1-6 零課

 新島は屋上に付けたヘリから夏音達のいる64階に駆け下りた。

「状況は?」

 新島はタバコを吸って一服しているジンに尋ねた。

「分からんね。話し声が微かに聞こえたが、はっきりとは聞き取れない。銃声もまだだ。だが、仲間が中に居るのは確からしい。もし処女じゃなくなってたら一生もののトラウマだな」

 そのジョークに新島の眉が動いた。

 それを見てジンは「冗談だよ」とタバコを落として足で踏んだ。

「銃じゃ弾の無駄だ。それなりの工具か工事用のパワードスーツ。無いならあれを上げる為のパスワードがいる。ここの主とは連絡つかないのか?」

「警察庁を通さないといけないし、何より渋られた時の時間が無駄だ。ケンさん」

 新島が振り向くと、階段から降りてきた矢頼がまた大きな黒い鞄を肩にかけていた。

「少しはお前も手伝え」

 そう言って矢頼は鞄を開いた。中身を見てジンは面白そうに笑った。

「強化C4か。いいねえ。夏音ごと消し炭にしようってか?」

「素人じゃないんだ。そんなヘマはしないさ。だがあの扉の正確な厚さや強度は分からないんだろう? なら急ぐ為には多めにしないといけないな。消し炭までとはいかないが・・・・・・どうする?」

 矢頼は新島に指示を仰いだ。新島はすぐに頷く。

「いいよ。やってくれ。これで負傷するなら、これからあいつは留守番だ」

 それを聞いてジンはにまっと笑い、矢頼は小さく息を吐いた。

「分かった。すぐに準備する」

 矢頼は鞄から取り出したC4、プラスチック爆薬を防火扉の上方に設置し出した。

 その間に新島はジンが捉えた男達の元に歩いた。両手を後ろで縛られ、足も拘束されている男達を見下ろし、尋ねる。

「あの中には誰がいる? 人数、装備も言え」

 男達の内二人は黙ったまま下を向いた。しかし微かに動いた視線は手を負傷した男の方を向いていた。

 それは新島に組織内での力関係を教えた。新島は手を負傷した男を見つめた。

「言え」

 そう言うと新島はズボンの後ろにさしていたハンドガンを男に向けた。その目は冷徹だった。

 だが、男は新島を見て嘲るように笑った。

「ふふ、誰がお前らなどに――――」

 銃声が言葉を遮る。

 それは威嚇射撃ではなかった。銃弾は男の左肩を撃ち抜いたのだ。

 男は一瞬何が起こったか理解出来なかったが、焼けるような肩の痛みで呻いた。

「ぐあああああぁぁぁぁっ!」

「言え。次は足を撃つ。それでも言わなければ隣の仲間に穴が増える。尚も黙るなら死体袋を人数分用意するまでだ」

 新島はしゃがんで、呻く男の口に銃口を入れて塞いだ。

「俺達を普通の警察官だと思うな。話さないという選択肢はお前に存在しない」

 新島は感情を動かさずにそう言った。淡々と、まるで事務作業でもしている様な瞳だ。

 男は新島が言った事が脅しでなく、事実だという事を口に入れられた冷たい銃口から感じ取った。死をリアルに感じる。

 どこか日本で犯罪を犯しても射殺はされないだろうと思っていた。その慢心が粉々に砕ける。体が震える。心が萎縮した。

「俺がこれを引き抜いたらお前は話す。いいな?」

 それは提案の形態で出された命令だった。男は震え、そして新島は銃を抜いた。

 男は口をもごもご動かした。話したかったが、怖くて言葉が出てこなかった。

 それを見て新島は銃を足に向けた。男は慌てて声を絞り出した。

「ど、同士はっ、一人だ・・・・・・。ぶ、・・・・・・武器は、日本刀だけ・・・・・・で・・・・・・」

 新島は答えた男を冷たい目で見つめた。何一つとして男の発言を信用していなかった。

 男は氷のような新島の瞳に恐怖した。肩の痛みが発言を後押しする。

「ほ、本当だ! こいつらにも聞けばいい。嘘は言ってない!」

 新島の指はまた引き金を引いた。また銃声が響く。しかし、銃弾は男の頭の横を通って、後ろの壁にめり込んだ。新島が銃をなおす。

 男はゆっくりと右を向いて壁を確かめた。すぐそこに小さな穴があり、震えた。

「・・・・・・こんな事で仲間を売るお前を誰が信じるか」

 新島はそう言い放ち、爆弾を設置している矢頼の元へと向かった。

 それを見ていたジンは声を出して笑っていた。怯えた男に話しかける。

「ハハッ! よかったな。生きてて」

 生きてる。それを実感した男から力が抜ける。硬直した筋肉は何もしてないのに筋肉痛の様に痛かった。

 ほっとした男に、ジンはサングラスを直した。

「だがよ。それは今は、の話だ。もしもうちの嬢ちゃんが無事にあそこから出てこなかったら、お前らの誰かは報復で殺される。生き残っても、それは生きてるだけだ。精々祈って見てな」

 ジンはそう言い放つと新島の元へ向かった。

 男達は自分たちの喉元にナイフを突き立てられている事を自覚して、絶望した。

 C4は粘土状の爆薬である為に普通の爆弾と違ってある程度の隙間があれば設置出来る。起爆装置を設置した矢頼は新島へ完了を告げた。

「よし。出来たぞ。起爆はお前がしろ。万が一の時、俺がやったんじゃあ目覚めが悪いからな」

「分かったよ」

 新島は矢頼が放り投げた起爆装置を受け取った。誰に言われるわけでもなく、矢頼とジンは物陰に隠れる。新島も充分な距離を取って後退した。

 新島はトリガー型の起爆装置から安全装置であるガラス板をスライドさせ、トリガーに人差し指と中指をかけた。右手を軽く挙げ、ジンと矢頼へ目配せする。

 二人は頷き、それを見た新島は小さく息を吐いた。

 トリガーを引くと、ピピピッと音が鳴った後、爆風が起き、爆音が轟いた。

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