1-13 渡利

 都内某所の繁華街。

 その一角にあるバーの奥にはVIPにだけサービスする秘密の部屋がある。

 裸同然の下着を着けた美女三人が接待を行うのだ。

 だが、今は客ではなく、彼女達はそこのオーナーの隣に座っていた。

 高級ソファーがコの字型に置かれ、上側に50代くらいでグレーのスーツを着たオーナーの男が座り、その後ろに黒いスーツを着た男達が四人立っている。

 高そうなガラス机の上にはウイスキーの瓶とグラス、灰皿が置かれている。

 それを挟み、ソファーの下側、彼らの視線の先には男が一人座っていた。

「渡利さん」

 オーナーは隣の女に持った煙草へ火を付けさせて言った。

 渡利は無言でオーナーと、その周りをじっくりと見ていた。

 オーナーは煙草を吸って、煙を吐いた。そして不機嫌そうに言った。

「確かにうちとあんたはビジネスをした。古いマシンガンを十数丁。良い値段で買って貰った。それをあんたがどう使おうが知ったことじゃない。鴨を撃とうが犬を撃とうが好きにしたらいい。だけどだ。肩に火の粉を付けてうちの店に来られたら困るんだよ。分かるでしょう?」

 オーナーはありとあらゆる手で自分を演出していた。恐ろしく、近寄りがたく、危険な色を発し続ける。

 男の名は富士見。

 関東広域暴力団獅子川組の幹部をしている男だった。短い髪と指に付けた多くの指輪が威嚇している様に見えた。富士見はまた煙草を吸った。

「悪いがあんたと会うのはこれが最後だ。言ってたものは用意した。それを持って帰ってくれ」

 富士見がそう言うと後ろの男の一人がアタッシュケースを持って来て、渡利の足下に置いた。

 渡利はそれを無言で一瞥した。帰れと言われたが、それに従う気はなさそうだ。

 それを見て、後ろに並び立った男の一人が渡利を睨み付ける。

「さっさと帰れやっ! テロリストがっ!」

 そう怒鳴った瞬間、富士見は部下に机の上にあった灰皿を投げつけた。

 部下は額から血を流し、悶絶する。富士見はギロリと睨んだ。

「誰が喋っていいって言った? 黙って立ってろ」

 その様を渡利は黙って眺めていた。

 富士見は笑って振り返り、渡利に謝罪する。

「すいませんね。後で教育しときますから」

 富士見は不気味な笑みを浮かべた。

 渡利は富士見の指を見て口を開いた。

「・・・・・・・・・・・・高そうな指輪だ」

 それを聞いて富士見の表情が明るくなった。手の甲を渡利に向けて自慢する。

「でしょう? これはルビー。こっちはサファイア。エメラルド。ダイアに金。全部天然で、鑑定書もしっかりある。私は宝石に目がなくってね。カネと違って相場が安定しているのも良い。今は円もドルも揺れすぎてる。最後に人は物へと帰って来るんですよ。大戦で私はそれを学んだ。片手に5千万ずつある。毎日アレンジするんです」

「・・・・・・なら、両手で一億か」

「洒落てるでしょう?」

 富士見はにやりと笑い、それを見て渡利もうっすらと微笑んだ。

 しかしその裏に隠れた互いの殺気を周りの者達は感じ取っていた。女の一人は先程から手が震えている。

 渡利はウイスキーの入ったグラスを持ち、それを口へと運んだ。

 その時だった。立ち上がった富士見が懐からリボルバー式の銃を取り出し、渡利の額に押し当てた。

「話はもう結構だ。さあ、お帰り願います」

 笑顔でパイソンを突きつける富士見。だが、渡利は臆すること無くウイスキーの入ったグラスを揺らした。

「これを飲んだらすぐに出てくよ」

 そう言って渡利はウイスキーを舐めた。そしてグラスを少し乱暴に置いた。グラスの中の氷がカランと音を立て、部屋に響いた。

 それを見て富士見はもう一度言った。

「では」

 そう言って富士見が裏口を向いたとほぼ同時、表の店と繋がっているドアがゆっくりと開いた。誰も入れるなと言ったそこが開いたのを見て、富士見側の人間は誰もがそちらを向いた。

 ドアからは青年が入って来た。グレーのパーカーを着て、フードをかぶった青年だ。

「・・・・・・・・・・・・誰だ?」

 富士見がそう聞くより早く、青年はポケットから手を出した。手にはサイレンサー付きのグロッグが握られていた。

 誰もがそれを見て状況を理解した。

「てめえ! どこの組――――」

 そう叫んで銃を取り出した男の一人は言い切る前に胸を二発撃たれた。それを隙と見て富士見がリボルバーを青年に向けて、発砲した。

 そのはずだった。しかしするはずの発砲音が無い。

 富士見が不思議に思って銃を握った右手を見てみると、手首から下が無くなっていた。

「なっ――――」

 視認により発覚した痛みは燃えた様に凄まじかった。

 富士見の目線は机の上に落ちた、銃を握った自分の手と、渡利の腕から伸びる鋭い刀を捉える。

 渡利の手の甲から仕込み刀がすらっと伸び、刀身からは血が滴っている。

「畜生っ!」

 富士見は近くに居た女を盾にして、後退した。

 恐れて叫ぶ女の一人は青年に頭を打ち抜かれ、静かになった。それを見て男の一人がナイフを抜いて、青年に素早く襲いかかる。

 だが、ナイフの刃は青年の右拳で砕かれてしまう。驚く男の胸を銃弾が貫いた。

 あっという間の事だった。この部屋で立っているのは渡利と青年だけになった。

 ただ、富士見は生きていた。

 どくどくと血が流れる切られた右手首をもう片方の手で押さえ、部屋の角でうずくまっている。富士見は青年を睨んで叫んだ。

「てめえらっ! 俺を殺したら死ぬぞっ! うちに喧嘩売るって事は、関東の筋者全員を敵に回すって事だっ! 分かってんのかっ!?」

 富士見の脅しを青年は一笑した。

「それで? コンクリートに詰めて、東京湾に捨てるのか? それともバラバラにして処理プラントで燃やすのか? お前らがデカイ口を叩けるのはいつも殺す側だったからだ。殺される側になった時、あんたらは脆すぎる。よくて素人に毛が生えた程度だ。銃はな、撃って初めて意味があるんだよ。向けるだけのお前にはさ」

 青年は富士見の左肩を一発撃った。悲痛な唸り声が部屋に響く。

「おもちゃで充分だろ」

「ぐうぅ・・・・・・・・・・・・。な、何が目的だ・・・・・・?」

 痛みに顔を歪める富士見の顔を青年と渡利は平然と見ていた。

 辺りの死体にも関心がまるでない。彼らには血にも、死にも耐性があった。

 慣れきってやがる――。

 富士見は改めて恐怖を覚えた。汗が滝の様に流れた。

 その首元に渡利の冷たい刀が触れる。

「お前らの持っている密輸ルートを調べた。すると在米海軍から台湾ルートで中民に流す工作船の一つが見えてきた。お前らがアメリカの犬となってビジネスをしてるのは知ってる。明日、横須賀に来る積み荷。俺が欲しいのはそれだ」

 話を聞いて富士見は青ざめた。

「・・・・・・お、お前ら・・・・・・。この国で戦争を始めようってのか・・・・・・?」

 愕然とする富士見。

 だが、それを無視して渡利の壁に掛けられた一枚の絵を見た。

 風景画だ。森と池、青空でそれは構築されていた。

 それを見て渡利は呟いた。

「・・・・・・まだ・・・・・・終わってさえいない」

 渡利の目に迷いはなかった。

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