笑ってる
仏壇にある愛美の写真は、笑っている。
未来に対する憂いなど、これっぽっちもないように。
ついこの前までは、それがあまりにも残酷すぎて、思わず目を背けてしまうような俺だったが。
華子がいると、なんとか直視できるようになってる。不思議。
「なんまいだーなんまいだー……」
「おいこら華子なんだその念仏は」
「いちまい足りなーい……」
「番町皿屋敷かよ」
「のぶきせんぱいは永遠の二枚目……」
「よくわかってんじゃねえか」
「じゃなくて、いちまい足りなーい……」
「ぶん殴るぞこの駄犬がぁ!!!」
線香をあげた後、仏壇の前でそんな漫才をしていたものだから。
父さんも母さんも思わず笑ってしまったらしい。
「……はは、結城さんは面白い子だね。こんなに家の中が明るくなるなんて」
「ええ、本当に久しぶりね」
そこでハッとした後に、愛美の写真がいっぱい収められたアルバムを広げる母さんの様子は、何かを取り繕うような感じであった。
父さんも母さんも、華子に会った時に俺が感じたような、懐かしい感覚に戸惑っているのかもしれないけど。
決してそれは悪いものでないことはわかるから。
結論、ほっとけ。以上。
ただし、愛美と華子は、性格が天と地まではいかなくとも違うことだけは間違いない。華子は正直下品だ。ここだけは性格矯正してもらわないと、華子を彼女にするうえでいろいろ問題が起きることは想像に難くないから。
……
おいおい。何考えてんだ俺は。
そんな俺の心の中など知る由もなく。
華子は、母さんが出してきたアルバムの中にある愛美の写真を見て、目をキラキラさせている。
「わぁぁ……愛美さんが、笑ってる……」
その中の一枚。
家族旅行で札幌へ行ったときに、テレビ塔の前で撮った写真を見て、華子が感慨深げにそう言った。
「ああ、この時は夏だったけど、札幌も暑かったんだよな」
それに対して俺がそう漏らすと、父さん母さんも憂いを忘れたかのようにつぶやく。
「……そういえばそうだったな。愛美も『あーつーいー!』ってさんざん駄々こねてたっけ」
「ええ、思い出したわ。だけど某パーラーでジャンボパフェを見て、すっかり上機嫌になったのよね」
「そうそう、そしてここで写真を撮って……」
確か、あの時愛美は──
「……次は冬の札幌で、雪まつりを見たい! みたいな?」
華子がそこで岸川家の回想に割り込んできて、父さんと母さんは一瞬ハッとしながら互いの顔を見合わせた。
俺は俺で。
「……なんで華子が、それを知っている」
訝し気に尋ねてみる。
「あ、わたしが愛美さんだったら、そう言うと思っただけです。だってやっぱり、札幌と言えば雪まつりですもんね!」
父さんと母さんがそこで見せたのは。
愛美が死んで以来、見せたこともないような、親としての優しい微笑み。
「本当に……」
「……ええ。まるで──」
──愛美がここにいるみたい。
おそらくそう言いたかったであろう両親の気持ちに、もう一度だけ、俺は気づかないふりをした。
だけど。
その時つい見てしまった、仏壇にある愛美の写真は──まるで生きているかのように、俺の目に映り。
果たして、これが偶然なのだろうか。
いろんなピースが組み合わさって、俺の頭の中で、ありえない──いや、今までありえないだろうと思い込んでいた、ひとつの可能性が確信に変わる。
そう──華子に移植された心臓が、愛美のそれなのではないか、と。
―・―・―・―・―・―・―
「お邪魔しました! いろいろありがとうございました、楽しかったです!」
華子は何時間もかけて愛美の写真を眺めたのち、帰宅と相成った。ちなみに俺の部屋に入れることは全力で阻止したから誤解なきように。
「また来てくださいね、結城さん」
「ああ、いつでも歓迎するよ」
すっかり俺の両親に気に入られた華子は、玄関先での社交辞令なのか本心なのかわからないそんな言葉に。
「はい、今度は勝負下着をつけてから来たいと思います!」
ピキーン。
皆が固まる返事をしやがった。
このバカ、空気読めよ。今まで愛美の余韻に浸っていた人間を下世話な俗世に引き戻しやがって。
ぱこっ。
思わず反射で華子の頭を殴ってしまった俺。
「品性下劣な返しもいい加減にしろ!」
「ええ……首輪を用意する、とかのほうがよかったですか?」
「どうしてそう下品な方向になる!?」
「いえ、そうしたらこの家でわたしを飼ってもらえるのかなー、なんて」
「……」
どうしてこうなる。
父さんも母さんもさっきとは全く違う愛想笑いを浮かべる始末だ。
「まあでも、犬小屋住まいはいろいろ大変そうなので、正攻法でこの家に住めるほうを選びますね! じゃあこんどこそお邪魔しました! お父さんお母さんさようなら!」
考え方がバカすぎるわ。
結婚してこの家に住むか、ペットとしてこの家に住むか、二択なのか。
いや、というよりこの家に住む気満々なのか。
「……華子、送っていくぞ」
なんとなくこの後に親からのジト目攻撃が待っていそうなので、この場を逃げ出すついでに一応紳士的な対応を提案したのだが。
「あ、大丈夫です。ここから徒歩十分もかからないですし。じゃあまた明日ですね、せーんぱい!」
「あ、ああ……そうか。じゃあまた明日」
思惑通りにはいかなかった。失敗。
というか、華子がそんな近所に住んでるとは今まで知らなかった。まあ、それならコンビニで遭遇したこととかも納得いく。
なぜか、その時の『また明日』という言葉に、違和感はなかった。
──きっとまた明日も、笑顔の華子に会える。
そう信じて疑わなかったから。
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