1-4 零課
屋上が解放されたのが合図となった。
60階からはSATが順次フロアを確保していく。彼らは64階でテロリスト三名とコンタクト。そのまま戦闘になった。と言っても下手なことは出来ない。
彼ら警官がまた麻布事件のように負傷すれば、これから対テロの案件は陸自の管轄となってしまう。いつの時代も彼らにとって縄張りは大事だった。
ゆっくりしたSATとは違い、屋上からジンと圭人は手早く制圧を進めた。
「人質は姉さんが確保したみたいです。そこへ向って合流します」
「うん? 本当に人質はあれだけなのか?」
ジンは階下に歩を進めながら不思議がった。
「そうみたいですね。熱源センサーにも彼ら以外の人間は写っていません」
「妙だな。せっかく手に入れた城を守る気がないのか? ・・・・・・嫌な予感がするぜ」
「え? それは具体的にどんな? 予測? それとも勘ってやつですか?」
「嫌な予感は嫌な予感だよ。それくらい分かれ。行くぞ。早くしないと夏音が危ない」
「そうですね。姉さんなら大丈夫だと思いますけど。あ、あとでその予感を詳しく教えて下さいね。データベースに保存しますから」
「うるせえなあ。まったくAIみたいなこと言いやがって」
呆れていたジンの前に通路からテロリストが飛び出し銃を向けた。
「政府の犬共め! 死ね!」
「うるせえよ」
ジンは素早くテロリストの両足を撃ち抜いた。
するとすぐさま圭人が変形し、腕を銃の形に変えた。そしてそこから捕獲用対人ジェルと呼ばれた粘液を出す。
敵に当たるとジェルは石の様に硬化し、動きを封じた。口にも当たり、テロリストはむーむーと苦しんでいる。
ジンは男の落としたアサルトライフルを手に取った。
「銃ってのは問答しない為の武器なんだ。喋る前に撃てだよ。まったく、素人がこんなもん持ちやがって」
ジンは銃の型を確認した。
「やっぱり北方製か。大方朝鮮内戦のどさくさでがめやがったな」
ジンはそれを通路の先に向けた。そこには発砲を聞きつけてやって来たテロリストの仲間がいた。
彼らは銃を向けるジンを見つけると慌てて引き返す。
威嚇の為にジンは数発撃った。
「へえ。悪くないねえ。でも設計が古いな。それとも手入れしてねえのか? 僅かだがブレがある」
「僕にも見せてください。わあ、木材が使われてるんですね。なんでだろ? 劣化もするし強度も低いのに」
近寄る圭人にジンは銃を遠ざけた。
「おもちゃじゃないんだ。子供はこんなもんに興味持つんじゃねえよ。ほら、先行け」
ジンはブーツで圭人を蹴った。すると圭人はコロンと転がり、通路を進んでいく。
「もう、やめてくださいよー。これ、高いんですから」
「ガハハハ! こりゃあいい。盾にぴったりだ」
「うう・・・・・・。ロボット差別だ」
圭人は涙目のエフェクトをディスプレイに流し、通路を転がっていった。
階段まで行くと、敵が二人して撃ってきた。圭人は球の前方を二枚の四角い盾に変えて防ぐ。下腹部を四つの足に変え、更に上部を武器に変える。
「なんだあれ? くそ!」
テロリストは動く城塞のみたいな圭人を見て恐ろしく思いながら銃を撃った。だが全て盾で防がれ、逆に上の武器から発射されるジェルで捕獲される。
「便利だな。それ」
ジンは感心していた。
「でしょう? ジンさんもどうですか? 一緒にオートマトン使いになりません?」
「俺はいいよ。機械は苦手だ。血が通ってねえ」
ジンはそう言って先へ進んだ。
下の階に進むとジンの前にさっと人影が飛び出してきた。
銃を向けるジン。だが、すぐに銃口は天井を向いた。
「なんだ夏音か。ちゃんと自分の位置を臼田に知らせとけよ。撃っちまうぞ?」
「あはは・・・・・・。すいません・・・・・・ってケイ? なにその気持ち悪い格好? 今回はそんなのにしたの? もう、やめてよー」
夏音は自分の弟を見てげんなりとした。球体が変形し、足や武器に変わった姿は可愛いとは程遠い。
「これが一番合理的なんだよ。姉さんの義手と義足はカスタマイズが足りないね。せっかくだし腕を二本にしなよ。足は六本くらいで」
「そんな気持ち悪いの絶対にいやっ! ただでさえ可愛くないのに」
「ほらほら」
ジンが二人の間に入る。
「お前ら、姉弟で呑気すぎるぜ。ここは敵の真っ只中だっていうのよ」
そこへ新島から連絡が入った。
「お前ら。そこでなにやってんだ? 敵は二つ下の階だ。今俺達は屋上だから、人質は他に任せて先に行け。俺とケンさんが行くまでにあらかた終わらせとけよ。その為に夏音と圭人を連れてきたんだから」
「へいへい。分かってるよ。ほら、お前ら盾持ちは先に行けよ。階段下を制圧したら一気に行くぞ」
「はーい」
二人揃って皐月姉弟は答えた。
「やれやれ」
気が抜けた二人の返事にジンは頭の後ろを掻く。
下へ降りていくとやはり敵が待ち構えている。それを圭人が先頭に立ち、夏音と共に制圧していく。それを見てジンは自分の準備をした。ライフルの先に大きめのアダプターを付ける。
夏音と圭人が踊り場を制圧すると、ジンは向かいの部屋から撃たれる銃撃の隙を縫って前に出た。そしてすぐ様さっきつけた無誘導ロケット弾をさっきまで撃っていた敵二人の間へと放つ。
敵は慌てて左右に回避行動を取った。
それを確認したケイが踊り場から出てくる。
「姉さん。遅れないでよ?」
「ケイこそちゃんとお姉ちゃんをエスコートしてね」
圭人の後ろにピタリとついてくる夏音の右手の外殻が開いた。手首が外側に向き、そこからハンドガン型のスタンガンが出てくる。
夏音はそれをグローブを付けた生身の手で握った。
敵が逃げ込んだ通路に着くと、すぐに二人は背を向けて左右を確認する。そこには敵がライフルを構えて待っていた。
「子供!?」
男の一人が夏音の姿を見ると驚いた。
しかし圭人側の男は得体の知れない丸い兵器が迫り、恐怖から銃弾を撃ち込む。
圭人はその攻撃を夏音を守るように体で受け止める。と同時に左下方にある手が開き、金属ネットを噴射した。
「なんだっ――――」
男がそう言ったのも束の間。すぐに電流が流された。拘束され、ネットの間から出ていたライフルの銃身は、圭人から可変したセラミックブレードにより切り取られ、無力化される。
その背後では夏音が男と戦っていた。
男が、自分に向けられたハンドガンに怯え、発砲する。
弾丸はまっすぐに夏音の胸に向って行った。
しかし銃弾はAIによって予測され、外殻からスライドする様に伸びてきた防弾シールドによって防がれた。
「なっ――――?」
男は予想外の防御と、子供を傷つけなくてよかったという安堵の混じった声を上げたが、それが最後に夏音が撃ったスタンガンの餌食となった。
気絶した男を見て、夏音はほっと胸を撫で下ろす。同時にシールドは外殻の中にしゅんっと戻った。
「よかったー・・・・・・。これってほんとに作動するのか不安だったんだよね。あ、もしかしてそれをあたしで試したとか?」
「それも僕のも何度も動作実験してるに決まってるでしょ? なんならプログラムチェックしようか?」
バカにしたような圭人に夏音はむっとする。
そんな二人の間をジンが駆け抜けた。
「よくやった。さあ、残りを片付けるぞ」
マップによるとこの通路の先に大きなオフィスがある。組織のリーダーと目される人物はその一番奥にいるはずだった。
ジンの後ろを圭人と夏音がついて行った。
ジンは慣れた様子で部屋のドアを蹴飛ばした。そこに待っていたのは今までの敵の装備からは考えられないような物だった。
「アベンジャーアームだとぉっ!?」
二本のガトリング砲を腕の様に別々に動かす小型自走式戦車が机や椅子の並べられているオフィスで待ち構えていた。
ジンを蜂の巣にする為、ガトリングが回り出す。ジンは慌てて扉から離れるが、後ろからついてきていた圭人に弾丸が命中した。
「痛っ! 痛たたたっ!」
圭人はすぐに回避行動を取ったが、球体は穴だらけになる。
「大丈夫かっ!?」
ジンが大声で確認した。言ってから夏音が無事なのを見て安堵する。
「あたしは大丈夫です」
夏音はケイの後ろで言った。
「うわあ、ボコボコだ・・・・・・。あ、でもセンターコアへの被弾はないので破損箇所を分離すればまだいけます」
圭人は撃たれた箇所を一塊のパーツとして切り抜き、ボトリボトリと床に落とした。球体はその分小さくなる。
ジンはサングラスを外し、扉から少し顔を出した。
機械の義眼となった右目で状況をキャプチャーするとすぐに顔を引っ込めた。顔の軌道に銃弾が走った。
ジンは自分で分析しつつ、画像データを臼田のアイスへ送った。
「・・・・・・オートじゃないな。どっかで操ってやがる。どこだ?」
ジンはそう呟きながら画像を拡大化していくが、操縦者は見当たらない。困っていた所に新島からインカムに通信が入った。
「熱源センサーの情報をそっちに送る。操縦者が見つかり次第、お前が牽制して、夏音と圭人にその旧型を壊させろ」
「了解・・・・・・っと。居た居た。右の小部屋に一人居やがるぜ。二人ともちゃんと聞いてたな? 俺を穴あきチーズにするんじゃないぞ?」
「はーい」
夏音は手を上げる。
「ジンさんは撃たれるとチーズになるの? それはどんな過程を得て? 人体がチーズになる工程は実に興味があります」
圭人はころんと転がった。
ジンは「本当に大丈夫かよ」と不安になりながらも、熱源センサー映像から探し出した敵への攻撃タイミングを伺った。
敵は物陰に隠れ、ディスプレイ付きの端末から伸びた二本の銃型コントローラーを握っていた。
アベンジャーアームは三次大戦でゲリラに好まれた武器だ。威力の割に安価で、アナログなので知識が乏しくても使いやすい利点があった。密林に設置し、待ち伏せするのが主な使い方だ。
ジンは貫通力の高い弾を選び、アサルトライフルのマガジンを交換する。
そして小さく息を吸って、入り口の前に飛び出した。
頼りになるのは義眼に登録された熱源センサーによる情報だけだ。
ガトリング砲がジンに狙いを定める前に、ライフルで壁を打ち抜き、敵のコントローラーを破壊することに成功する。
「さすが俺だぜ」
喜ぶジン。
直後、アベンジャーアームが狂ったように左右バラバラの動きをしながら辺りを撃ち尽くす。
生身のジンは慌てて逃げる。
一方で盾を造った圭人を前にして夏音がアベンジャーアームに近づいていく。
圭人は被弾しながらも夏音を連れて行き、対人ジェルをガトリングの一つに放った。
だが、撃たれすぎたせいで制御不能となり、圭人は横回転にスリップした。
転けた圭人の影から夏音が飛び出し、呻く蛇の様なガトリング砲を左手で上手く押さえ、すぐに外装の付いた右拳を突き立てた。
どんっと音がし、拳から対戦車ライフルで扱うサイズの弾丸が発射される。
弾丸はゼロ距離でガトリングを捉え、破壊した。破片が辺りへと散らばっていく。
それを確認するとジンはすぐに先程自分が撃った壁の方へと走った。腕を負傷した敵を見つけると銃を突き付ける。
「警察だ! 死にたくなければ動くな!」
男は歯ぎしりをしたが、観念したのかうな垂れ、手を挙げた。
ジンはその男をすぐに手錠と結束バンドで縛った。それが済むと愚痴る様に男に聞く。
「全く。こんな軍事品まで持ち出しやがって。どっから持ってきた? 中共か? それともサハリンか? 武器はお菓子のおまけじゃねえんだぞ」
「問答はいい」
インカムから新島の声がした。
「早くしないとSATが来る」
下の階で抵抗を続ける敵を含めばこれで10人を無力化した。熱源センサーで確認された全員だ。
そのせいか新島とジンの声からは安堵の色が混じる。夏音は中破した圭人の元に駆け寄り、心配した。
「ケイ、大丈夫?」
「その心配は僕にしてるの? それともこのオートマタにしてるの? その境界線が実に曖昧だよね。肉体への心配か、精神への心配か。まあ多分今は前者なんだろうけど」
「はいはい。大丈夫なんだね」
心配して損したと夏音は肩をすくめる。
圭人は「これは重大な問題だよ」と抗議した。
その横を先程拘束した男を肩に担いだジンが通っていく。
「俺はこいつを上に届けてくる。ケイは後で回収するけど、夏音はどうする?」
「ここに居たらSATの人達に撃たれたりしませんか?」
夏音は不安そうな笑みを浮かべる。ジンは男を担ぎ直した。
「それくらいの話は新島がつけてくれるだろうよ。どのみちあいつらに女子供を撃つ度胸はねえがな。警察ってのは軍人とは違う。公安を除けばな」
「ケイは? お姉ちゃんに居て欲しい?」
夏音はそう聞き、ジンも圭人の方を向いた。
圭人は被弾した体をバチバチとさせながら答えた。
「別に。いることによるメリットはあまりないからね。多分このオートマタは被害状況のデータを取ったら破棄されるだろうし。でも、もし再利用されるならあまり他人に触らせたくないな。何せ警察っていう組織はアナログだからね」
「なら居てやれ。どうせすぐに新島が来る」
そう言ってジンは部屋から出た。
その時だった。
急にドアの上の天井から防火扉が降りて来た。
それに気付いたジンが男を放り投げ、急いで夏音達のいる部屋に戻ろうとするが、間に合わない。すんでのところで防火扉が通せんぼうした。
「なんだって言うんだ!?」
ジンが叫ぶと新島から連絡が入った。
「どうした?」
「ガキ共が閉じ込められた! 見たとこただの防火扉じゃない。対テロ様の防弾仕様だ。クソ! どうなってやがるっ?」
「分かった。今そっちへ向かってるとこだ。お前は首謀者を見張っていろ」
「・・・・・・了解。くそ!」
ジンは苛ついて近くにあったデスクを蹴飛ばした。それを拘束された男が倒れて見ていた。
男の挑発的な目にジンは苛立つ。
「何だよ?」
「・・・・・・お前らはテクノロジーに支配された人間だ。AIと機械に頼り切った奴らほど、愚かな者はいない。それを何故理解出来ないんだ?」
「そいつがお前らの宗教か? 時代に合わせて道具を使うのが人間だぜ。今は石器時代じゃねえんだよ」
「・・・・・・その右目では真実は捉えられないんだな」
ジンは男が睨む自身の機械化された右目の下を軽く撫でた。
「失明したままか、状況を電子信号で映像化したものを脳のデバイスで読み取るか。どっちがいいかなんて本人次第だろう。これなら誰にも知られずにポルノを見られるしな」
にやりと笑うジン。そのジョークは男の神経を逆なでした。
「それが偽りだという疑心はないのかっ!?」
「当然あるさ。だが問題は気の持ちようだ。いつだってそれが大事なのさ。それよりだ」
ジンは鍛えられた太い手で男の胸ぐらを掴んで持ち上げた。男は苦しそうに唸る。
「あれはなんだ? ここにきて悪足掻きか?」
ジンは防火扉を顎でしゃくった。
今のところ、これといった異変はないが、中との通信は遮断されている。
男はジンを睨んだ。
「足掻きというなら、我々の行為は全てそうなんだろう。だが、それを止めることはない!」
「答えになってねえよ」
ジンはそう言うと男を投げ飛ばし、転がった男にホルスターから抜いたハンドガンを向ける。
「お前らの目的はなんだ? あいつらを隔離して何しようってんだ? 喋らないなら喋りたくなる様にするぜ?」
銃を見た男からは汗が噴き出し、息が早くなった。
想像した以上の恐怖が男を巡る。男は大きく二回深呼吸してから悩んで、目を瞑って答えた。
「・・・・・・・・・・・・同士が・・・・・・」
「まだ仲間が居るって言うのかっ!? くそったれ! 熱源センサーに引っかからない装備なんて持ち合わせてるのか? お前らどっかの特殊工作員かよっ!?」
男の一言でジンは素早く状況を飲み込んだ。防火扉をライフルで撃ってみるが、傷がつくだけだった。舌打ちをして新島に報告する。
「やられたぜ! 奴ら最新の迷彩装備か何か持ってやがった。夏音が危ない!」
ヘリの中で通信を聞いていた新島に顔つきが変わった。
「くそ! 想定が甘かった」
矢頼は無言で目を細める。
するとヘリの操縦席から新島と同い年の二枚目、板見が顔を出した。爽やかな微笑を浮かべた板見はモデルのようなスタイルをしている。
「だから言っただろう。この状況はドグマゼロの予測序列二十四位に該当する。夏音ちゃんを連れてきたのは間違いだったね」
「揚げ足取りはあとだ。油断しやがったな、バカ夏音」
新島がヘリのドアを叩いた音がジンのインカムから聞こえた。
ジンはふぅっと息を吐き、夏音と圭人が閉じ込められた防火扉の先をじっと見ていた。
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