1-12 零課

 所轄の刑事は神崎と警察手帳を見て柔和な笑みを浮かべた。

 規制線を持ち上げ、神崎がそれをくぐって礼を言う。

 その後すぐに新島がそこを通ろうとするが、その刑事は神崎の方を向き、腕を下げた。

 その為新島は足止めされる様に勢いを失い、刑事の後ろ姿を睨んでから規制線をくぐった。

 爆破跡は凄まじいものだった。

 倉庫の屋根は吹き飛び、壁もほとんど残っていない。倉庫を支えていた鉄骨もその大部分が折れていたり、吹き飛んでいたり、溶けていたりした。

 この倉庫に一体何を保管していたのか。それさえも判別出来ないほど壊滅的だった。

 新島はそれを見て、肩を落とした。どうやら手掛かりは全て消し炭になっていそうだ。

 倉庫の瓦礫から何か少しでもヒントを得ようと努力している捜査官を見下ろす様に神崎は立っていた。

 その横に来た新島はポケットから電子煙草を取り出した。

「妙ね」神崎が呟く。

「何が?」

 新島は訊いてから煙草を口に咥えた。車内では吸うのを我慢していた。

「これだけの火薬があるなら、どうしてマリオネットにもっと仕込んでおかなかったの? あなたどころか、ビルごと吹き飛ばせるじゃない。渡利が憎んでいたのはこの倉庫じゃなくてAIを利用して急成長したデノクシーでしょ? なのにそこには少量で、こんな何の変哲もない倉庫はナパーム弾でも落とされたような有様よ。普通逆じゃないかしら?」

「それだけ見られたくないものをここに担ぎ入れたんだろ」

「それってなに?」

「学生時代の日記とか?」

 新島の冗談に神崎はつまらなさそうに首を横に振った。

 そこに一人のガタイの良い男が近づいて来た。背も高く、ぶ厚い体の上にポリスと英語で書かれた防弾チョッキを身につけている。頭には重そうなヘルメットをかぶり、銃身の短いアサルトライフルを持っていた。

「お前らどこの部署だ?」

 男は威圧的な声で二人に尋ねた。二人共男の方を見ずに答えた。

「公安一課よ」

「・・・・・・公安零課だ」

「零課?」

 男は新島の言ったことを繰り返す。聞いた事がないといった様子だ 。

 腑に落ちない男を見て神崎が尋ねる。

「NBCね。何か面白そうなものはあった?」

 NBCとは公安に所属する対テロ対応専門部隊だ。対生物兵器や対化学兵器を専門に訓練している。近くには彼らが乗って来たと思われる専用車両が駐まっていた。

「いや、今の所はない。ほとんど吹っ飛んじまった」

「見れば分かるさ」

 皮肉めいた言葉を並べる新島の顔を男はむっとした。その後、思い出した様な顔になった。

「・・・・・・あ、お前、海自のっ!? 今は公安でやってるのか?」

「公安っていうかね・・・・・・。まあ、居るのか居ないのか分からないような仕事だよ。警察や公安が出来ない事をやらされてる。あんたらが筋トレしてる間もな」

「ゼロってやつか・・・・・・。なら首を突っ込まない方が良さそうだ」

「そうしてくれると助かるよ」

 新島はそう言って煙草をふかした。自分すらよく分かっていない組織を説明するのほど無駄な努力はない。

 何か親しげになった男二人を煙たそうな顔で神崎は見ていた。

「防犯カメラの映像は残ってないの? そこから逃走経路を割り出せるでしょ?」

「ん? あ、ああ・・・・・・。あるにはあるんだが・・・・・・」

 男の歯切れが急に悪くなる。胸ポケットからペン型のアイスを取り出し、スクリーンをノート大に大きく広げた。そこに防犯カメラの映像が映った。

「これは爆発十分前の映像だ。倉庫の表から犯人と思われる男が出てきた」

 そこにいたのは渡利だった。辺りを気にしてから、小走りで倉庫を後にした。

 次にと言って、彼はスクリーンをタッチする。

「こっちは爆発の三分前。倉庫の裏から出て来た男も同じ顔、同じ体をしていた。爆破後に駆けつけた警官がパニックを起こした隙に堂々と脱出してる」

 次に出てきた映像にも渡利が映っていた。どちらも本人で間違いなさそうだ。

「二人共歩き方や、骨格、表情筋から本人だとドグマゼロが判断した。現在足取りを捜索中だ」

「クローンマリオネット・・・・・・」神崎が呟き、男が疲れた表情で頷いた。

「まったく。厄介なものを持ち込まれたよ。どっちかが本体なのかは倉庫街の手前に置かれた自販機の映像と接触時の生体データからは確かなんだが・・・・・・」

「それがどっちなのかは分からないと・・・・・・。こればっかりは捕まえてみないと駄目ね」

「そういう事だ」

 頭を悩ませる二人を横目に、新島は瓦礫の方へと歩いて行った。そこで新島は何かを踏んだ。

 古いアイスだった。まだディスプレイが固定され、AIも入っていない型だった。粉々になっていた液晶が新島の靴の下で更に細かくなる。

 新島はそれをじっと見つめた。

 バラバラになった破片は新島の記憶に刺さり、一瞬フラッシュバックする。写真を目にも止まらぬスピードで何枚も見せられた様な感覚が襲う。

 新島は直感で理解した。

「・・・・・・お前も、戦争で狂わされた一人か・・・・・・・・・・・・」

 新島がぼそりと言ったその言葉は、後ろから吹く潮風に攫われていった。

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