殺し屋 百合
運命。
いつかきたる運命。
その時が来たら。
鋼鉄よりも冷えた夜、息が煙る。車のガスが白く煙り、ネオン
がにじむ頃。黒よりも暗い夜。
心臓が揺れ動く。機関銃みたいな拍動。
手がかじかむ。小さなグロックを握りしめる。
拳銃は私の手、死をもたらす女神。
返り血をハンカチでぬぐった。押しつけて撃つべきじゃなかった。掃除屋に道具を渡して、車に乗った。
家に帰ったら、アイツにキスしよう。ナイフみたいに抉るキスを。毒蛇より痺れるキスを。
「ただいま」
なにも知らない私の彼女。硝煙と血の香りすら知らない愛しのワンちゃん。
「おかえり」
彼女を抱きしめて、キスをした。
殺しの後は、いつも昂ぶる。
「や、ちょっと。痛いってば」
彼女の制止を聞かずに、肋骨がきしむほど抱きしめた。殺しの時、男と組み合ったのを上書きするように。
「くるしいよ」
私は手を離して、彼女の瞳をのぞき込んだ。
「あなたは私のジュリエットよ」
「ロミオ。時々あなたは激しすぎるわ」
「それが好きなんでしょ?」
永遠みたいな時を過ごしたかった。だけど、それは運命にかき消される。アトランティスが海に沈んでしまうように。
次の殺しの日がやってきた。今日は火力が必要な日だ。薬物の取引の用心棒をする日。SIG MCXカービンの300BLK弾モデルを持ってきた。小さなAK47みたいな物だ。サプレッサーとフォアグリップ、ドットサイト、ライトを乗せている。
取引が決裂して欲しいと、心から願った。
殺した日は、ジュリエットを何よりも愛せる日だから。
願いは叶った。
個性のない男みたいな声を出しながら、MCXがうなった。
AKやMACを持った黒人やメキシコ人が次々と倒れていく。赤い点に乗せて、引き金を引く。リロードする。隠れる。プログラムのように繰り返すだけ。
私はフェミニストだ。だから、男を殺すのが楽しかった。議論をするより、銃を撃つ方が早く男を倒せる。学者達はそれを知らない。
死は即効性の治療薬だ。
家に帰った。
ジュリエットを抱いた。何度も意識を飛ばしてやって、16時間は抱き続けた。私もその半分の回数意識が飛んだ。男と違って、女同士なら、日が暮れるまで愛し合える。
ジュリエット、ジュリエット!愛しの君よ。
「焦げ臭かったけど、昨日はどこに行ってたの?」
「ハナビを作ってたの。もうすぐ米日友好記念のなんとか周年でしょ。在米日本軍がハナビを欲しがるの」
「へぇ。私も見たいなぁ」
「そのうち見れるよ。ハナビの日は、一緒に行こうか」
彼女は笑っただけだった。
また殺しの日がやってきた。つまらない金持ちをアイスピックで刺し殺した。頭蓋骨を30回は刺して、脳をぐちゃぐちゃにした。体中が血まみれだ。
穢れた血を落としたかった。
彼女の笑顔を思い浮かべる。愛しているなんて言葉では片付かないほど、残りの人生の期間、ずっと一緒にいたいと思っている。
だが、いつかは死ぬだろう。これを続けていたら。だけど、仕方の無いことだ。
家に帰ると、彼女はいなかった。
数時間たつと、彼女はやってきた。
焦げ臭く、刺激的なスパイスの匂い。硝煙の匂いがした。
「今日、射撃場に同僚に連れてかれてて、だから遅かったんだ」
「へえ。当たった?」
「センスあるって言われたよ」
「よしよし。今度教えてあげようか」
「撃てるの?」
「昔ハマってたんだ」
今日も彼女を愛した。いつもよりもっと激しく。
次がやってきた。メキシコ人と組んでた、日本人を殺して回った。MCXは私の相棒。叫ぶように撃ち続けた。死体だらけ。
最後の部屋に入ろうとした。
ドアを開けて、クリアリング。入ったとたん、左手をなにかで殴られた。左手が離れる。銃に衝撃、銃が飛ぶ。
頭に衝撃、意識が消えた。
起きたとき、手元にはなにもなかった。武器は無し、だけど拘束されてはいない。
空気が裂ける音がした。
そこにいたのは彼女だった。だけど、長いヒモに重りがつながれたものを持って振り回している。
「おはよう、ロミオ」
そこにいたのは、彼女だった。
「ジュリエット、どうして」
「ロミオ、あなたを殺さなくちゃいけないのは、残念だわ。あなた以上の人はいなかったのに」
「ジュリエット、君も殺し屋だったなんて」
「そうみたいね。わたしも、信じたくなかった」
「なんで、いつも血の臭いも、硝煙の匂いもしなかったの?」
「これを使ってるからよ」
ジュリエットが、それを縦に振り回した。急に膝を出したかと思うと、重りが飛んできた。
腿が砕けるかと重った。今まで食らったどんなローキックより重い。
私は腿を抑えてうめいた。かがんだ所に、重りが流星みたいに降ってきた。左肩が砕けたのか、もう腕が上がらない。
なんとか、立ち上がる。
だけど、これが人生の終わりなら、これでもよかった。
「ジュリエット、どうしても、私を殺すわけ」
「ロミオ、じゃなきゃわたしが殺される」
「殺すなら、ジュリエット。その細く儚い指で、私を殺して。そんなつまらないもので私を殺すのはやめてよ」
ジュリエットが、よくわからない武器を手放して。近づいてきた。
私の首に、その白い指が伸びてきて、思い切り締められた。
私も、ジュリエットの首を掴んだ。
ジュリエットが夢を見ているみたいに笑った。
私も笑った。
これで終わりだ。酸素が失われていく代わりに、幸福感で脳が満たされる。
その時が来た。
それだけのことだ。
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