秋の蝉時雨

第9回(8月27日〜)

お題 ・雷 ・灰色 ・嘘つき ・秋の気配 ・「君(あなた)の為なら」







 重苦しい灰色が空を覆うと、あっという間に景色は暗転した。仄かに香る秋の気配も、雷雨にかき消されてしまった。

「天気予報の嘘つき」

 つぶやいて、また歩く。目的はない。行き先もない。まだほんのりと温かさの残る缶コーヒーを手のひらで包みながら、ひとり街を行く。


「君の為なら」


 いつかの幻聴が脳内を騒がす。


「君の為なら、なんだってする」


 そう言った彼は、今何処。ちらと森を横目にみる。生き物の気配もない。

 夏の蝉時雨。断末魔に泣く命。蝉語が分かるなどという妄想。やたらとぶつかる彼の声。


「だって、ニンゲン、君らも泣くじゃないか。大切な仲間を探して」


 確かにあの日は泣いていたよ。訳もなく、虚しくなって。孤独に生きる定めに、心が悟って泣いていた。


「水から出たらね、ヒトは泣くんだ。土から出た、ボクらも鳴くんだ。でも、ボクら、なけるのは一度きり。ニンゲン、君らは、何度でも鳴ける」


 蝉のクセに、生意気な。頭をコツンと弾いてやった。慌てて羽ばたく不恰好な姿は、どの個体とも区別はつけられない。

 それでも、幾度も背中につくのは、彼でしかなかった。


「君を見てると哀しくなるんだ。素直になけない君が愛おしくなるんだ」


 だから僕に引っ付くのか? 指先に彼を乗せてやる。枯れ葉にも似た身体には、もう幾日とない命の色が刻まれていた。



 雷鳴の隙間から、ジジ、と何かの音がした。足元で固まるコイツは、彼だかどうだか分からない。そっと缶を寄せてやる。夏の温度を見失わないように。

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