1ー5 零課

 突如として降りだした防火扉の方を夏音が向いてすぐだった。

 背後に男が現れ、夏音はその気配を感じ取った。

 振り向くと日本刀を持った新島と同い年くらいの男が10メートル程離れた所で立っている。

 白髪に白いタンクトップ、ジーンズという古めかしい服装だが、体は筋肉質だった。

 夏音はすぐにスタンガンを向けた。

「・・・・・・まだ、居たんですか?」

 夏音の声には明らかな焦燥が混じっていた。

 夏音を見て男は哀れむように言った。

「・・・・・・こんな子供に、銃を持たせる国になってしまったか・・・・・・」

「こ、これはスタンガンです。銃じゃない」

 すぐに夏音は自らの武装内容を言ってしまったミスを後悔した。

 男はまっすぐに夏音を見つめていた。その目はどこか虚ろで、夏音は違和感を抱く。

「なるほど。君を連れてきた大人にも多少の罪悪感はあるらしい。だとしても、それを隠れ蓑にしているだけだ。機械の外装・・・・・・。そんな物を付ける心地はどうだ?」

「・・・・・・・・・・・・教えて・・・・・・あげません・・・・・・」

 夏音の頬を汗が一筋伝った。

 銃対刀。

 一概には言えないが、二人が離れたこの距離なら銃が大幅に有利だ。

 ただし、スタンガンは連射がきかない。一度外せば窮地に陥る。

「・・・・・・ケイ?」

 夏音は小声で安否を確かめた。しかし、圭人は防火扉が閉まってから沈黙したままだ。

 それはここが外との通信を完全に遮断した場所だと夏音に確信させた。

 ――ダメか・・・・・・。

 夏音は弟からの援護を諦めた。

 男は夏音をじっと見たままゆっくりと口を開いた。

「人は・・・・・・道を間違えた・・・・・・」

 男がそう言った時、夏音は敏感な耳でヘリの音を近くで聞いた。音は自身の真上に向かっている。

 夏音はすぐにそれが新島の乗ったヘリと気付いた。同時に夏音はやるべき事を判断した。

 時間を稼ぐ。その為には夏音からはアクションを起こさない。

 男は視線を動かす夏音をその虚ろな目でじっと見ていた。

「人は何を持って人であると思う? 思考だ。人が他の動物より優れている所など思考以外ない。脆弱な肉体。惰弱な精神。どれも人より優れている動物は多い。それでも人が勝ち残った。思考だよ。それが人を人たらしめた」

 男は静かに刀を構えた。

「それなのにだ。人は自らの手で人の思考力を遥かに超える怪物を作り出してしまった。エターナルドグマ。人より賢く、老いることも死ぬこともないあれは、まさしく合理性という名の悪魔だ」

「・・・・・・エターナルドグマの使用は厳密に制限されています。人はそこまで馬鹿じゃない」

「しかし膨張を続けている。ネットが無尽蔵に広がり続けるのと同じだ。機械技術が進化した今、無限ビットにより物理的制約も緩和された。君みたいな学生のポケットに入っているアイス。あれは一昔前のスーパーコンピューターに匹敵する。ムーアの法則は間違っていた。進化の速度は大戦による技術革新によってとんでもない飛躍を遂げてしまったんだ。誰がそれを促した?」

 問いかけ、同時に男は急に走り出した。

 その二歩目に夏音はスタンガンを撃ち込む。小さなアンカーに細い線が二本煌めき、それは男に命中した。

 先端のセンサーが目標物への接触を確認すると、本体から人体を行動不能にするだけの電流が流れ出す。50万ボルトの電撃。

 男は気絶し、その場で痙攣する。

 そのはずだった。

 しかし男は走り続けた。電流によって指や頬の筋肉が意図せずピクピクと動いたが、まるで何事もなかったかの様に間合いを詰め、刀を振るった。

「AIだよ」

 そう言うと同時に夏音の手に持たれていた銃は真っ二つに切断された。

 銃身が床に落ち、夏音は視線を男から切ってしまった。

 前を向いた時、刀が左目に突き付けられていた。

 夏音の体が硬直した。息が止まり、ごくりと唾を飲んだ。死を予感する。

 だが、男は動かず、そのまま話し続ける。

「人が解決出来なかった問題をAIが導いた。エネルギー問題も、宇宙問題も、温暖化も、少子化も、車の運転までもがだ。その間、人は一体何をした? 何もしなかったさ。ただAIに言われた通りに動いていただけだ。この国の人間はAIの命令を聞くだけの家畜となってしまった。豊かさと引き替えに人としての本質である思考を差し出したわけだ」

 男は話を続けた。

 それは夏音に言っているのか、はたまた自分自身に言い聞かせているのか分からない様な話し方だった。

 まるで亡霊の話を聞いている様に感じがして、夏音は気味が悪かった。

「・・・・・・そういう難しい話をあたしにして、どうしろって言うんですか? 思考解放運動なんて学校の資料でしか見たことないのに」

 男の言っていた話は大戦中に起こったセカンドデモクラシーでよく口にされていた文言だった。簡単に言えば、AIに仕事を奪われた人間達の不平不満だ。

 しかし、それもAI使用制限法が施行されてからは下火になっている。

「人は今一度考えないといけない。AIは全知全能の神ではない。間違いも犯す。それを知るべきだ。でなければ、また悲劇は繰り返される」

 男が俯いた。

 それを見て夏音は左手の指を小さく動かした。

「だとしても」

 そこまで言って夏音は刀を左手で掴んだ。男は少し驚いた。

「そういう話って刀を向けてすることじゃないと思います!」

 左手で刀を掴むと、そのまま体を捻って右足で男の膝にローキック。体勢を崩させようと放った一撃だったが、夏音は伝わってきた感触にハッとした。

「あなた――――」

 夏音の声も聞かず、男は蹴られても少しぐらついただけで、刀を引こうとした。しかし刀は夏音の手から動かない。

 夏音の左手は刀を掴んで離さなかった。

 男の視線が夏音の左手に向いた。

 それとほぼ同時に夏音の右足が男の顎を蹴った。蹴りが綺麗に決まり、今度こそ男はふらつき、刀を放して後退した。

 しかし、ダメージがあるようには見えない。それは夏音にも言える事だった。

 夏音は自分の後ろに日本刀は捨てた。手の皮膚は切れ、白銀の中身が見えていた。

 男はそれを見て悲しそうに言った。

「・・・・・・軍用強化義手か。業が深いな」

 夏音は手を隠すように半身になり、少しむっとした。

「あ、あなただって外装付けてるじゃないですかっ?」

 夏音はさっき蹴った時の感触から、少なくとも男は生身でないことを知っていた。

 対抗心からの発言だったが、それは男を怒らせた。目が大きく開かれる。

「・・・・・・そうだな。俺にこれを選択させたんだ。この世界ってものはっ!」

 男は間合いを詰め、夏音に殴りかかる。

 その素早さは男に格闘技の心得があることを夏音に教えた。

 男は一つ、二つと拳を放ち、夏音はそれを避けた。

 夏音は三発目の右フックを体を反らして躱す。だがそこで体勢が少し崩れた。

 男はそこに回し蹴りを放った。

 だが、その蹴りは夏音に当たる前に軸足の右足を蹴られて失敗する。男は転けるかと思いきや、体操選手のように左腕一本で体を支えていた。折り曲げ、伸ばした反動で後退する

「・・・・・・凄いな」

 男の口から飛び出したのは賞賛だった。無理もなかった。自分の半分しか生きていない少女に攻撃が当たらないのだ。一瞬笑みが零れそうになるが、すぐに消えた。

 目的は目の前の娘を倒すことではない。もっと巨大な計画が彼にはあった。

「別に褒められても嬉しくありません」

 夏音は構えたままそう言い放つ。体術は相当鍛えていた。体格的に劣る男を相手にするなら回避と攻撃で構築する戦闘体系が有効だと新島から教え込まれている。

 自分からは仕掛けない。時間が経てば応援が来てくれるからだ。

 男にとっても自分から攻めてこない夏音は都合がよかった。

 男は姿勢を低くして両手を前に出した。肘を軽くおり、指を伸ばす。足をを広げ、膝を柔らかくする。

 夏音はその構えを見て、一目で理解した。男の攻撃が打撃中心から組技中心に変わった。

 男は低くした姿勢のまま夏音へと突っ込んだ。レスリングのタックルだ。

 しかし夏音の前蹴りが顔面に当たり、突進を止める。

 だが、男はひるまずない。夏音が伸ばした足を掴んだ。

 自分の足を掴む手の感触に夏音は声をあげた。

「やっぱりあなたっ!」

 夏音は瞬時に体を横に回転させた。しっかり握っていなかった男の指は夏音の足から離れる。

 夏音は両手を床について着地すると、バックステップで距離を取った。

 無理矢理拘束から逃れようとしたため、夏音のズボンがちぎれ、そこから肌が見えた。支給品だが、予算の関係上大事に使えと言われていた夏音は服を見て悲しんだ。

 男は蹴られた顔に手を触れた。そして問題ないと言わんばかり再び構えた。

 その時、ピピピッと言う高い音が防火扉の向こうから聞こえた。

 それを聞いた夏音は慌てて扉の近くから跳んで離れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る