邂逅
その時、一瞬だけ九条先生の表情に動揺が現れたことを、俺は見逃さなかった。
『……実はわたし、お医者様から『きみは二十歳まで生きられない』と告げられています』
以前に華子が言ったその言葉を、思った以上に俺は気にしていたらしい。
今の九条先生の様子からして、それはあながち間違いでもないのだろう。
だから、もう少しだけ、ツッコんでみる。
「質問を変えます。華子は、ハタチまで生きられるんでしょうか?」
「……」
「答えてくれないってことは……」
「……そんなの、わかるわけもないだろう。神のみぞ知る、だ」
これは九条先生の本音か、それともあきらめか。
「ただ、心臓移植の予後というものは、きっちり管理するならばそう悪いもんじゃない。実際、国内では10年生存率が9割程度まであるんだ」
「……なら、華子は」
「だが楽観はできない。いいか、今のハナちゃんは奇跡と言っていいくらいの良好な状態だ。だがな、その奇跡というものは、いつ消え失せてしまうかわからないあやふやなものなんだよ」
「……」
「私の仮説通りなら、キミの妹さんとハナちゃんの心のシンクロが何かの拍子に消え失せてしまったら、ハナちゃんの心臓はどうなる?」
「……」
「そういうことだ。今の医学で証明できない事項をどうにかできるわけがない、理解できたか。もしもそれを何とかしたいなら、さらなる奇跡が起きることを祈るしかない。私たちみたいな凡人はな」
淡々とした、それでいて不安さもふがいなさも含むような九条先生の語り口。
「つまり……奇跡をさらに起こせば、いいんですね?」
「そうそう起きると思うのか?」
「わかりません。でも、奇跡は俺の周りで二度も起きました」
愛美の心臓と記憶を受け継いだ華子が俺の目の前に現れたことも。
華子と一緒に、愛美の声を聴いたことも。
俺に。
愛美を救えなかった、ふがいない兄に、訪れた奇跡なんだ。
だから。
「もう一度くらい、奇跡が起きてもおかしくはないでしょう? おばあちゃんになった華子が、縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲んでくつろぐ、そんな未来が訪れる奇跡が」
「……岸川君」
「もう俺は、愛美の心臓を受け継いだ華子を、ただ見ているだけでは済まされないんです」
そう断言した俺に、九条先生が鋭い視線を向けてくる。だが、目をそらすもんか。
「俺は、愛美が事故に遭った時、何もできなかったんです。兄として本当に情けないくらいに何もできなかった。だから、もう同じことを繰り返すわけにいかない」
「……そうか。そうだな。もし奇跡を起こせるとするならば、岸川君。それはきっと君にしかできないことだろうと思う」
「九条先生……」
「だがな、岸川君。ハナちゃんはキミにとって、どんな存在なんだ?」
「……え?」
「今のいい方からすると、キミは妹さんを救えなかったことを後悔しているのだろう。そして、ハナちゃんを救うことで、その後悔から解き放たれようとしていないか?」
「!」
「ハナちゃんは……たとえキミの妹さんの心臓を持っていたとしても、キミの妹の代わりじゃないんだぞ」
駄目だ、思わず目をそらしてしまった時点で俺の負けだ。
そんなこと、わかってる。
わかってるんだ。
だけど。
疑問もある。
華子は、もし愛美の心臓を受け継いでいなかったら。
俺とは出会うことなく、一生を終えたはずなんだ。
そう。
愛美が死ななければ、俺と華子は──知り合うことがなかったんだ。
じゃあ。
華子は。
華子の存在は──俺にとって、なんなんだろうか。
「……っと、余計なことを言ったな、私らしくない。すまん、忘れてくれ」
「……」
「キミを悩ませるつもりなどなかったんだ。そんなに深く考えなくていい」
らしくない九条先生のフォローが入ると同時に、休み時間は終わりを告げた。
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