粉雪
その日は粉雪が降ってきた。
体の芯から冷えて、体の芯から熱くなるような雪だった。
指先がしもやけを起こして、肺の底から冷える。
顔が熱くて、冷たい。
雪道を踏むと、さくさくと音が鳴る。誰かの足跡が沢山ある。
滑って転びそうだ。
それでも坂を上って、あの丘までやってきた。
学校にはいつも誰かがいる。
私の好きだった人も。
私が好きだった人は、かわいい人だった。
男のくせに、女の子みたいな顔で、頼りない性格で、すぐ泣いて、すぐムキになって、すぐ怒る。
でも、優しかった。たぶん、人生で二番目ぐらいに。
ママよりは優しくなかったけど、でも私のことをよく考えてくれた。
でも、彼にとっては私、一番じゃなかったみたいだ。彼を見つけた。目を背けたかったけど。だけど、彼は私を見つけてしまった。
「おはよう」
「おはよう」
返事をしたけど、返事なんてしたくなかった。バカ、なんて叫んだって、意味なんてないよね。
彼はやっぱりすぐ、あの子に目を向けた。
嫌だ。こっちを向いてよ。
ダメ。やっぱりこっちを向かないで。
反対の想いがわき上がって、胸の中を駆けめぐった。
そうしているうちに、彼はあの子とどこかに行ってしまった。
こんなことしてたから、こうなっちゃったんだろうなあ。
授業が終わった後、あの子が私に声をかけた。
彼女と私は、凄く仲が良かった。二人とも、盗られたみたいだ。恋が破れたときって、こういう風なんだろうな。
「私、あなたに感謝しているの。あの時後押ししてくれてなければ、こんな風にはなれなかった」
「いいよ、別に私なんてたいしたことしてないし」
なにかすることより、なにもしないことで後悔したことがある。今は、それを強く感じた。胸がいつも痛む。針で風船をつつかれるみたいに、人魚姫が海に沈んでいくみたいに。
「ねぇ、幸せ?」、私は聞いた。
「ええ、とっても」
にこり、彼女の黒髪が揺れた。
体の中に黒い感情が渦巻いた。体の芯から熱くなる。それが一番、嫌だった。
歩道橋に上って、坂を見下ろした。
いつも誰かを見下して、自分を隠して、いい子のふりをして。
それのせいでこうなったのに。
体の底から冷える。このまま、全部凍ってしまえばいいのに。
自分が一番嫌いだ。
彼を好きになったことも、彼女を憎んでしまうことも、二人とも自分の手の届かないどこかに行ってしまったことも。
全部嫌いだ。
二年間も振り回されて、バカみたいだ。
私はバカだ。
だからこんな風になって、あの子は賢かっただけ。
出てきた涙を、袖でぬぐった。
甘い物でも食べて、どこかにこの気持ちを紙飛行機みたいに飛ばしてしまおう。
叫んで、どこかへやってしまおう。
この気持ちを、どこかへ飛ばしてしまおう。
「バカーーーーーーー!私のバカ、あいつのバカ、あの子のバカーーーー!」
力の限り叫ぶと、皆が私を見た。
なんだか笑えてきて、笑顔になった。
「じゃあね」
粉雪と同じぐらいに、空はまだ明るくて、綺麗だ。
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