1-20 零課

 新島が吉本の屋敷内に土足ですたすたと上がると、黒地に金と赤の龍が描かれたジャージを着た青年二人が怖い目で駆け寄ってきた。

「困ります。刑事さん」

 敬語だが、彼らの声には焦りと怒りが混じっている。

 だが、新島は相手にする気はない。後ろで鞄を肩にかけたジンが二人を見てニッと笑った。

「馬鹿な事は考えない方が良い。掃除の手間が増えるだけだぜ」

 青年達は一目で自分とジンとの戦力差を理解した。

 武器を携帯していない彼らに勝ち目は無かった。

 しかし、ここで止めないといけないのだ。少なくともその振りをしなけらば、彼らに恐ろしい罰が下ってしまう。

 今時珍しい木造一階建て。廊下はまっすぐに伸び、綺麗に掃除されていた。

 そこを黒いビジネスシューズとミリタリーブーツが汚していく。

 その後ろで青年二人は「困ります」「今はいません」などと言い続けた。

 廊下を歩いている途中、騒動に気付いた中年男がふすまを開けて出てきた。

 男は新島達を見て、怒り、叫んだ。

「誰だお前ら! 靴も脱げねえのかっ!」

 そう言った男はジンとすれ違う際に首根っこを掴まれ、ガラスを突き破り、左に見える静閑な池に投げ捨てられた。

 それを気にするでもなくジンは耳のインカムで通信を取った。

「おっさん。もうすぐ着くぜ」

「ああ、見えてるよ。男が一人、暑さに耐えかねて水浴びをやってる。羨ましい限りだ」

 矢頼が答えるとジンはにやっと笑った。

 通信を聞いてた新島は自分の家の廊下を歩く様に進んだ。

 逆L字型になった廊下を左に曲がると、そこにはふすまの前で正座している30代くらい男がいた。

「・・・・・・おい、誰だ?」

 スーツ姿の男が立ち上がろうとするのが、新島は男の頭を持って奥に押した。男はバランスを崩して、後ろに手をついた。

「警察だ。黙って座ってろ」

「ああ?」

 偉そうな新島に男の怒りが怒りの形相になる。

 だが、新島がズボンの後ろからハンドガンを出して男の額に押し当てると、それは恐れに変わった。

 それでも怯えていてはやっていけない仕事だ。男は面子を守る為、ジンの後方で様子を見ていた青年二人を怒鳴った。

「お前ら! 人払いもろくにできねえのか!?」

「いませんと言ったんです」「なのにその人達が」

「言い訳なら幼稚園児にも出来るんだよ!」

 そう喚く男を尻目に、新島はふすまを開けた。

 男は「あ」と油断した声を出した。

 その部屋の作りはこの屋敷でも別格だった。畳の張りも、掛け軸も、使われている木も、全てが高級で一種のオーラを纏っている。

 明かりはついていない。全て庭からの太陽光なのに明るかった。

 二十畳ほどの部屋が二つ繋がり、それを真ん中で仕切るふすまは開いていた。

 一番奥の部屋には白髪の老人が茶色い着物を着て座椅子に座っている。

 手には葉巻を持ち、小柄だが威圧感があった。

 九代目獅子川組会長、吉本佐太郎。

 彼が座る座椅子の前には大きく古い座卓が置かれている。

 老人から見て右側にはスーツ姿の50代の男が正座している。

 どこか神聖ささへ感じるその部屋だが、新島はそれが演出された空気だと知っており、土足で踏みにじった。

 それを見て、部屋の前の男が「おいっ!」と叫ぶが、新島達は気にしない。

 新島が机を挟んで会長の吉本と対峙した。

 吉本は黙って左手に見える日本庭園の優雅な景色を眺める。

 吉本の代わりに角刈りで目の細い男が口を開いた。

「・・・・・・何の用だ?」

 低い声、冷たい眼光。それは男がくぐってきた修羅場の数を新島に伝えた。

「獅子川組の吉本と荒木会の西野だな。お前らのとこの富士見って男について聞きたい事がある。まどろっこしい事は嫌いでね。直接来させてもらった」

 手帳を見せる新島。

 その足下を見て、西野は凄みのある声で言った。

「・・・・・・サツでも、礼儀ってもんがあるでしょう」

「麻薬や銃を売りさばく奴らの言う礼儀ってものの内容を是非聞きたいね」

 新島と西野の目が合った。どちらも正常な目をしていなかった。

 おおよそ普通の生活を送っていては到底出来ない眼光がぶつかる。

 互いに互いが闇の住人であると理解した。

 すると外にいる矢頼から無線で新島に連絡が入った。

「中に九人ほど入って行った。気をつけろ」

 それを聞いて新島は口を手で隠して小声で言った。

「臼田。そいつらの素性を洗い出せ」

「了解しました」オペレーターの臼田が答える。

 それから数秒間、部屋を沈黙が支配した。

 するとゆっくりと会長の吉本が口を開いた。

「富士見が・・・・・・、何かしましたか?」

 白髪の老人は真っ白な石が波一つ立てることなくならされ、真ん中に大きな灰色の岩が置かれた日本庭園を見ながら丁寧な口調で尋ねた。新島は答える。

「どうやら、過激派に武器を流してるみたいなんですよ。そこで事務所の家宅捜索をしたいと思ってるんです。ていうかしますけどね」

 新島は高圧的な敬語で話を続ける。

「それでどうやら裏がありそうなんで、それを探るのが我々の仕事なんですが。時間があまりないので協力してもらおうと話に来たんです。簡単に言うと、」

 新島は机に上に右足を乗せた。

「包み隠さず全部話せ」

 新島の無礼な行いにも吉本は外を見たまま動かない。

 その一方で部下の西野は机の下で手を動かしていた。隠した手には鞘に入った日本刀を持っている。

 だが動く気配を見せた所でジンが背後にいることに気付いた。ジンはニヤリと笑った。

「頭を働かせな。死体袋を二つも担ぐのは大変なんだぜ」

 西野がジンを睨む。ジンは歯を見せて笑うだけだ。

 緊迫する中、また吉本が口を開く。

「あんたら・・・・・・、堅気じゃないね」

 そう言って、吉本が大きな目で新島を見つめた。まるで人を鑑定する様な目だった。

「だったら?」

 新島も目を見開く。

 警察という仕事で見れば、零課は存在自体が認められていない部署だ。それは彼らに法から外れた自由が与えられているということ。堅気とは到底呼べなかった。

 また、吉本が口を開こうとした時だった。

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