……再会?

 俺の家の前に着いた。


 隣には、目をらんらんと輝かせている華子。だが、背中にイヤな汗が伝うわこんなん。


 ──なんでまた、こんなタイミングで父さんも母さんもいるんだ。


「せーんぱい♪ 早くわたしを連れ込んでくださいよー?」

「ゴカイを生み出せと言わんばかりの言い回しすんな。釣りエサにもならねえぞ」


 当然ながらそんなことを知らない華子は、どこまでも脳天気だ。


「……いいか。家に上げてもいいが条件がある」

「はい? なんでしょうか、ぱんつ脱ぎますか? それとも裸エプロンを」

「俺は初心者なのでそんな上級者向けのプレイなど強要するつもりはない。いいか、ここから下ネタ一切禁止だ」

「……え? これから下ネタよりもっとどぎつい行為をするのにですか?」

「しねえっつってんだろビッチビチが! いいからハイとだけ言え、親がいるんだよ!」


 阿呆にもわかるように説明する。すると華子の動きがピタッと止まった。

 そして小悪魔な笑顔を穏やかな年相応の笑顔へと変えたのちに。


「……そう、なんですね。じゃあせんぱい、わたしを紹介してもらえますか? パパとママに」

「パパママ言うな」

「え、だって、わたしが描いた未来予想図では」

「思った通りに叶える気などさらさらないからな?」


 この歳で義理のお父さんお母さんなどという考えを持つ華子に唖然としつつも、目線で強く条件遵守を促すと、華子は仕方ないですねとばかりに肩をすくめた。


 玄関のカギをあけ、まず俺が中に入る。


「ただいま。ほら、入っていいぞ」

「はーい。ただいま」

「……ここはお前の家じゃないからな?」

「あと三年待っててくださいね?」

「そん時は俺がこの家を出ていると思う」

「わたしの家に婿養子で来るんですか?」

「残念だが、俺は岸川姓で一生を終える予定なんだ」


 いいからお前はちったあ大人しくしてろ。

 そう言わんばかりに華子の頭を押さえつけると、奥からパタパタと玄関へ向かってくるスリッパ音が聞こえてくる。


「あら、おかえりなさい延樹」


 母さんだった。


「……今日は仕事、どうしたの?」

「今日は時間調整で早上がりだったのよ。ところでそちらの……」


 俺の隣にいる華子に気づいたおふくろが、華子じゃなく俺に怪訝な視線を向けてきた。


「……ああ、俺の後輩ペット。結城華子」

「ちょっとせんぱい!? こんなかわいい後輩をペットってなんですか!」


 そこでおふくろが顔面蒼白に。

 ちょっとふざけすぎたかな、ペットなんて言っちゃったのは。


 ──なんて思っていたら杞憂だった。


 母さんが慌てて来た方向へ戻る。


「ちょっと! あなた! 大変よ、延樹が! 延樹が夕貴ちゃん以外の女の子を連れて帰ってきたのよ!?」


 ……おい。母さん、自分の息子を何だと思ってるんだ。


 いやさ、確かに家まで夕貴以外の女子を連れてきたこと、十七年の中で一回もなかったけど。


 …………


 むなしい。俺の初めては華子に奪われた。


 一方、ペット扱いされた華子は。


「……ああ、そういうことですか。先輩のペットという意味は」


 何かを納得した様子。駄犬でも脳みそは多少生きているらしい。


「ようやく自分の立場を理解したか」

「はい。というか、せんぱい大丈夫なんですか? テクノブレイク起こしたりしてません?」

「……は?」

「要は、ペットはペットでもオナペ」


 ばこっ。

 全部言わせる前に俺は華子の頭を叩いた。全力から90%ほどセーブした力で。


「下ネタ禁止と言っただろーが! この迷犬が!」


 躾けは必要だ。悪いことをしたらすぐさま叱らないと何が悪かったのか理解しないらしいからな、犬は。



 ―・―・―・―・―・―・―



 そしてリビング。岸川家勢ぞろいというタイミングの良さ、いや悪さ。

 父さんも母さんも今日は仕事が早上がりだったらしい。よりによってなんでこんな日にとは思うのだが。

 まあ、自分の運の悪さを嘆いてももう遅い。


「な、なあ、延樹。大丈夫なのか、そういえばさっきからパトカーがサイレンを鳴らしながらそのあたりを走っているような……」

「誘拐なんてしてないし拉致もしてないからね!?」

「ほんと……? あなた、いままで夕貴ちゃん以外の女の子と会話すらまともにできなかったじゃない?」

「自分の息子をコミュ障みたいに言わないでくれない?」


 父さんと母さんが俺のことをどう認識しているのかよーくわかった。

 こんちくしょう。


 ……まあね、愛美が天に召されてから、確かにそういう傾向が強くなったことは確かだとしても、納得いかない。


「あはは、大丈夫ですよー」


 華子が笑って全否定。よし、やればできる子と認識を改めてやる。

 そして、華子が改めて父さん母さんに向き合い、頭を下げた。


「結城華子と申します。お父さんお母さん、お久しぶりです」


 自己紹介の挨拶。

 だが、父さんも母さんも、その言葉をいぶかしむ。


『お久しぶりです』


 おそらく引っかかったのはそこだろう。


「おい華子。おまえ、以前に父さんと母さんに会ったことあるのか?」

「……」


 何故無言だ。俺の質問に答えろ。


「わたし、愛美さんの友達なんです」


 華子は俺のセリフなど無視し、父さん母さんに向け、そう追加説明した。

 一瞬で二人の表情が真面目なそれに変わる。


「なんだと!?」

「なんですって!?」


 岸川家にとってのパワーワードである『愛美』という言葉。驚きを隠せない父さん母さんだったが、少し経ってから落ち着きを取り戻したかのように眉間の皺を消した。


「……そうか、愛美のお友達か」

「そうだったのね、結城さん。ひょっとして、以前にお会いしたことがあったのかしら……ごめんなさいね、憶えてなくて」

「アハハ、いいんですよ」


 記憶がないことを謝罪する二人に対して、右手を申し訳なさそうに振る華子。


「……とりあえず、来て早々お願いするのもなんですけど。愛美さんにあいさつ、していいですか?」

「ああ、もちろんだ」

「こっちよ」


 愛美の友達の思わぬ訪問を受け、うれしそうな父さん母さんとは真逆に。


 俺は、説明できないもやもやを感じながらも、何も発言できなかった。


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