先生、知ってましたね

 次の日。

 俺は裏付けをとるべく、保健室へと向かった。


 というのも。

 もし、愛美の心臓が華子に移植されてたとしても、普通は誰から提供されたかを本人が知るわけもないので、華子自身に確認してもまず無駄だろう。


 となると、一番華子の心臓の秘密を知っている人間は、もう九条先生しかいない、と結論付けられる。

 幸いというかなんというか、今日はまだ華子の付きまといに遭ってない。いつもは恐るべき嗅覚を発揮し、俺の行く先々に姿を現すのだが。


 コンコンコン。


 三時限が終わってからの休み時間に、俺が一人で訪れた保健室のドアをノックすると、中から無機質な声で返事が返ってくる。

 どうやら九条先生は中にいるようだ、一安心。


「失礼します」


「……ん? 岸川君か、どうした。授業さぼりにでも来たのか?」


「保健医らしからぬ発言ですね。普通はケガしたとか具合が悪いとかを勘繰りません?」


「キミの表情を見ればどれでもないくらいは察せるぞ」


「……そうですか」


 相変わらずマイペースというかなんというか。

 思わず苦笑いしそうになるが、今回は九条先生のペースに乗せられてはいけない。

 俺は顔を引き締め、九条先生の前にある椅子に座った。


「訊きたいことがあってきました」


 座るやいなやそう言う俺の雰囲気から、九条先生も何を訊きたいのか察したのだろう。

 姿勢を崩し、座ったまま足を組み替え、短いため息をついた。


「……ハナちゃんのことか?」


 無言でうなずく俺。


「そうか……」


 目を泳がせ、なんとなく落ち着かない様子の九条先生を初めて見た。

 まあでも、そんなことは俺には関係ないので、本題に入らせてもらおう。休み時間は短い。


「九条先生は、知ってましたね?」


「……なんのことだ」


「華子に移植された心臓が、俺の妹──愛美から提供されたものだ、ってことを」


「……」


 否定も肯定もしない九条先生、しかしもうバレバレである。

 俺がはっきり口から聞きたいと、強い意志のこもった目でじっと見つめると、九条先生は観念したかのように口を開いた。


「……その通りだ。むろん、臓器提供の場合、ドナーが誰かということは明かしてはいけないんだがな、そんなことは調べればすぐにわかってしまう」


「……」


「前にも言ったな、ハナちゃんには拒絶反応というものが一切出なかったと」


「……はい」


「そして、おそらくハナちゃんは──キミの妹であるドナーの記憶を、一部受け継いでいる。違いないな?」


「!!」


 九条先生の口調がいつもと違う。

 まるで、己の罪を懺悔するかのような、複雑な感情の入り混じった話し方だ。


「その時私は思ったんだ。ひょっとして拒絶反応が出ない理由は──キミの妹とハナちゃんの心がシンクロしているせいではないか、と」


「……」


「……だからな」


 そこで大きく息を吸って、ゆっくりとため息をついて。

 九条先生は衝撃の自白をした。


「いくら拒絶反応が起きないからと言っても、確固たる理由もなくハナちゃんをそのままにしておくことはできなかった。理由もなく容態が安定していても、理由もなく急変することもあるからな」


「……」


「そこで私は……非科学的な理由付けだろうと理解はしているが、ハナちゃんとキミの妹の心がシンクロしていることが容態の安定につながっている、という仮説の元、ドナーの家族がどこに住んでいるか、どこの高校に通っているか、ということを調べ、ハナちゃんに教えた」


「!!」


「だからハナちゃんは、ここの高校に入学してきたんだ。家族に引っ越しさせてまでな。だが、ドナーの心臓が家族を感じられたおかげか、ハナちゃんの容態は手術後よりも安定している。仮説は正しかったという証明に他ならない」


 ひとつにつながった。


 つまり、華子がここの高校に入学した動機は──まさしく俺が、愛美の兄である俺がここの高校に通っているからであって。


 おぜん立てしたのはすべて──九条先生だった、と。


「ちょっと待ってください。じゃあ、九条先生がここの高校の保健医になったっていうのは……」


「ふふ、きれいごとだけで済まなくて悪かったな。当然ながらそんなことを患者に教えるような医者が、そのまま同じ病院で働けるわけがないとわかるだろう?」


「え……」


「そう、私は決してハナちゃんが心配だから来たわけじゃない。居場所がなくなったから、仕方なくここへ来たという側面もあるんだよ」


「……」


「まあ、おかげで論文を書く自由な時間も取れるしな。保健医、ってのもいいもんだ」


 自虐か。

 しかし、それが気になるならば、わざわざ華子に教えるなんて真似はしないだろう。


 百パーセントの善意ではない、それは真実だろうが。

 そこには華子のことを思いやり、可能な限り健康な状態でいさせてあげたいという気持ちも少なからずあったことには違いない。


 なんだかんだ言っても結局、九条先生は優しい人であるのだろう。


 少し考えて、俺は今一番知りたいことをストレートに尋ねてみることにした。

 今の九条先生ならきっと、ごまかさずに答えてくれると思ったから。


「ところで、先生」


「なんだ?」


「華子は……何歳まで生きられるん、でしょうか?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る