華子は天使か小悪魔か
次の日。
結局、俺は部活には出なかった。仕方がない、積みゲー消化をしないとならないのだから。
学校が終わり早々に帰宅した俺が部屋に入ると同時に、スマホにメッセージが届いた。
『今日は、部活に来ないのかな?』
夕貴からだった。俺は短く、『うん』と返事だけして、スマホをベッドの上に放り投げた。ひきこもる決意表明だ。
「……さて、何から消化をするか……」
ゲーム機のわきに無造作に積み上げられた、発売日に購入したのちあまり触れられていないゲームソフトの山を見ながら、思わずひとりごと。
買ったはいいが、最後までプレイしたものは皆無だ。暇が潰せればそれでよかった。極める気はなかった。
「…………」
ふと、積みゲーの山のてっぺんにおいてある、前評判に騙されて購入した一枚の美少女ゲームが目に入る。
登場人物が十人、という謳い文句の本格的美少女攻略アドベンチャーゲームらしいのだが、俺は気になる一人だけ攻略して、それ以降放置していた。
俺は、こういう恋愛ゲームは、一番好みのタイプだけと遊びたい人種である。
コンプリートするために好みでもないヒロインを攻略するなんて、ただの拷問だ。ハーレムなど必要ない。
そんな糞の役にも立たないポリシーゆえに、『隣に住む幼なじみヒロイン』のみを攻略して、それ以来やる気も起きなかったこのゲームだったが。
「……久しぶりにやってみるか」
俺はゲームディスクをセットして、次のヒロインを攻略することにした。
――――大きなリボンがトレードマークの、美少女後輩キャラを。
―・―・―・―・―・―・―
「……っと、もうこんな時間か」
攻略は一時間半余りで完了した。残念ながら、期待したよりも楽しめなかった自分がいる。
……後輩美少女が、内気でおとなしいキャラだったせいではない、多分。
「……ジュース切れたから、買いに行こう……」
ひきこもるためには、飲み物が必要不可欠。それが切れてしまっては、買いに行くしかない。
仕方なく家を出て、近くのコンビニまで向かう途中。
「あー!! うそつきの先輩発見!」
美少女ゲームには出てこなさそうな性格の後輩に見つかった。どんな偶然だ。
「人聞きの悪いことを言うな、華子」
やれやれとばかりに頭を掻きながら俺はそう言うのだが、それを聞いた華子がいきなり硬直して、しばらくした後にニヘラと笑った。
「……なんで、気持ち悪い顔面をしている。ついに気がふれたか」
「えへへへへへへ、『ハナコ』って、呼び捨てにされたのが嬉しくて。えへへへへへへ」
「…………」
しまった、つい心の中の呼び方が口から出てしまった。
「名前を呼び捨てにされてそんなに嬉しいなら、一年中ニヘラ笑いをしてるようじゃないか」
「誰に呼ばれても嬉しいわけじゃありませんよ、先輩だけです」
「わかった、じゃあ今度からビッチと呼んでやろう」
「なんで突然人間から犬にランクダウンするんですかー!?」
犬……? ああそうか、ビッチって『
……確かに犬だな。命名ハナコ。
「――――じゃなかった! 先輩、昨日の約束、なんで破るんですかー! このうそつき、ひとでなし!」
「は? 俺、まだ絵は描いてないけど」
「そっちじゃありません! 今日も、部活に参加するって言ってたじゃないですかー! うそつきはひとでなしの始まりです!」
人聞きの悪い内容ばかり、大声で叫ばないでほしい。こんなことで目立ちたくないぞ。
「わかった、とは言ったけど、参加するっては言ってないはずだが」
そう言い残して俺はその場から去った。まわりの視線がイタイからここにはイタクナイ。向かう先は当然コンビニ。
「ふつうはそう解釈しません! おかげで部室にいづらくて困りました」
「……」
あとを追っかけてくる華子が、飽きずに文句たらたらである。
はて。
こいつの性格からして、人見知りなどしそうにないのだが、いづらいなどどいうことがあるのだろうか。
疑問を抱えながら、俺はコンビニに入店し、ジュースを物色する。残念なお知らせだが、華子も当然ついてきていた。
お気に入り炭酸飲料の『ライフガート』を手に取り、さて会計しようかと思ったら……脇からひょいと、華子も同じドリンクを手にする。
「うそついたお詫びに、これ、おごってくださいね?」
「……はあ?」
なんで俺が、とその時思ったが。
「約束を破るなんて、大罪です。それをこれで許してあげるんですよ。天使のようにやさしい後輩でよかったですね?」
――――約束を破る。
いや、決して部室に行くと約束はしていないのだが、その言葉に何となく胸が痛んだので、仕方なくおごってやることにした。
多分ここでおごらなければ、またひと騒動あることだろうし。
「ありがとうございますー」
ドリンク片手に、コンビニをご機嫌なまま退店する華子を不思議そうに眺めて、ふと疑問がわく。
「うれしそうだな……」
「当たり前ですよ。先輩からの初プレゼントですからね」
俺の前を飛び跳ねるように歩いていた華子が、振り向いて『さも当然』と言わんばかりに理由を伝えてきたので、俺は戸惑うしかない。
「いや、プレゼントっていえるのかこれは……」
その戸惑いのさなか、華子のある変化に気づいた。
「……って、なんか、スカートが昨日より短くなってないか?」
「あ、気づいてくれました?」
華子は自身のスカートまで目線を落とし、裾を空いている右手でつまむ。
「えへへ、昨日改造したんです。ずっとあこがれてました、短くてかわいい制服のスカートに」
「…………あ、そう」
「だから、先輩にお披露目したかったのに、今日部活休んじゃうんですもん。MK5(マジでキレるごびょうまえ)でしたよ?」
「お前はいつの時代のJKなんだ……」
華子がつまんだスカートがひらひら揺れて、何やら白いものが見え隠れするので、俺は慌てて目をそらした。
「……おい、見えてるぞ」
俺の言葉に華子が「?」という顔をしたが、少しして何が見えてるのかわかったらしく、意味ありげに笑ってきた。
「……もっと、見たいですか? わたしのぱんつ」
「恥じらい持てよこんちくしょう!!」
華子の挑発を打ち消す俺の心の叫び。男という生き物は、無条件にぱんつを見たい生き物だ、それは否定しない。
だが、そこに『見られちゃった……恥ずかしい』という恥じらいがプラスされてこそのものじゃないか!
主張をぶつけられた華子はきょとんとして、しばし目線を斜め上左右に動かしている。
「じゃあ、……いやーん」
そして出てきたセリフは棒読み。萎える要素しかない。
やっぱりビッチに恥じらいを求めるのは無理だった。俺の怒りが炸裂する。
「ぱんつ見られることが、なんで恥ずかしくないんだよ!!」
「だってこんなもの、何度他人に見られたかわかりませんし」
「……は?」
「下着姿はおろか、裸だって、見られるのはもう慣れっこですよ?」
しれっと華子が言う。
――――どういう意味だろうか。もう何人とえっちしてきたかわからないくらいだから、慣れてしまった、ということか?
「まあ、別に見せたくて見せたわけではないんですけどね、あははー」
「………………」
追加のぶっちゃけで、ますますわけがわからなくなってきた。ちょっとまとめよう。
…………………………
早い話が、華子としては脱がずにえっちしたかった。着衣プレイをしたかった。だが、相手がそれを許さなかった。着衣を好まず、脱がせてえっちをした。
――――うん、こう考えれば、つじつまが合うな。
つまり、華子の性癖は着衣プレイ、ということか。まだ若いのに……
「……ずいぶんマニアックな性癖をお持ちで」
「はい?」
おっと、思わず口から思考が漏れた。
「いや、人それぞれだよな。それにケチをつけることはしない」
「……何を言ってるんですか? わけがわかりません」
……おかしい。『俺の考えを簡単に読めます』宣言をするくらい妙に鋭いこいつが本気で戸惑ってることこそ、わけがわからない。
煩悩に支配された俺のこの考えを読めないはずないのに。
「まあ、おまえの性癖はわかったということだ。とにかく、見せたくて見せたわけじゃなくても、慣れているからと言って、むやみやたらにぱんつ見せるな」
かといって、わけがわかる方向へもっていく必要などない。たとえ華子がビッチで特殊性癖の持ち主だろうが、俺には関係ないわけで。
そう思って、この話題を終わらせようとする。これぞ大人の気遣い。
――――さて、しゃべりすぎてのども乾いたし、今買ったライフガートを飲もうか。
「はい。わたしが自分の意志でぱんつを見せたい相手は、延樹先輩だけですから」
「ぶはっっっっ!!!!」
自分に酔う暇もなく、俺の気遣いを華子が土足で踏みにじっていきやがった。飲んでいたライフガートが逆流し、あわれ空へと散る。
「何吹いてるんですか、きたないですね」
「げほげほげほ、げほっ、……おまえな!」
「?」
華子が笑顔で凝視してくる様を見て、俺は悟った。
こいつはビッチゆえに、男のツボを心得ているに違いない。
つまり、『あなただけです』というセリフだけで、何人もの狙った男を落としてるんだ。きっとそうだ。
なんてこった、こいつは天使なんかじゃない、小悪魔だ。ギャ〇ンドゥだ。
…………………………
あれ? ということは。ひょっとして、こいつ俺を狙ってるの? 俺、食べられちゃうの?
何をいまさら、という気もするが、あらためてその結論に至った瞬間、俺は華子から距離をとっていた。
「……なんで、離れるんですか?」
「い、いや、なあ」
「もう、そんなに照れなくてもいいのに」
「照れよりも命の危険のほうが強いかな、ははは……」
「?」
おかしい。俺の心なんて、簡単に読めるはずなのに。
……そうか、こいつが都合のいい鈍感ビッチか! まるでラブコメの登場人物だな、この話はシリアスだぞわかってんのか!
「……まあいいです。先輩にもらったプレゼント、ちょっともったいない気もするけど、わたしも飲もうっと」
多分ヒロイン補正がかかって無敵であろう目の前の華子が、プシュッ、と音を立ててペットボトルのふたをあけ、中身を飲み始める。
「…………んく、…………んく、…………んく」
何ともなまめかしい飲み方である、青少年には目の毒かもしれない。
――――だが。
「……ぷはぁっ! おいしいですね、こんなの初めて……」
「おい、炭酸飲料をそんな一気飲みしたら……」
俺の忠告もむなしく。
「……げぷっ」
見事なまでの、華子のゲップ。
女子高校生ゲップ選手権がもしあれば、ダントツで優勝できるくらいだ。太鼓判を押してもいい。
一瞬だけ間をおいて、みるみるうちに顔が紅に染まった華子。
あーあ、だから言ったのに。いや、飲み終わってからで申し訳ない。
「……恥ずかしい……消え去りたぃ……」
その場で華子がうずくまり、か細い声でそう漏らした。えーと、違う話の義妹キャラが混じってるぞ。
……でも、ぱんつも裸も恥ずかしくはないのに、ゲップは消え去りたくなるくらいに恥ずかしいのか。
「……ぷっ」
昨日と同じく、俺はこらえられなかった。どうやら華子を慰めるヤツはいないらしい。
「あはははははははは!!!!!」
「うぅぅぅ……せんぱい、そんなに笑わないでくださいよぅ……」
昨日とはうってかわって、消え入るような勢いで責めてくる華子を前に、俺は大声で笑った。またまた人目など気にならなかった。
――――二日連続で笑ったなんて、本当に……いつ以来だろう。
小さくなったまま復活しない小悪魔に対し、俺が一種の親近感を抱くのは、ある意味当然であった。
そして、狙われてる危機感を――――忘れた。
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