週一創作ワンライティング

競走路《トラック》の桜

第18回(4月8日〜)

お題

・満開

・優しく

・薄着の君/あなた

・覚えていますか?

・あつい(暑い/熱い)くらい








 まだ4月の初めだというのに暑いくらいの日差しの下、大学の新しくなったばかりの陸上トラックが白線を輝かせていた。脇の緑の芝が、その目新しさを際立たせる。

 ひさびさの長距離に胸を躍らせる反面、受験期間で衰えたこの身体で走れるのだろうかと不安が頭を過ぎる。緊張で、あくびが止まらない。かみ殺して、目を瞑って、静かに息を吸ってやる。花粉の香りが鼻を突いて、少しくしゃみをした。


 軽く、グラウンドを走ってみる。踏み入れた地面は、柔らかい。コンクリートに慣れたこの足に、新品のトラックは幾分柔らかい。跳ねる。足が上がる。進む。優しく髪を撫でる風が、心地よい。

 でも、息があがってきたくらいが、長距離走は一番楽しいのだ。まだ、身体はそれを覚えている。

 喉の入り口が乾いて、唾も飲み込めなくなって、砂混じりの冷たい風が口に当たるとき。熱い吐息が、自分の肌で感じられるとき。もう、足も呼吸も、疲れが峠を越えてしまったとき。

 途端に、カッと、身体が暑くなって、確かに、自分は風になるのだ。

 足は意識しなくとも動く。無限にどこまでも行けるように思える。腕が、風を切って、滑らかに、でも確かに前に推進力を生み出す機関となる。視界にはもう青空しか映らない。重荷という名の身体が消えた空間で、確実に強く前に進もうとしているものがひしと感じられるのだ。

 その瞬間が、最高に、心地よい。


 が、現実は永遠を許してくれなかった。しばらくして接地した瞬間に、突然戻ってきた重力に、ガクッと、膝が崩れ、ぐらりと肉体が倒れた。変に曲がった足首が悲鳴をあげている。邪魔にならないよう急いでトラックを去って、処置を受けるためコーチの元へとゆっくり歩いた。


 足首を、氷で冷やしてもらう。背中に受ける夏のような日光とは対照的に、ひんやりと冷えた足はかじかんで冬を思い出していた。

「覚えていますか? 2年前、初めてあなたがここに来たときのこと」

「張り切りすぎて足痛めたやつですよね。よく私を覚えてましたね」

 薄着の君は、にへらと笑った。2年前は一緒に走っていた君も、今はコーチとしてここにいる。

 生まれて18年もすると、いろんな道があるんだな、と、なんとなく天を仰いだ。


 満開の桜は、まだ咲き誇っている。

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週一創作ワンライティング 武上 晴生 @haru_takeue

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