あなたの星はここにはない
第6回(7月30日~)
お題 ・謎 ・細い ・叶わぬ恋 ・一人で帰ってきて ・「それはダメだ」
もうすっかり空気も冷え切った青空の下に降り立つ。駅のホームから見える景色は、枯れ葉色に包まれていた。人に揉まれてはストレスで燃えていた身体も、風を受けて抜け殻になってゆく。
いつもの癖で、ケータイを開こうとする。しかし、メールの着信を知らせる青い点滅を見て、諦めてしまった。まだ、結果が出る時期ではない。分かってはいるけど、やっぱり家に着いてから開こうと思ってしまうのだ。
結果、家、夏、小説……
頭で言葉が勝手に回りだす。言葉に影響され生まれた漠然とした情景が視界の景色と混ざり合う。
あっ、と声を出しかけた。一人で帰ってきてしまった。今更になって気付くとは。しかし、今日もやっぱり諦めよう。ここまで来てしまったのだし。もう電車も混み始めるし。こうして何日も置き去りにしてしまったことは、我ながら情けなく思えて仕方がなかった。
「それはダメだ」
覚えのある声がした。人のいなくなったホームで、恐る恐る振り返る。フェンスの先の青い草原、下りかけた太陽、そして、細い身体に白い服を身につけた、謎めいたオーラを放つ、夏の人。
「そうやっていつまでも逃げ続けやがって。少しは猛省しろ」
「少し猛省って何ですか……」
まさしく、僕の置いてきぼりにした人だった。
その人との出会いは、唐突だった。今年の夏休みのことだ。
その日も、高校の講習に向かう途中、片手を吊革のリズムで揺らしながら、片手で文章を紡いでいた。
「それはダメだ」
あまりにも突然のことで、幻聴か何かだと勘違いした。しかし、紛れもなく、これは僕に向けられた言葉だ。背中に感じる視線がそう言っていた。
「何でそうやんわり書くんだよ。結論がさっぱり読み取れない」
物語を書くからにはそこに何かしらのメッセージが込められている。国語の授業でそう聞いたから、ストーリーに意味をつけるようにしていた。それが、きっぱりと否定されたようで、むしゃくしゃしてきたのでケータイの画面を閉じた。
「そう怒りなさんな。ある程度読んじゃったし、あんたのIDも控えたから。公開したら感想やるよ。どうせなら面と向かってさ」
あんたと同じ部活だから、夏の終わりにでも声かけてくれ。そう残して、次の駅で消えてしまった。ちらと後ろ姿を見ると、その人は、今は無き文学部の部長だと分かった。白いワンピースが、青空に溶けて見えなくなった。
そうして暦は早くも冬になり、夏が終わったら話す約束も先延ばしにしたまんまになった。
最寄り駅までもが同じだったのに、よく今まで会わなかったな、とも感心してしまう。
「では、感想を言ってやろう」
彼女がこちらへ向かってくる。少し身構える。しかし、彼女はそのまま横を通り過ぎていく。
「評価は良かったようだが、あいにく、恋愛ものは苦手でね」
風が、耳元をくすぐった。あと少しで崩れ落ちそうな涙腺を、手で覆って隠す。ゴトン、と音を立て落ちたケータイの、青く明滅を繰り返す光は、涙色の☆の通知だろう。
目をこすって、天を仰ぐ。叶わぬ恋は、冬空に消えた。
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