1-2 零課

 そのオートマトンは丸かった。

 小学生がする大玉転がしの玉より一回り小さい金属の球にはセンサーが多数搭載されている。中身は複雑怪奇で開発した技術者でなければどうなっているかさえ分からない。

 状況によって柔軟に形を変える為、所々に継ぎ目が見える。液体金属と最新ポリマーが主材料で、剛性より柔軟性を重視している。球体なのは移動効率を上げる為で、普段はどんなに揺れても中のセンサーによりその場で止まっている。

 軍用ヘリコプターに積まれたそれは、新島の指示を仲間と共に待っていた。

「ジンさん」

 球型のオートマトンは少年の声で仲間の名前を呼んだ。表面のディスプレイが小さな光の線を一周させる。

「なんだよ圭人。怖くなったか?」

 ジンと呼ばれた大男はいじわるく低い声で笑った。

 GIカットサングラス。四角い顔はいかにも軍人らしかった。歳は新島と同じか少し上くらいだ。特殊部隊に支給される黒い戦闘服に防弾ベストをつけている。腰のホルスターにはハンドガンが入り、足にはナイフが隠されていた。手には最新のアサルトライフルと、どう見ても軍人に思える装備をしていた。

「ちがいますよ」圭人は否定した。「遅いですねって言おうとしたんです。どうやら姉さん待ちみたいです。まだ装備が可愛くないってごねてるんですよ」

 それを聞いてジンは口を開けて豪快に笑った。

「ガハハハ! テロリスト相手にドンパチしようって時にか? 肝が太いねえ」

「ジンさんは、怖い?」

「あん? そりゃあ怖いさ。相手が素人だって死ぬ可能性はある。むしろ素人だから怖いね。なにが飛び出ててくるか分からんからな。一度でも戦争に行けば分かる。こんな風に皆でヘリに乗って行くと、誰か欠けて帰ってくるんだ。次は俺かもしれない。誰もがそんなことを思うのさ」

「欠落による恐怖の集団保有ってことですか? 自分達を一つの生き物とみなしているの?」

「お前はどうも難しい言葉が好きだな。恐怖と悲しみ。この二つだよ。そしてなにより怖いのは、人はその二つに慣れちまうってことだ。帰ってビールを飲んで寝れば、次の日にはこれが世界だって諦めがついちまうのさ」

「ふ~ん。なんでだろう。記憶が劣化するのかな? それはハード面で? ソフト面で?」

「さあね」

 ジンは肩をすくめ、話をやめた。圭人はそれからしばらくぶつぶつと呟きながら考えていた。

 そこへ眼鏡をかけたYシャツに黒いズボンのサラリーマン風な男が操縦席からオート操作にしてやって来た。

「圭人。こんな時になに言ってるんだ?」

「あ、吉沢さん。吉沢さんはどちらだと思いますか? 記憶は感情によって消えるとして、それは脳機能が持つ自動的な機能なのか、忘れようと思って消える能動的な機能なのか」

「どっちでも一緒だろ? 結局消えるんだし。けど人は嫌な記憶を残さないようになってるって聞いた覚えがあるな」

 吉沢は持っていたカップに入っていたコーヒーをゴクリと飲んだ。

 ジンや矢頼、そして新島と比べて、吉沢はどこか普通人らしかった。それは彼が戦闘とは縁遠い技術班に所属されているからからかもしれない。吉沢は彼らが持つぴりぴりとした雰囲気を共有していなかった。

「じゃあ自動的な機能なのかもしれませんね」

「お前、よく出撃前にそんな話できるな? やっぱりオートマトンだからか。俺も本部にいたいなあ。こんな時代なんだから、国も人型アンドロイドの使用を認めたらいいのに」

「でも人型って不便ですよ。手も足も二本だし、エネルギー効率も悪いし」

「それでも人間は人型を操ってるのが一番気持ちがいいんだよ。お前だってそうだろ?」

「まあ気分は出ますね。だけどこういうのに慣れれば腕がもう二本欲しいなあとか思いますよ」

 そう言うと球形のオートマトンの上部が変形し、指が三本しかない腕が六本出てきた。圭人はそれでじゃんけんをしている。ずっとあいこが続いた。

「そういうもんかね。まあ車なんて腕も足もないけど、操ってる感じはするもんな。今じゃあ自動走行が義務づけられたから昔の話だけど。昔はよかったよ。スマホとか圭人は知らないだろ?」

 吉沢はもう一度コーヒーを飲んだ。

「クラウドデータベースにあるからどういうものかは知ってますよ。触ったことはないけど」

 二人の緊張感が欠けた会話にジンはやれやれと立ち上がった。

「お前らの話を聞いているとやる気が削がれる。夏音はまだか?」

 ジンは苛立ちながら天井に取り付けられたスピーカーを見上げた。

 するとちょうど臼田の声が聞こえた来た。

「新島さんからOKでました。行けるならそっちのタイミングでどうぞ」

「おう。遅えよ。圭人。行くぞ」

「了解」

 圭人は三本の右手で敬礼し、また綺麗な球形戻る。ヘリのハッチが開くと、ジンはそちらへ向かい、後ろから圭人がゴロゴロと転がってきた。ジンが振り向く。

「お前に踏み潰されたら困る。先に行って安全を確保してこい」

「はい。じゃあ、いってきまーす」

 圭人は躊躇なくゴロゴロ転がり、そしてヘリから落ちた。それを見送ったジンは呟いた。

「・・・・・・憐れんじゃあ、いけないんだろうな」

「さあ」吉沢は答えた。「でも子供がいる身としては、ああなって欲しくはないな。体も、無機物的な思考もね」

「ふん。お前ら科学者のせいなんじゃないのか?」

「俺らにそんな力はないよ。あるとしたら、あの子がリンクしてるドグマゼロが影響しているんだろう」

 そう言って二人は黙って遙か下を見つめていた。そこは上空5千メートル。中層雲が足下にある世界。少し経つと圭人の声がスピーカーから響いた。

「屋上の制圧完了しました。降りてきても大丈夫ですよ」

「おう。じゃあ行ってくるよ」

 ジンはそう言ってヘリから飛び降りた。小さくなる背中に吉沢は「いってらっしゃい」と告げ、コーヒーを飲み干した。そしてコックピットに戻り、AIに告げた。

「さあ、こっちも移動だ。あいつらのサポートするぞ。オメガⅡ。気付かれないようにゆっくり降ろせ」

『了解しました』

 オメガⅡと呼ばれたヘリ用AIが抑揚のない男の声でそう答えると、ヘリは移動を開始した。

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