第2話 排便ワープ
20XX年、人類は未曾有の危機に瀕していた。
トイレに入るとランダムでワープが行われるようになったのだ。
これを読んでいる人には、何を言っているのかわからなくなっているのかもしれない。そうであると願うばかりだ。
トイレ、つまり人間が排泄物を出す場所一般である。世界にはさまざまな形のトイレが存在するが、形は関係ない。あなたがトイレに入ってつかの間の安息を楽しもうとしたとき、具体的に言うと排便が起こった瞬間にそれは発生し、今までいた場所から地球上のどこかに移動する。アフガニスタンのトイレから自由の女神の松明の上に移動することもあるし、急に海中に沈むこともあるという。ピラミッドの隙間に挟まって餓死した人もいるという。必ず発生するわけではなく、概算では100万回の排便に1回ほど人が消えているというが、真相は明らかでない。なぜか排尿のみの場合は起こらない。
排便は生命維持に不可欠な行為であり、避けることはできない。ストーマを形成して肛門以外の場所から排便をしたとしても関係なく起こり、対処方法は未だ不明である。原因は不明なまま大小さまざまな事件が発生し、世界はパニック状態となった。
せめて家族や恋人と離れまいと、同時に排便するよう示し合わせる人も増えた。同じ空間である程度同時に排便した場合、ワープ効果は全員にかかるという。公共トイレにいた人間が全員いなくなった例もあるらしい。
ストーマを作ればタイミングを揃えられるんじゃないか、なんて言う人もいるだろう。しかし現在、人工肛門増設手術は3年待ちとなっている。このような事件が起こり始めてから今まで、病院には人が殺到している。また、排便のタイミングがどこでカウントされるのかは情報が集まっていない状態だ。何しろ事件が起これば人はどこかに消えてしまうのだから。
今、僕には恋人がいる。いや、いた。こういえばお気づきかもしれないが、彼女は消えてしまったのだ。事件が報道されるようになってから、僕らはなるべく同時に排便するよう示し合わせていた。座薬を使いタイミングを同期していたのだ。それなのに、彼女は一人で消えてしまった。僕が便秘だったため、うまくタイミングに乗れなかったそのときにたまたまワープが起こってしまったのだ。
彼女は生きているのだろうか。地球は広すぎるし、七割は海。一度大切な人をワープで見失った人は、諦めている場合が多い。だけど、僕は諦めるつもりはない。
最近、ワープの位置には偏りがあるというデータが集まってきた。上記の自由の女神の松明も、海中のポイントも、ピラミッドの隙間も、これで100人ほど見つかっているという。それを受けて、一度ワープ者が見つかった場所には救援隊が常駐するようになった。それでも発見されているポイントは数少ない。僕が彼女を助けにいくしかない。
こうして僕は日夜努力を続けている。酸素ボンベとドリリングマシーン、フリーズドライの食事をトイレに常駐させ、排便するときに必ず身につけるようにしている。なによりも規則正しい生活、食事、運動、そして排便。いつか、彼女が見つかることを信じて。
お題:行き止まり・尋ね人・隙間
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