1-18 零課

 獅子川組の本家は大きな日本庭園を構えた伝統的な日本家屋だった。

 その家を囲う高い塀の前に車が三台駐まっている。

 一台は警視庁の黒いセダン。

 あとの二台は新島の青いスポーツハッチバックと零課の白いワンボックスカーだ。

 新島がハッチバックから出ると、警視庁の中年刑事がやって来た。

「連絡は貰ってないぞ。どこの部署だ?」

「連絡はしてない。部署は説明が面倒なんで言わない。あとで国家公安委員会に連絡してあの車のナンバーを照合してくれ。そしたら少しは納得してくれるはずだ」

 新島の雑な説明に中年刑事は目を細めた。奥のワンボックスカーからはジンが何やら工具を持って用意している。

 ジンは用意した工具を担いで新島の元へやって来た。

「どっから入る? こそこそ塀を登るのか?」

「いや、入れてくれるかもしれないだろ。まずは聞いてみるさ」

「それが一番いいね。お互いの為にな」

 その会話聞いて中年刑事は慌てて新島の前に立ち塞がる。

「おいおい。昨日の事件を知らないのか? 組員が殺されたんだ。奴らは殺気立ってる。警察の話なんぞ聞く耳持つかよ」

「それはあっちの事情だ。俺達は俺達で仕事をしなきゃならない」

「仕事ぉ?」

「正義の味方はいつも忙しいんだ。さあ、どいてくれ」

 新島は半ば強引に男の横を通ると、閉まったシャッターの前までやって来てその横のチャイムを鳴らした。

 するとすぐに若い男がインターホンに出た。

「はい。何のご用でしょうか?」

 丁寧な応答はおよそ反社会的団体の親玉が中に居るとは思えないものだった。

「警察だ。組長の吉本佐太郎に話がある。さっさと開けてくれ」

 新島はあっけらかんとそう告げた。まるで友達の家にでも来たかのようだ。

 インターホンに出た男は少し沈黙した。何かの確認を取っている様な間だった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・すいませんが、今はおりません。失礼します」

 言葉は丁寧だったが、ガチャリと通話は切られた。

 新島は後ろに居るジンの方を向いた。

「・・・・・・だそうだ」

「シャイなんだろう。そういう相手には強引にでも会いに行った方が良い。そう死んだじいちゃんが言ってたよ」

「ならお前の亡きじいさんの言葉を尊重しよう」

 新島は不適な笑みを浮かべ、ジンも歯を見せた。

「優しいねえ。泣き顔で枕元に立つじいさんの姿が目に浮かぶぜ。ガキの時に死んで顔は覚えてねえから、本人かどうかは分からねえけどな」

 ジンは巨大な工具をその場で組み立てた。5工程ほどでそれは万力の様な形に変わる。

 ジンは二つ伸びた突起を閉まったシャッターの上部に当てた。それから突起の上についたボタンを押す。すると突起が勢いよくシャッターに突き刺さった。

 それを中年刑事と車から出てきた若手の刑事はぽかんとして見ていた。

 次にジンは真ん中のボタンを押した。すると突起の右端がもう片方の突起に向かい出した。

 みるみる内に突起と突起の間隔は狭まり、遂にはほとんどゼロになった。トラックが突っ込んでも大丈夫なように設計されたシャッターは蛇腹の様に折り曲がり、人が余裕で通れるスペースがぽっかりと開いた。

 新島はそこへ悠々と入り、後からジンも黒い鞄を担いで続いた。

「じゃまするぜえ」

 そう言ったジンが見えなくなると、顔を見合わせた刑事の内、中年の方が慌てて本庁に連絡する為、車へ戻る。

「四課の野上だっ! 至急応援を頼む! 全員に銃と防弾チョッキを装備させろっ!」

 その様子をワンボックスカーの運転席で矢頼が煙草を吹かしながら見ていた。それからよっこらせと重そうに黒い鞄を担いで、ドアを開けて外に出る。

 矢頼がどこかへ姿を消した。

 そのすぐあとに高級車が三台、乱暴な運転でやって来た。

 えらく早い応援だなと思った中年刑事は車種を確認してぴんときた。

 中から出てきたのは黒いスーツに柄の悪いネクタイをした背の高い、細い男だった。狐の様な面持ちだ。

 男は怪物が無理矢理こじ開けた様なシャッターを見て口をあんぐりと開けた。

「親父が殺されちまう・・・・・・」

 男の後ろから続々とスーツ姿の男達が車から出てきた。総勢八名。どれも堅気には見えない。

 リーダーの男は額に手を当て、歯ぎしりした。

 男の名は千場。獅子川組の若頭だ。

 中年刑事はすぐにここで銃撃戦が起こると察知した。

「どこの組だぁ、あん? 甲田かぁ? 州冷かぁ? それとも新興の青海かぁ? どこでも同じだ。親父の家をこうした奴らは、同じようにならなきゃならねえ。でねえと済ませられねえ」

 男の顔が殺気で歪んでいく。だが、慌てる様子もなく、千場はゆっくりと中に入っていった。

 言葉とは裏腹にまるで助ける気がない様に中年刑事には見えた。

 千場とその仲間達が中に消えると、ようやく遠くでサイレンの音が鳴り出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る