1-8 零課
新島は板見に屋上で待機するように命じた後、夏音をまた呼んだ。
夏音は嫌だなーと呟く。新島の近くに寄ると手の傷を隠した。
「どうして俺がここにいるか分かるか?」
新島は苛立ちを隠さない。夏音の斬れた左手を睨むように見る。
夏音は下を向いて、後ろで手をもじもじさせた。
「・・・・・・あ、あたしが・・・・・・はぐれちゃったからです・・・・・・」
「そうだ。ジンと一緒に居ればこんな事にはならなかった。扉が閉まる前にどうしてすぐに移動しなかった?」
「だって、ケイが・・・・・・」
夏音は横目で動かなくなった圭人を見た。穴だらけの球体はバチバチと音を立てている。
新島は夏音の目を見て言った。
「あれはお前の弟じゃない。ただの兵器だ。こうならない為のな。圭人といるせいでお前の判断が甘くなるなら、これからは合流もさせない。分かってるのか? お前が人質になっても、いや、誰がなってもだ。零課はそいつを撃つチームなんだぞ」
「・・・・・・分かってます」
夏音は拗ねる様に頷いた。本当に分かっている様子ではなかった。
新島は腰に手を当て、小さく嘆息した。
「なら、俺達が来たからって安心するな。次は撃つぞ。今日はあがれ。屋上のヘリに乗せてもらえ。板見が待ってる」
「真一君は?」
「仕事中に俺を名前で呼ぶな。さっき下に一課が見えたからな。車を回してもらうさ。さあ、早く行け。明日は反省会だからな。しばらく訓練シミュレーションを倍に増やす」
「ええ~・・・・・・」
夏音は露骨に嫌そうな表情に変わった。新島は早く行けと急かし、夏音は渋々上の階へ歩いて行く。その後ろ姿を見て新島は疲れて息を吐く。
そんな新島を見て、矢頼が苦笑を浮かべる。
「その歳であんな大きな女の子の父親になるのも大変だな」
「まったくだ。いい加減、何もなく仕事を終えて欲しいよ」
「そのうちそうなるさ」
矢頼は顎髭を触りながら孫の話をする様に笑い、本題に入った。
「それでだ。逆探知の間にこいつのボディと構築システムを調べてみたが、やはり松木重工製のマリオネットだ。大戦中に作られたM2ー三型ボディだな。そこらのチンピラが持ってて代物じゃあないのは確かだ。アベンジャーアームの方は古いタイプだったが、あれも一応整備されていた。カラシニコフはおそらく中共製のコピーだろう」
「金持ちだな。羨ましいよ。密輸ルートにせよ、バックは小さくないな。武器の型番を一課に送れ。どっかの密輸グループの押収品に類似性があるかもしれない」
「もう送ったよ。使用者への逆探知はあと数分かかるな。市販のセキュリティソフトと独自のソフトを併用している。まあ凝った作りじゃ無い。急ぐならドグマの端切れに噛ませるがどうする?」
新島は腕を組んで少し考え、頷いた。
「提出資料が面倒だけど、いいよ。やってくれ」
「分かった」
矢頼はすぐに作業に取りかかる。ドグマの端切れとは、警察庁に使用が許可されたエターナルドグマを暗号解析に使用することの暗喩だった。
全性能の0.1%と著しく制限しているが、その思考速度は通常のAIと比べものにならないほどの超高速だった。それを利用し、ネットワークに構築された壁を取り除く。
矢頼は零課に与えられた33桁のセキュリティーコードを取り出したアナログキーボードで打ち込み、ドグマゼロにアクセスした。
ドグマゼロは瞬く間にマリオネットのプログラムウォールを突破し、逆探知に成功する。
「出たぞ。横浜だ。海岸沿いの倉庫からだな。住所を警視庁の共有サーバーに置いておく」
「所轄からも何人か出してもらおう。それで爆弾は?」
矢頼は端末を操作して、男のボディを調べた。すると胃の辺りに言っていた物を見つける。
「一応あるにはあったが、奴の言ってた量にはほど遠いな。殺せて半径3メートル程くらいだ。だが物は本当にHMX。所轄には爆弾処理班を同行させておくべきだな」
矢頼の進言に新島は頷き、今得た情報を公安一課に渡すよう臼田に伝えた。
既に呼んでいた爆弾処理のチームに場を託し、一緒に来たSATに軽く手を挙げた新島だが、彼らの反応はあまりよくなかった。
それを気にすることなく、彼らに圭人を触るなと言うと新島はジン、矢頼と共に稼働したエレベーターに乗り込んだ。
腕を組み、壁にもたれたジンが口を開いた。
「面倒そうな事件だ。これだけ派手にやっても被害者を出してないところも気味が悪いぜ」
「そういう思想なんだろう。何にせよ目的がはっきりしないな」
矢頼は端末の画面を見ながらそう呟く。
「少なくとも、思いつきでやったことじゃない。信念を持った人間は怖い」
新島のその言葉に二人は黙って肯定する。
エレベーターが一番下の階に着き、ドアが開くと、そこにはガラス張りのエントランスが広がっていた。
三人が足を踏み入れると、待ち合いのソファーに座っていた人物が立ち上がる。
女性だった。30代半ばくらいの胸が大きく、黒いロングヘアーを揺らし、薄い青のシャツに、黒っぽいレディーススーツを着て大理石の床に立っている。
一課の部長である神崎とは三人とも面識があった。
「災難だったわね」
神崎は笑って言った。労いの気持ちは言葉に含まれていない。
「よ、一課の姐さん。お互い忙しいねえ」
ジンが手を挙げる。
「じゃあ、俺とジンは本部に戻ってる」
矢頼は出口へと向かい、神崎の横を通り過ぎた。
「あら、一杯奢るわよ?」
神崎はそう誘ったが、矢頼は手を振った。
「あんたに付き合って一杯で済んだ試しがないんでね。このヤマが片付いたらまた誘ってくれ」
「随分真面目なのね。また禁酒期間なの?」
「俺も歳を取ったって事さ。じゃあな」
矢頼はそう言いながら外へ出た。
その横を歩いていたジンは神崎を見てニカッと笑った。
「俺はいつでもいいぜ」
「悪いけど酒癖の悪い男と二人で飲まないことにしてるの。ろくなことがないからね」
「悲しいねえ。じゃあ一人で飲むよ。またな」
ジンは軽く手を上げ、外へ出て行く。
神崎は色っぽく笑うと二人の背中に小さく手を振って見送った。
ジンと矢頼は警察が用意した車に乗り、走り出した。
エントランスは広く現代アートに近い形にガラスの窓がはめ込まれている。
二人きりになると新島はポケットから電子タバコを取り出して、水蒸気をふかした。
それを見て、神崎があらと小さな声を出した。
「あなたもそっち派になったのね。若い中じゃ珍しく紙で吸ってたのに」
「夏音が匂いがどうこううるさいんだよ。本題に入ろう。あいつは誰だ?」
新島は単刀直入に男の正体を尋ねた。一課は公安の中でも一番大きなデータベースを持っている。それはこの国のことを表から裏まで網羅していた。
「せっかちね。まあいいわ。若いんだからしょうがないわよね」
神崎の言葉に新島の頬がぴくりと動いた。昔から新島は神崎がどこか苦手だった。
「はっきり言うと、あの男のデータはまだ揃ってないの。あるのは名前と10年前までの足跡だけ。名前は渡利浩二。大戦時には海外に居たらしいわ。日本に帰ってきたのは4年前。今まで何をやっていたのかは不明。正確な事はこれから探るわ」
「何か分かったらうちのサーバーにも置いてくれよ」
「いいわよ。それに隠しても掘り出すつもりなんでしょ?」
神崎の問いに、新島は肩をすくめて肯定した。零課には圭人というハッキングの天才がいる。
「渡利の仲間。尋問はどこがやるんだ?」
「基本は本庁の刑事一課になるわね。あたしのとこから一人送るわ。そっちは?」
「生憎うちは人手不足なんでね」
「うちもよ。それでも昔に比べて随分予算は増えたわ。この時代に公安が大きくなるなんて。歴史は繰り返すのかしら」
「取り憑かれてるのさ。馬鹿共は夢と思想に逃げ込んで、挙げ句それを振り回し始める。人に時代は関係ないのさ」
新島はどこか諦めた様に電子煙草をふかす。神崎は話題を変えた。
「そうね。ところで夏音ちゃんはどうだったの? ちゃんと生きてる?」
神崎は出口へ歩き出す。
新島はもう一度煙草を深く吸って、吐いてからポケットに戻して後に続いた。
「左手が切れてたよ。日本刀を素手で掴んだらしい」
新島はやれやれと首を横に振った。夏音の破天荒さを聞いて神崎は笑った。
「あはは! あらあら随分お転婆に育てたわね」
「戻ったんだよ。俺は何もしてない」
二人はそのまま外に出た。報道規制はかなりとけていて、奥の道路にはマスコミが警察官と言い合っていた。
神崎はビルの前に駐めた赤いスポーツカーに乗り込み、新島は助手席のドアを開ける。
新島は車に乗り込もうとした時、ふと目線を上げた。マスコミとその後ろに野次馬が見えた。
その中の一人に新島の視線が集中した。
パーカーのフードをかぶった少年が見えた。
最初、新島はただの少年だと思った。しかし、次の瞬間頭の奥で記憶の光が走る。見覚えがあった。少年から漂う空気に触れた歴史があった。
ドアを開けたまま中に入ってこない新島を神崎は不思議そうに見上げた。
「・・・・・・どうかしたの?」
「あそこにいる男・・・・・・」
そう言って新島が指差した時には既に、少年は人混みに消えていた。
空を指す新島の指先を神崎が見つめた。
「どこ?」
新島は人混みの近くに防犯カメラがあったのを確認し、本心を隠す様に言った。
「・・・・・・いや、勘違いだったよ」
新島はようやく助手席に座り、ドアを閉めた。
隣の神崎は不思議そうな瞳を一瞬見せた後、エンジンボタンと自動運転ボタンを押すと、車は音もなく走り始めた。
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