週一創作ワンライティング
武上 晴生
地下のヴァンパイア
第17回(10月22日〜)
お題・欲・人混み・頭が痛くて、・一回やってダメだった・こんなに美味しい◯◯ははじめて
欲にまみれたこの箱の中は、人混みなんて言葉で済まされるもんじゃない。片方のつま先と一本の中指で支えるこのちっぽけな身体の上にかかる重石は、黒スーツ何個分だろうか。皆が居場所を作ろうと必死で、誰もが自分以外を知らない。これでもかと肉体を押し合いへし合い、無言の視線で周りを威嚇する。この空間にいるモノは全て邪魔以外の何者でもない。満身創痍のこの身体に更に刃先を立てていることなんて誰も興味がない。もうそろそろ限界だ。今日の学校は諦めよう。一度降りたら二度と戻れないこの箱を見捨てる選択を決めた。これで一人分の猶予が出来るのだから、許してほしい。無理に人を押しやる流れに便乗して、狭苦しいドアから脱出した。
頭が痛くて、心が痛くて、ベンチに座るとすぐさま病院でもらった漢方を胃に放り込む。最初の頃なら、半分の服薬で、傷も痛みも全部凍らせ感覚を亡くすはずだった。一回やってダメだったなら何度も飲むべし。気付けば、三袋でもってようやく治まる身体になっていた。
暗い駅のベンチでまた、通り過ぎる鉄の動きを眺める。入れ替わり立ち替わりで周りにたむろする連中は変わっていく。時間とともにだんだんと人の数は減っていく。いつまでも地下は明るさを変えないので、頼りになるのは箱から出てくる人間の頭数だけだった。ベンチには隣に一名だけが残る。
そろそろ昼にでもなっただろうか。いや、そうでなくても朝食くらいは腹に含ませてほしい。何気なく手首を触って、そこにある円盤に目を遣った。ああ。そういえば時計なんていう文明の器具もあったではないか。二重に透けた腕輪に焦点を合わせる。時間を示す画面が赤く汚れている。僅かに横に目をずらすと、指先から赤い液体がぷっくらと姿を現していた。どこで切ったのだろう。さっきの薬の袋か。一人合点をし、立ち上がろうとする。ふと、指先に気味悪い冷たさを覚えた。背筋が凍りつき、金縛りにでもあったように中腰で動きを止める。
「……こんなに美味しい○○ははじめて」
声は、ずっと座っていた隣の人物からだった。そいつは赤い舌をちろっと見せると、その蒼白い頬を緩ませてみせた。
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