1-3 渡利
テロリスト渡利浩治はデスクの机に座り、手に持った日本刀を眺めていた。明かりの類いは消してあるが、外のビル群から光が入ってくるせいで室内は薄明るい。
白髪をオールバックにしているが、まだ三十程の年齢だった。白のタンクトップに古いジーンズを履いた筋肉質な渡利には右目の下に傷があり、何かを思い出すようにそっと触れた。
(こんな世界は間違ってる・・・・・・)
渡利が日本刀の柄をぐっと握った時、外部から通信が入った。
「あと少しで終わるかな。色々騒がしいみたいだけど、まあどうにかしてよ」
少年の声はそれだけ言うと通信を切った。それは渡利にしか聞こえていなかった。
「同士」
一人の男が渡利へと近づいて来た。迷彩服を着た顔の四角い男は渡利に敬礼した。
渡利が彼の方を向くと彼は報告を始めた。
「警察の特殊部隊と思われる者が屋上から侵入した模様です。今、仲間が応戦しています。それに下のSATも動きがあると連絡が」
「・・・・・・そうか」
「我々はあなた同様死ぬ覚悟です。必ずや革命を成し遂げ、この腐敗したAI社会に鉄槌を!」
男は目を輝かせて拳を握った。その口調は自分の行動に心底酔っているようだった。
「無論だ。俺達は命を賭けて革命を達成する」
渡利の言葉は実に感情の乏しいものだったが、仲間の男には雄々しく聞こえた。
「おお! それでこそです! 同士についてきた同胞も報われるでしょう!」
彼らは皆、ネットで出会った活動家だった。身元の割れないダークウェブで知り合い、今日までに何度か集会を開いていた。自らを日本最後の地下ゲリラと自負する彼らは公安にチェックされていると知ると、半ばヤケ気味にデノクシー強襲を共にしたのだった。計画は全て渡利が立て、実行すると現実になった。それは彼らの忠誠心を確かなものにした。
「・・・・・・誰も殺してないだろうな?」渡利が尋ねる。
「はい。同士の言う通り、一般人に危害は与えていません」
「よし。それでいい。血を流すのは俺達戦士だけで十分だ」
戦士。
その響きは男を更に酔わせた。もう革命を成し遂げたような嬉しそうな顔をしている。
「それでこれからどうしましょう?」
「言った通り籠城だ。今、政府と話をしている。これ以上支持率を落とされたくないあいつらは必死だ。警察を退けられたら自衛隊を投入するしかないが、そんなことをすれば反戦を掲げる野党が黙ってないだろう。こちらの要求を飲んでAI規制法案を今の国会に提出させる。計画は順調だ。今頃官僚は提出する為の法案作りに走っているだろう」
「おお! なら当然恩赦も!」
「ああ。間違いない」
この浮き世離れした話を信じる者は地球上でここにしかいなかった。その男は歓喜した。
「さっそく同士達に伝えなければ。ここを守れば勝ち。そういうわけですね?」
「ああ。だからこの部屋には誰も入れるな。お前も外の守りを固めてくれ」
「了解しました!」
喜んだ男は意気揚々と仲間達の内線に先の内容を伝えた。
「同志諸君! 革命の朝は近いぞ!」
大声で笑いながら部屋を出て行く男の背中に渡利は苦々しい視線を向けていた。
「・・・・・・やはりこんな世界は間違ってる・・・・・・」
渡利の呟きを聞いた者は誰もいなかった。
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