパーライフルはAIの補助により、同時に三人の狙撃が可能だ。
『敵二人を補足しました』
AIが男の声で告げると、スコープに内蔵されたディスプレイには真ん中以外に二つ赤い点が男の頭を追っていた。それと連動するようにバレルが二本、独立して動く。
「射殺許可を」
矢頼は新島に聞いた。
「構わん。千場以外は全員殺せ」
「・・・・・・了解」
そう言ってから一秒後、矢頼は引き金を引いた。同時に三人が額を撃たれて倒れる。そのすぐ後にAIは次の標準を捕まえる。
『補足しました』
その声には何も感情が籠もっていない。淡々とした、血の通っていない声だった。
千場にとっては悪夢でしかなかった。
連れてきた武闘派の部下があっという間に三人も殺され、足下で転がっている。
「どうなってやがる・・・・・・」
そう呟いた次の瞬間にも二人が撃たれ、死んだ。千場に冷や汗が流れる。
「畜生っ!」
そう叫び、銃も拾わず庭から離れる千場。
だが、正面の新島とジンはお構いなしだった。怯えて奥の部屋に逃げようとする千場の部下達。
新島がその一人を横から撃って射殺すると、残った二人はふすまを蹴り飛ばして奥の部屋へと逃げ込んだ。だが、そこにはアサルトライフルを構えたジンが待っている。
「じいちゃんによろしく頼むぜ」
そう言うとジンは素早く男達の体を穴だらけにした。
あっという間の出来事だった。場に一人生き残った千場が叫ぶ。
「この悪魔共めえ!」
汗を流す千場に、立ち上がった西野が刀を振りかぶって走り出した。
「千場あ! この腐れ外道がぁ!」
「ひいっ・・・・・・!」
千場は逃げようとしたが、足を絡ませその場で転んだ。反射的に腕を交差して身を守ろうとする。
西野はその腕ごと千場を真っ二つに切らんばかりの振りを見せた。
しかし刃は千場に届くこと無く、新島の右腕に止められた。切れたスーツから耐刃、対弾様のプロテクターが隠れ見える。
新島は銃を逆手に持って手首もカバーしていた。
「邪魔するなぁっ!」
「殺されちゃ仕事に支障が出るんでね」
憤慨する西野は力を込め、新島と押し合う。
それを好機と千場は胸からナイフを取り出した。
「死ねえっ!」
西野に襲いかかる千場。
だがその全てを矢頼はスコープ越しに見ていた。今度は左手を打たれ、千場は悶絶した。
それを確認して新島は西野の腹を左拳で殴った。
撃たれた箇所の近くを殴られ、西野は痛そうに後退する。その背中にジンのアサルトライフルの銃口が当たり、西野は観念した。
新島とジンはふーっと息をつく。
矢頼も遠くで疲れた目の間を押さえた。
千場が手を押さえて新島を睨んだ。
「ゴミがぁ・・・・・・」
新島は小さく嘆息して千場の膝を二発撃った。
「ぐあぁ・・・・・・・・・・・・」
「一々喋るな。聞いた事だけに答えろ。そしたら、あと少しは長生きできる」
そう言って新島は後ろで怒る西野と、何事もなかったかのように庭を眺める吉本を一瞥した。
ここで新島達が帰れば、間違いなく千場は殺される。
自分の事を考えると、千場には選択肢はなかった。それを理解すると千場はがくっと肩を落とした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます