つかの間の平穏?
美術部のUMA扱いである俺は、今日も絶賛サボタージュ中だ。サボって向かう先は、音ゲーをするためのゲーセンである。
今日は、『ロックンミュージック』の新曲解禁日。手の調子もよし、睡眠をたっぷりとったおかげで目のショボショボ感もない。絶好の音ゲーコンディションに、モチベも上がろうというもの。
「! おおう、幻の名曲『ゲットマイルド』が復活してるぜ……やらねば」
ゲーセンに到着するなり、百円を入れて早速プレイ開始。名曲の復活に高まるテンション、ボタンを押す手も軽い。そうしてフルコンまであと少しとなった終盤。
「……ふーーっ」
前面のモニターしか見ていなかった俺の死角から、突然耳に息を吹きかけてくる不埒者があらわれた。
「のわっ!?」
不意打ちに驚いた俺は、思わず飛び退く。……あ。フルコンが……
「……ふふっ。部活サボってゲーセンですか? いけないですね、延樹せーんぱい♪」
「華子、おまえはぁ! なんてことしてくれちゃってんの、俺のフルコン返せや!」
横を向くと、立ったまま足を交差させ、後ろ手を組みながらかがんで微笑んでくる、やや長めの髪と黄色いリボンの小悪魔を発見。なんでここにいるんだこいつ。
「なに言ってるんですか、フルコンしちゃったらあとあと目標なくなってやる気もダウンしちゃいますよ?」
「バカモノ、フルコンしたらあとは精度を上げる作業が待っているじゃないか」
「その作業、絶対にすぐ飽きますよね?」
「………………」
「ふふふっ、だーかーら、フルコンはお楽しみとしてとっておくのがいいんですよ。またやりたくなるように」
「……ま、いいわ。いつでもフルコンくらいできるからな」
なんとなく華子のやつに言いくるめられた気がしないでもないが、どうせ部活サボってゲーセン通いなどよくやることだ。つぎの機会などすぐにくるだろうと思い、音ゲーを終わらせた俺は筐体の後ろにあるベンチに勢いよく座り込む。
「よいしょっ、と」
隙間を空けず、隣に華子が座り込んできた。
「いちいち声を出しながら座るの、年寄りみたいだな」
「こんなピッチピチなJKになんて言いぐさですか」
「ビッチビチなJK?」
「違うって言ってるのに、いまだにビッチ扱いなんですね」
華子がそう言いながら身体をぴったりと密着させてきて、いろいろやわらかくて困った俺は、少し隙間を作るようにベンチにいる自分の身体をスライドさせた。
こんなにすぐスキンシップを取ろうとする女子など、きっとビッチに違いないだろう。俺調べでは。
「高校生になったら、彼氏でもない男と密着して座ったりしないだろ」
「だれとでも密着するわけじゃないですよ。先輩だけです」
「それはそれでありがた迷惑だ」
「ありがたい気持ちも、少しはあるんですね?」
「そうだな。マイナス10%くらい」
「つまり、迷惑度も10%で
「迷惑度ってふつうマイナスだろうが! なんでおまえそんなに前向きなの?」
華子は、俺の問いに答える前に、わざわざ作ったベンチの隙間を再度埋めてきた。
「先輩が本心から嫌がってないって、わかってるからです」
「…………なんでわかるんだ」
「先輩の心の中なんて、簡単に読めますよ?」
「エスパーかよおまえ!?」
恐怖にも似た感情がわき上がった俺は、再度華子から身体を離そうとするのだが、その刹那にガシッと右腕をホールドされた。なにこれ本当に心の中を読まれてるの?
「まあまあ、せっかくゲーセンに来たわけですし、一緒にプリでも撮りませんか?」
華子の甘い匂いが俺の鼻に、甘い提案が俺の耳に、同時に届く。が、なにが楽しくて華子とリア充ごっこをせにゃならんのだ。
「なんだその脈絡のない提案は。断る」
「一緒に撮ってくれなきゃ、腕をはなしませんからね?」
「…………」
拒絶は無駄な行為だった。黙ってりゃ美少女だというのに、まったくこいつときたら。
俺は早く解放されたい一心で、仕方なく渋々とプリクラコーナーへ足を進めた。
「なんで先輩、緊張してるんです?」
「……撮られるのに慣れてるわけないだろ」
「えー? 先輩、自撮りとかしないんですか?」
「そんなナル行為、全力でお断りだ」
「そんなことないと思います。じゃあ、このプリ、上手く撮れたらイン〇タに上げましょうよ」
「撮影しないのにインスタやってるわけないだろ」
「ならばツ〇ッターで」
「俺のツ〇ッターをバカッターにする行為はやめてくれ」
「鍵をつければ、第三者に特定されることはないと思いますよ?」
「フォロワーへのリスクは無視かよ!」
傍目から見ると、なんとなくイチャイチャしてるようにも思えそうな、そんな生産性皆無な会話をしているうちに、華子は撮影の準備を着々と進めている。
「はいはーい。じゃあ撮影しますから、準備してくださいね。アップに慣れてないなら、全身写しましょう」
華子が、棒立ちの俺の右腕を抱きかかえて寄り添ってきた。俺はポーズを取る気力もなくされるがままに機械を見つめる。
『さん』
華子が俺の顔を見上げてきて。
『にー』
華子が俺の手をスカートの脇で握り。
『いち』
「えい」
華子が自分の手ごと、俺の手を上げてきて、華子のスカートが一緒に舞い上がり。
「あっ!?」
『とるよー』
パシャッ。
「ああああ!?」
「やだ……先輩のえっち」
機械が撮影した映像は、華子のスカートがめくり上がり、ぱんつが丸見えになっている瞬間だった。
「…………」
しばらくしてから出てきたプリントを見て、愕然。これじゃまるで、撮影する瞬間に俺が華子のスカートをめくりあげているようにしか見えない。
「あーあ、せっかく先輩と一緒に撮れたのに、これじゃ破廉恥行為のアピールになっちゃいましたね」
横からプリントを覗き込むこの小悪魔に殺意がわいてきた。破り捨てようと両手でつかもうとするも、ひょいとかっさらわれてしまう。
「お・ま・え・はぁ……!!」
「むふふー、先輩の弱み、握っちゃいました」
「よこせ! 破り捨ててやる!」
「無駄ですよ。撮影画像はスマホでダウンロードできますからねー♪」
「…………」
うかつに小悪魔の誘いに乗るものではない、と気づいたが時すでに遅し。こいつは絶対、この画像を使って俺を脅してくるに違いない。
「さーて、どうしよっかなー。この画像を……」
まな板の上の鯉な気分の俺、なめ回すような視線を送ってくる華子。抵抗すら無駄だとわかり、俺はひとことも言葉を発せず下を向く。しばらく悩んだあとに、華子はいかにも小悪魔らしい
「……先輩の想い人、夕貴部長に見せたら、どんな反応するでしょうね?」
「!?」
最悪の脅し言葉に、俺は思わず顔を上げ華子を睨みつけてしまう。
「
「…………」
「……なんて、冗談ですよ、先輩。安心してください、そんな真似は絶対しませんから」
予想以上の本気睨みに少し気後れしたのだろうか、ふざけた様子もなしに華子がそう保証してきて、俺は鋭い視線を柔らかく変えた。
「……ちぇっ、悔しいなあ……」
そっぽを向いて唇をかむ華子に、本気睨みはやりすぎたかと罪悪感がわいてきた。
――――のだが。
小悪魔にそんな同情は無駄だった、と、俺はすぐ思い知らされる。
「もう、アタマにきました。この画像、拡散されたくなかったら、先輩はわたしの処女を奪ってください」
「なんだそれは!?」
「予約ですよ。今すぐとは言いません。いつか先輩がその気になったとき、わたしの
「そんな気になんねえよ!?」
初めてとか嘘つくな。
おまけに普通、最初はチューとかじゃねえのか。なんでいきなりすっとばすんだよ。こいつが
「だから『いつか』ですってば。そのときがくるまで、わたしはずっと待ってますから」
「……一生、その気にならなかったらどうするんだよ?」
「その時は、未経験のままわたしが死ぬだけです。でも……」
「……でも?」
「先輩がその気になるような誘惑を、一切しないというわけじゃありませんからね?」
さっき噛んでいた唇に、今度は人差し指を軽く当てて、怪しく笑う華子。あっという間に攻守逆転した。
「……どうせその気になったら、今度はそれをネタに脅すんだろ、おまえ」
「人聞きの悪い。『恋は秘め事』ですよ、先輩」
「…………」
「それに、先輩はたぶん、付き合い始めたら、そこから愛を育むより、飽きるタイプですもんね」
「……なんだそれ」
「フルコンしたら飽きて精度を高めないタイプ、ってことですよ」
「…………」
「だから、フルコンするまでの過程を楽しむんです」
なにやら意味深な例えを提示しつつ、華子は手元にあるスマホをしばらく操作してから、俺にそれを向けてきた。
「ほら、先輩のアドレス、教えてください。SNSに上げられたくないなら」
「…………」
無言で情報交換したあとすぐに、着信。添付画像は……さっき撮影したものだった。
「んふふ。その画像、好きなだけオカズにしていいですからねー♪」
「ばっ!」
白い華子のぱんつが写っている画像。
スマホ越しにニタリとする華子になんとか一矢報いることはできないか、そんな気持ちで俺はつい軽口をたたく。
「……それにしても華子。おまえ、ダッセェぱんつ穿いてんだな」
純白。無地な白。ふとそう思ったから口から出てしまったが……
「………………」
「………………」
「……し、しまったあぁぁぁ! わたし、一生の不覚……こんなダサいぱんつ撮影した画像、脅しにすら使えない……っっ!」
その場で華子が頭を抱えながらしゃがみこむ。
再度見えてるぞ、白いのが。――――うん、綿だな、これ。
暑い季節だ、仕方ない。吸湿性抜群な白無地。誰も華子を責められん、俺は責めたけど。
思ったよりクリティカルヒットだったようで、その後、華子はおとなしくなった。逆に俺に画像削除するように言ってきたが、そんな真似をするほど俺は聖人君子ではない。
ゲーセン対決は、大逆転でなんとか勝利をものにした。薄氷のなんとやらだったな。
……オカズには使わんぞ、絶対に。
―・―・―・―・―・―・―
明けて次の日。
華子の脅迫材料を無効化したはずなのに、俺はなぜか誰もいない昼休みの美術部室に拉致されている。呼び出し人はもちろん小悪魔だ。
「……いったいなんの用だ、わざわざ昼休みに」
貴重な昼のまどろみタイムを邪魔されて不機嫌そうにそう吐き捨てる俺にひるまず、小悪魔的な笑みを浮かべる華子。
「昨日の失態を帳消しにすべく、先輩を呼び出しました」
「……はあ?」
「これが、わたしの本気です!」
そう力強く宣言した華子は、俺の目の前で恥じらいなど微塵もなく、短めのスカートをたくし上げてぱんつを見せてきた。
「今日は勝負ぱんつです。ほらほら、これならダサいとか言わせませんよ?」
「…………」
想定外も甚だしいハプニングに思わず固まった俺は、ぱんつにしばし釘付けになってしまう。部分部分がスケスケな白のレース。しかもサイドはヒモだ。
「……どうです? 硬度上昇しましたか?」
腰を振り振りしながら発せられる華子の挑発で我に返り、ようやく身体が動いた。いや首が動いた。横に。
「ば、ば、おまえ、いいかげんに……」
「ふふーん? 昨日、解散したあとで買ってきました。先輩に初お披露目ですよー?」
「そんなエロいヒモパン穿いてくんなよ! 誰かに見られたらどうすんだ!」
「先輩以外には見せませんよ? わたし、こう見えてガード堅いんですから」
「いや俺にも見せんなよ!」
「だって、ダサいぱんつなんて言われたら悔しいじゃないですか。さあ、今日もプリ撮りに行きましょうね?」
「やーめーてー!!!!」
――――どこまで本気で、どこまでからかいなのかわからない、この小悪魔ハナコ。
俺は、自分の心臓の鼓動が華子に聞こえないようにと、静寂に包まれた美術室で力いっぱい叫ぶことしかできなかった。
「早く、サイドのヒモをその手でほどいてくださいね、せーんぱい♪」
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