1-7 零課

 夏音はその音がすぐに零課で使っている爆弾の起爆音であることを察知した。

 防火扉から離れ、部屋の奥へ飛び込む。

 ほぼ同時に爆炎と強い爆風が部屋を襲った。

 煙が充満する中、リーダーの男は爆風でバランスを崩し、後ろへ吹き飛んだ。

「爆弾かっ!?」

 男は状況をすぐに飲み込んだ。その視界、煙の端から矢頼とジンが軍用アサルトライフルを構えて入ってきた。

 ジンは男を見てすぐに叫んだ。

「警察だっ! 大人しくしろ!」

 だが、男はそれを無視して爆風で荒れ果てたオフィスデスクの陰に飛び込んで身を潜めた。

 男が動いた瞬間にジンは発砲し、銃弾が壁に横線を描く。

「ちっ」

 ジンは舌打ちをした。当たった感触はなかった。

 一方矢頼は男をジンに任せ夏音を探した。

「嬢ちゃんっ!? どこだ? 無事か?」

「はい!」

 オフィスの奥から声が聞こえた。

 矢頼がそちらを向くとほぼ無傷の夏音が立っていた。矢頼は胸を撫で下ろす。

 だがそれも束の間、声に反応した男が夏音目がけて飛び出した。

「野郎!」

 それを見ていたジンは銃を連射するが、男の足が速くて当たらない。正確には右肩を撃ち抜いたが男は止まらなかった。

 男は夏音の近くにまで接近すると、ジンは慌ててトリガーから指を離し、銃口を上に向けた。

 新島が部屋に入った時に見たのは夏音の背後に回りナイフを首元に突きつける男へ、ジン達が銃口を向けている光景だった。

「あの馬鹿・・・・・・」

 新島は夏音を睨み、夏音はしゅんとした。

 仲間の顔が見え、気が抜けてしまったせいで捕まってしまった。

「・・・・・・ごめんなさい」

 男の持っているサバイバルナイフを見て、新島は歯ぎしりする。

「・・・・・・やはりテロリストは信用ならん。あとで殺す」

 先ほどテロリストから聞き出した情報が誤りだった事を苛立つ。装備は刀以外にもまだあったのだ。だがそれはあの男も知らないことだった。

 次に新島は男が左手にナイフを持ち、右手で夏音の後ろで束ねた髪を掴み上げているのを確認した。

 新島はゆっくりと銃を取り出し、上を向けた。

 どんっと音がする。新島が天井を撃ったのだ。

 砕けた天井の一部がぱらぱらと降ってくる。

「投降しろ。今なら仲間は無事に済むぞ」

 この状況にも新島は威圧的だった。

 だが男の表情は何も変わらない。動じずに言う。

「・・・・・・同士達とこの子を交換だ。それ以外は何も望まん。迅速に行動へ移せ」

 男の居丈高な要求に新島は目を吊り上げた。

「テロリストが」と零した後に新島は続けた。

「お前が抵抗を続けるなら仲間は殺す。だからその要求を吞むことは不可能だ。しかしその子供を解放すれば、お前の命は保証する。だから――――」

「俺に安い嘘は通用しない。欲しい情報も得ずに警察がテロリストを皆殺しにするわけがない。それにもし本当に仲間を殺すというならこの子には死んでもらう」

「それならお前も死ぬぞ?」

「構わん」

 男は即答した。

 男に死ぬ覚悟があることをここにいる全員が悟った。

 要求は勿論呑めない。新島は男を睨んだ。

 男もまた新島から視線を外すことはなかった。膠着が続く。

 その時、インカムから情報が新島へと届いた。

 それが状況を一変させ、加速させる。

 新島がハンドガンを男に向け、矢頼とジンもアサルトライフルを構える。

 明らかな攻撃姿勢に男は一瞬何が起こったのか分からなかった。だが、それも夏音が叫んだ言葉で理解する。

「背中です!」

 背中という単語を聞いて男はハッとした。自分の策が露呈した事に気付く。

 しかし、それは遅すぎた。

 ジンは男の背後が見える位置に素早く移動し、そこへ向かって銃を撃った。

「しまっ――――」

 男は振り向いたが、間に合わない。男の瞳には細い線が背後で切れ、揺れる姿が映った。

 それとほぼ同時に、男の動きが一瞬ピタリと止まる。その隙に夏音は逃げだした。

 数秒後、男が再び動きだした時には、三つの銃口が自分に向いていた。男と銃の間に遮る物はなにもなかった。

 観念したとは言えないまでも男から伝わる戦意が減衰したのを感じ、ジンは目を疑った。

「おいおい。ほんとに『クローンマリオネット』かよ。アベンジャーアームと言い、どうなってやがるんだ。最近のテロリストはよおっ!? 日本で内戦でもしようって腹か?」

 オペレーターの臼田からの情報は確かだった。

 クローンマリオネット。簡単に言えば遠隔操作可能なアンドロイドだ。操縦者が一番操り易いのはなんといっても自らの肉体であるという事を踏まえて開発、大戦に投入された。

 操縦者の肉体感覚をコピーしたワンオフであり、自分の肉体のように動かせる利点がある。

 一方、金属繊維で構築された精巧な人工筋肉が必要な為に、通常のマリオネット(アンドロイド)よりコストが5倍以上かかるデメリットを孕んでいる。故に先の大戦でも経済的余裕がある国でしか使われていない。

 そんなものをテロリストが持っていることにジンは驚く。

 新島は事態を理解し、皮肉を言った。

「防火扉に無線が止められることを知っていて、有線で動かしていたのか。それにしても、それをお前が使うって事に矛楯を感じないのか。そいつにも高性能AIを積んでるだろ」

 そう、クローンマリオネットは高機能故に繊細。その為、使用時は状況理解を瞬時に行い、対処する高性能AIでの補助は必須だ。脊髄反射をAIの計算で代用する。AIを使わなければ、本領を発揮できない最新兵器だった。

 それは男の発言や目的から大きく外れる所行だ。

 夏音は先程男が言った言葉を思い出した。

『世界がこれを自分に選択させた』

 AIを忌み嫌い、排除すべきとテロリズムにまで走った彼が、AIを使っている。

 そのことを夏音は恐ろしく思い、一歩後退った。

 男は憤怒の形相で新島を睨み付ける。

「目的の為には毒さえも飲む。これは手段だ。お前達のように目的ではない。肉体が滅んでも最後に崇高な志を持った魂さえ残れば、それでいい」

「笑えるな。お前がやってるのは銃規制を叫んでライフルを撃ち込むようなもんなんだよ。残念だったながその体も滅びる前にうちの技術班が休日返上で解体分析するよ」

 それを聞いていた吉沢がヘリの中で「ふざけるな。これ以上家に帰らなかったら、暗いリビングで離婚届を持ったうちの嫁さんに刺されちまうだろ!」と不満を漏らす。

 新島がジンと矢頼に目配せすると、二人が銃を構えたままジリジリと男に近寄った。

 もう確保は目前という所、新島が説教の為に夏音を呼んだ。

「夏音。こっちに来い――」

「動くな」と男が言った。

 その言葉に歩き出した夏音に加え、男に近寄るジンと矢頼の動きが止まった。

 男は自分を指差した。

「この体にはHMX爆薬が内蔵されている。このフロアごと吹き飛ばせる量だ」

 HMXの単語に夏音はピンと来なかったが、それ以外の大人は皆固まった。

 先程使用したC4と同じプラスチック爆弾の一種だが、威力はそれを上回る。

 真偽を確かめる様に動く新島の目を見て、男は告げた。

「嘘だと思うなら撃ってみればいい。あの世で事実が分かる。もう一度言う、同士達を解放しろ。・・・・・・子供を殺すな」

 男は夏音を見て、少し悲しそうな顔をした。大人の戦いに子供を巻き込んだ罪悪感が見て取れる。

 クローンマリオネットの強力な所は無傷の自爆が可能な点にある。

 体のサイズによるが、爆薬を内蔵出来る量も多い。今でも欧米ではマリオネットを使った自爆テロが相次いで起こっている為、大規模な規制が行われていた。

 日本でも過去に二件の爆弾テロが起きたが、どちらとも公安の働きで未遂に終わっている。もし今爆発すれば、これがこの国での最初の案件となるのだ。

 新島達が男に爆薬が仕掛けてある可能性を排除していた訳ではないが、それほど強力な物を持っているとまでは予想していなかった。規制の対象物であるし、素人が扱える物ではない。だが、あまりに高度な男の装備から背後に深い闇が見え隠れする。

 今の発言の真偽がAIによって計算され、臼田から伝えられた。

「気をつけて下さい。状況だけを見れば爆薬が存在する可能性は3%以下ですが、ドグマゼロの判断では言葉の自信度は82%になっています」

 新島達は沈黙した。沈黙は男に新島の焦りを伝える。

 新島には様々な策が頭に浮かぶ。だがそのどれもが男の近くにいる夏音の安全を保証するものではなかった。

 男はそれを理解してこのタイミングで脅しをかけたのだった。男は新島に考える時間を与えない。

「早くしろ。日本政府からの恩赦か、逮捕状請求を破棄しろ。お前は警部か?」

 男は新島に尋ねた。日本で逮捕状請求が出来るのは警部以上だ。

「警部相当ではあるが、俺達に役職はない。それに交渉するなら政府としろ」

「この国の政治家がそう簡単に重い腰を上げるものか。この映像は録画してある。もし、国がお前達を見捨てたら子供を爆死させた証拠として世界中が見る事になると言え。そうすれば奴らも動き出すだろう。俺達は誰も殺していない。恩赦を与えても国民からの支持にはそれ程影響しないはずだ」

「まるで政治家だな」新島が苦笑する。「捕まった時の事まで考えられるお前が、何故こんな成功する見込みのない馬鹿な事をする?」

「こうでもしなければ世界は動かないからだ。言葉や思想では石ころ1つ転がせない事を知っているから、俺は今ここに立っている」

 男は左手で右腕を胸の前でぐっと握った。

 それに反応してジンと矢頼の銃口が上がる。

「経験とそれに伴う行動こそが世界を正しき道に導く唯一の法。剛力こそが唯一無二の変革の種だ」

 男は心の底から自分の行動を信じている。

 説得は不可能と新島は判断した。

 なら対処法はひどく限られてくる。確保か、破壊。どちらにせよ無力化しなければならない。

 新島はポケットに手を入れた。男は警戒する。

 だが出てきたのは新島の好物である落花生だった。

 殻をむいて、中身を取り出し、新島は食べた。物事を考える時、彼はいつもこうした。

「うん。うまい」

 その姿に男は眉根を寄せた。新島は笑った。

「言ってる事にはある程度共感できる。だがよ。やってることはお世辞にもスマートとは言えないな。歴史を学ばなかったのか? 革命っていうのは個人ではできないんだよ」

「・・・・・・なら、俺が歴史になってやろう」

 互いに思索を交差させ、ほぼ同時に違和感に気付いた。

 ――二人共時間を稼いでいる。

 男は考えた。新島はなぜ交渉の為に政府関係者へ連絡を取らないのか? それはこの状況を打破する術を持っているからだ。

 新島は考えた。男の話はどこか薄っぺらく感じた。しかし所々に鬼気迫るものを感じる。だが爆薬のことを言うタイミングがおかしい。夏音を捕まえた段階で言えば、この状況にならずに済んだはずだ。

(何かあるな・・・・・・)

 二人は同時に全く同じ答えに辿り着いた。

 新島は俯き加減に真っ直ぐ男を見つめ、男は辺りに異変がないか目を動かして確かめた。

 新島は男の動きを見張り、男は奇襲に備える。

 辺りが一瞬静まりかえった。

 その時だった。新島が持っていたハンドガンを床に落とした。

 銃はタイルに当り、カンッと高い音がする。

 必然、男の視線はそちらへと向く。

 新島が落とした銃を取ろうと下に手を伸ばす。

 男はそれを制止しようと口を開いた。

 それとほぼ同時に男の背後からけたたましい音と光がさした。

「何だっ!?」

 そう叫び振り向いた男が見たのは、窓の奥でヘリのドアから身を乗り出し、ライフル銃を構えた板見の姿だった。

 新島の同僚である板見は男が振り向く瞬間を狙って、頭に銃弾を撃ち込んだ。

 銃弾は正確に男の額に当たる。

 すると機械の中身が見え、内部で銃弾が開きアンテナを広げた。

 男の体が震えだした。

 自分の体が自分の意志に反して動き出す。頭と手と足と目と胴体が別々の動きをし、小刻みに振動した。

「こ・・・・・・れ・・・・・・は・・・・・・、ジャミ・・・・・・ング・・・・・・弾・・・・・・」

 男が自分に打ち込まれた物を理解した。

 対遠隔機械用のジャミング弾だ。

 弾自体にそれほどの威力はないが、当たると内部で五本のアンテナが広がり、無線で動くものに強く干渉する。

 男は開いた口をガクガクと痙攣させる。

 そこへ板見はもう一発同じ弾を撃ち込んだ。弾は膝に当り、男は床に前のめりに崩れた。

 それを見て新島が他のメンバーに指示を出す。

「ジンは他に敵がいないか確かめろ。矢頼は男のデータベースを洗え。逆探知するぞ。夏音はこっちに来い! 話がある」

「おう」ジンが言いオフィスの奥へ行く。

「分かった」

 矢頼はポケットから黒い小さな箱を取り出した。

 それを開くと中から小さなアリが五匹出てくる。それは全て機械で出来ていた。アリはクローンマリオネットに向った。小さな体で中に入り、データの入り口を探り、全てを食べ尽くすこのアリをデータアントと言った。

 夏音は説教だったら嫌だなと思いながら「はい・・・・・・」と呟いた。

 新島は床に伏せた男の元へ歩み寄った。横では矢頼が先程戦闘で切れたケーブルを引っこ抜き、男の背中を観察している。

 男はまだ微かに痙攣していた。

 新島が足下の男の顔を見下ろすと、男の目がぎょろっと動き、新島を捉えた。

 新島はその目をじっと見て、男も新島をじっと見た。

「次会う時は捕まえてやるよ。首洗って待っとけ」

 そのすぐ後に男は完全に停止した。

 糸の切れたマリオネットの様に、熱と意思が霧散する。

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