無題
僕はいつも、あの場所で歌を歌っている。
フェンダーを肩からさげて、誰かが拾ってくれやしないかだとか思いながら弾いている。でも、今までに誰かが拾ってくれたことなんてない。
もしあったら、僕は今こんなことをしていない。
そして今日もここで歌を歌う。
歌っているときに、そこそこ人は来る。
これでも歌と演奏はそこそこ上手い方だと思ってるし、ルックスも悪くないと思ってる。
だから、女が寄ってくる。まるで酔ったみたいに。
それで僕はとてもしらふとは思えないような喋り方をする女と、夜を共にして、それで終わり。
金をせびって、はいさようなら。
クズだって?好きに呼んでくれていい。
28までには死んでやる。ロッカーは皆そう言うんだ。
今日は、金山駅の南でライブをやることにした。
Twitterとインスタのアカウントの立て看板を置いて、ギターのセッティングを終えた。
最近、歌うのが面白くなくなってきた。
僕は大学を中退して、夜の街をほっつき回ってる無職だし、なんにも面白くない。
金と名誉が欲しいけど、僕に来るのは少ない金と女だけ。
歌っても、なんにもなりやしない。
気がつけば、歌が上手いということにすがっているだけの哀れな奴隷になってしまっていた。
歌ばかりやっていたら、人生あれよあれよという間に転落して、こんな始末だ。
ライブをした後、アスナル金山のベンチに座っていた。
今日はいつものファンの女の誘いは断った。気分じゃなかった。今日はやけに気持ちが沈む。
暗い街は僕を救ってはくれない。
だから、羽虫みたいに明かりの下に集まった。
しばらく座っていると、誰かの足音が聞こえた。
ファンの女かと思って、ため息をつく。
「あの、忘れ物ですよ」
聞いたことの無い声に驚いて、振り向くと。
そこには天使がいた。
たぶん、僕がずっといて欲しいと願っていた天使だ。
彼女には白い翼が生えていた。
羽が翼から抜けて、空へ舞い上がる。
光がぱっと輝いて、とたんに色が付いた。
曇天だった空に夕陽のような輝きが差し、ちかちかと揺れた。
これからは彼女のことを心の中で天使と呼ぶことにした。
話を聞くと、どうやらOLらしい。
丸の内でサディスティックな上司に虐められた後、金山駅から帰るみたいだ。
金山の上にある、サルヴァトーレ・クォモでピザを一緒に食べて、話し合った。
音楽の趣味はだいぶ似通っていて、ずいぶんと話が弾んだ。
そしてその夜、僕は天使を抱いた。
結局は、ただの女だった。
僕は失望して、誰かの落とし物みたいに、ギターを窓から投げ捨てた。
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