暗闇と光と僕

第1回(6月23日~)

お題・停電 ・大人に ・名前 ・夜 ・「怒ってないよ」






「会いにきたよ。約束通り」


 声がどこから聞こえてきたのかは、はっきりとは分からない。ただすぐ近く、目の前に、いや、足元かもしれないが、人がいることだけは確かになった。大いに安心した。この暗闇の中で、顔も名前も分からないが、道連れがいるというその事実だけで案外心は静まるものだ。いい大人が夜におびえる姿はいささか笑えるかもしれない。しかし、少し言い訳をさせてくれ。何しろ帰宅中、たった一人の道を歩いていたときにいきなり辺りが見えなくなったのだから。街路灯も、家の明かりも、街全体が光を失っていた。ほのかに星の光だけがあるようだった。目が慣れるまでしばらくは何も見えず、動くこともままならなかった。不思議なのは、停電と同時にこの携帯の画面も真っ暗になってしまったことだ。充電はあったはずなのだが。そこからしばらくずっと、普段は何気なく通っているが、どこだか知らないこの道をゆっくりとさ迷い歩いていたのだ。何よりも不安というのを感じ続けた、とても長い時間であった。そんなとき、この声が現れたのだ。この暗がりに自分独りなのではないと分かったのは、何よりの救いであった。

 感動に浸るのはこれくらいでよそう。少し、不可解なこともある。もう一度思い起こす。声は言っていた。会いに来た、と。約束だ、と。


「覚えてないの?」


 こちらの表情を汲み取ったように、声の主が問い掛ける。脳が凍りついたように働いてくれない。口から絞り出せたのは、誰だ、という一言だった。


「……昔、この街じゃ明るすぎて、流星群は見えないって言われて悲しんでた人」


 何かが弾けた。外にでて、首が折れるほど天を仰いだ、小さな子供が目に浮かぶ。


「あのとき、光だけにたかる大人に、涙したのは誰だっけ?

光に依存するやつらに、夜の美しさを見せてやるって、願ったのは誰だっけ?

もし僕がそんな大人になってたら、げんこつ喰らわして怒ってやるって、約束したのは誰だっけ?」


 僕だ。僕のことだ。まだ幼い僕だ。


 天を仰ぐ。ずいぶん背丈は伸びたのに、星にはいっこうに近づいちゃいない。溢れる輝きが、ただ、眩しかった。


「ごめん。怒ってくれ」


 しゃがんで、声の方につむじを向ける。百恵には望んだ堅い拳の衝撃のかわりに、小さな手のひらのぬくもりを感じる。


「怒ってないよ」

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