先輩の、気持ちは
「……」
保健室を出てからというもの、俺の足取りはやたらと重い。
いくら悩んでも答えが出ない問題じゃないはずなのに。
これほどまでに、部室に行きたくないと思ったのは久しぶりだ。
「……ハナコ、か」
出会いの時から、やたらと距離の近かった女子。
こちらが離れようとしても、それ以上に距離を詰めてきて。
気づけば、同じ部活の先輩後輩、っていうだけじゃなく、仲良くなれたように思う。
妹を、愛美を思い出させる存在であることは確かなのだが、だからといって愛美の代わりというわけではないし、代わりにしようなどとも思わない。
──じゃあ、どうすればいいのか。
もちろん、誰もがすぐ思い浮かべることができる一番単純で明確な答えはあるのだが、それを選ぶことも何か違う気がして仕方ないんだ、今の俺は。
ガシッ。
「せーんぱい♪」
「のわっ!?」
トリップしていた俺の頭は、突然誰かが右腕に抱きついてきたことで現実に引き戻される。
「何ぼーっとしてるんですか。まるでモテない陰キャのような歩き方でしたよ」
「他方面に喧嘩を売るような発言すんなよ華子! しかも俺は全くその通りのキャラだからな」
「えー? せんぱい、モテてるじゃないですか」
「誰にだ」
「こーんな可愛くてキュートでプリティーなわ・た・し・に」
軽く頭を小突く。
本当に軽くたたいただけだったのだが、華子の頭の中が空っぽだったせいか、乾いたきれいな音が廊下に響いた。
「いたっ!」
「そんなに強く小突いてないだろ。自分で言うなバカモノ」
「ありゃ。せんぱいは、嬉しくないんですか?」
「……」
そこで黙り込んでしまったら、俺の負け。華子が余計に調子に乗ってしまうだけだ。
「えっへっへー、やっぱりせんぱいは素直なんですねー!」
「……素直とは初めて言われたわ」
「だって、いろいろ態度に出まくるんですもん。きょうは部活、行くんですよね?」
「……」
「部活さぼるつもりなら、この腕は放しませんよ?」
「……わかったよ」
まったく。
このノーテンキさは、愛美のそれとはまるで違う。
でも、こんな俺にここまで好意を示してくるのは、愛美にそっくりなわけで。
きっと愛美の心臓が、華子に……
…………
そうだ。
なんで俺は今まで気づかなかった。
もし華子が、愛美の心臓を受け継がなかったら。
華子はこんなふうに俺に抱き着いてくれただろうか。
華子が、こんなに人懐っこく俺に笑顔を見せてくれただろうか。
──答えは、否だ。
「わっ! ……せんぱい?」
いきなり立ち止まってしまった俺の腕につかまっていた華子が、つんのめりそうになって慌てて体勢を整える。
「どうしたんですか?」
「……」
俺の表情を見て、なにかが違うと感じたのか。
華子は、心配そうな瞳で俺の顔を見てきた。
そんなことはお構いなしに、俺は華子の手を強引に振りほどく。
「きゃっ!?」
手を振りほどかれた華子は、そのまましりもちをついた。
そこでハッとする。
……そうだった、いちおうこいつはそれなりにかよわいはず。何やってるんだ、俺は。
「……すまん」
「……めいわく、でしたか?」
「……」
何が迷惑なのか。
俺の許可も得ずに、腕に抱き着いてきたことか。
俺になれなれしい態度で接してきたことか。
──それとも、俺と知り合ったことが、か。
もう頭の中がぐちゃぐちゃになってしまい、うまい返しすらもできない。
華子に手を差し伸べることすらもためらわれた。
「ごめん、なさい」
「……いや、俺のほうこそ突然すまない」
「ごめん……なさい」
俺が手を差し伸べないと悟った華子はゆっくりと自力で立ち上がって、叱られた子犬のようにしょんぼりしている。
それでも、俺のそばからは、離れなかった。
―・―・―・―・―・―・―
正直なところ。
俺の頭の中はもう部活どころじゃないのだが、さっき華子に部活に参加する意思を示した以上、顔くらいは出さねばなるまい。
そうして部室のドアを開けて、最初に目に入ってきたのは。
「う、ううっ……ふぇぇ……」
なぜか顔に手を当てて泣いている夕貴先輩と。
傍らでそれを慰めるようにたたずむ北島美春先輩の姿だった。
ただでさえ頭の中がぐちゃぐちゃだってのに、滅多にないシーンを目の当たりにして、混乱に拍車がかかる。
「……あのー、どうしたんですか?」
俺が一言も発しなかったせいか、じれた華子が代わりにそう尋ねた。
その質問を受け、しばらく言いにくそうにしている美春先輩だったが。
いつも以上に真剣なまなざしのまま、小さい声で、青天の
「……実はね。渋谷君が、海外留学することになったの」
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
あまりの久しぶりすぎる更新すみません。
しかしまだ読んでくれている方はいるのでしょうか、この話。
一応完結までどうするかは決まっているのですが。
こまけえことはほっといてもう最短でラストまでたどり着きます。
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